楽園の微笑み ①
隅田川の東に、向島というめっぽう粋な下町がある。
かつてご近所の健さんが修業した、高級料亭や芸者さんで有名な花街である。
そのむかし、西側の浅草から隅田川を隔てて見ると「向こうにある島」のようだったのでそう名付けられたらしい。
[浅草から眺める向島方面]
向こうにある島だから「向島」か……。
そのあまりにも安易に過ぎるネーミング技法は、私の作文技法に一脈通ずるところもあって、私の心は共感と憐れみでいっぱいになる。
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さて、ここ向島・百花園は、江戸の昔から草花をもって聞こえた名園である。
今でも散歩の達人たちの憩いの場として、ほとんど年中無休で開放されている。
明治の文豪、田山花袋もこの小さな庭園をことのほかお気に入りだったようで、彼が大正半ばに執筆した『東京近郊・一日の行楽』というガイドブックには、百花園の魅力がたっぷりと語られている。
ちなみに百年近くも前に書かれたこの紀行文付ガイド本は、現代でも立派に実用に耐えうる名書である。
私の散歩用リュックにも、もちろんその復刻文庫本が常備されている。
百年を生きる花袋の文章は、日常生活のホコリを洗い流してくれるような生命力にあふれている。
『フラメンコの大家たちCD』が発散する、時代を超える共感みたいなパワーがあって、その行間からはフアン・タレーガの歌声がもれ聞こえてくるようだ。
このような幻聴をしっかり聴きとれるようになった私は、立派に老人として通用するレベルに達しつつあるのかもしれない。
(つづく)
[田山花袋のガイド本とフアン・タレーガのCD]
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