フラメンコ超緩色系

月刊パセオフラメンコの社長ブログ

我が良きあんたらよ [205]

2008年04月14日 | 超緩色系






          我が良きあんたらよ

 

 

        





 金や才能がなくともその分がんばりゃ何とかならーなとアタリをつけ、ならば好きなことで暮らしてゆこーと決めたのが十代後半。
 もろもろ見極めたつもりになって、そのとーり走っちゃった二十代。
 見極めそのものの誤りに気づいたものの、もう止まんなくなっちゃった三十代。
 強く反省しながらも、やりたい放題に拍車のかかっちゃった四十代。
 深く反省しながらも、やりたいこと以外はな~んも出来んことが判明しつつある五十代。
 ま、まさか?と気づくも三十年ばかり遅すぎ。あとのフィエスタ。
 
 バカは死ななきゃ治らないという法則がミョーにこの身に染みるのは、今日というこの日が、残り少ない人生の最初の日であるのと同時に53回目の誕生日だからだろう。
 
 
 「人間万事塞翁が馬」は世の実相であり、そのつど変化を経ながらも長いスパンにおいては結局、人はそのヴィジョン通りに暮らし、そういう人となる。
 宗教・思想・倫理などに好意を抱いた若かりし私が、それら先方さんから好意を持たれたことは残念ながら一度もない。
 そういう意味で宗教・思想・倫理は賢い美人によく似てるが、私に道徳を求めることはゴキブリに飛ぶなとお願いするぐらいに空しいことだと思う。
 
 青春時代の価値基準の優先順位は“真善美”もしくは“根性”だったが、いつの頃からかその一番手は“ユーモア”に変化している。
 これはどこにも就職できなかった奴が出版社などをデッチ上げ俺は社長だと開き直るような変化によく似てるが、この件については他言無用に願いたい。
 
 さて、ユーモアはアートの一部だと思っていたのに、いまではその逆だと感ずることも多い。
 生命力の果てた既成概念を破壊し豊かさの本質に迫ろうとするユーモアの、その機能性の高さと表現ジャンルの多様性には今さらながら感嘆せざるを得ない。
 古くは聖徳太子から現代の関川夏央や土屋賢二に至るまで、意外にもわれら日本はユーモアの宝庫であることにも気づかされる。
 しかしながら、そうした私の心境の変化がいわゆる単なる老化現象だとハタと気づくのには今しばらくの時間を要するであろうと、私自身は分析推測している。
 
 
 それはさておき、連戦連敗・悪戦苦闘の境遇ながらも、そのよーな私にあまりある幸いをもたらす愛しき仲間や友や犬や同居人などよ。
 そして、不肖の子孫に目をそむける、おそらく代々ビンボーだったであろう御先祖さまよ。
 さらに、佳き時代に生まれた幸運、すぎゆく愛しき日々などよ。
 年にいっぺんだけれども、不肖このわたくし、ユーモア豊かなあんたらに心からの感謝を捧げたい。