カマロン慕情 ①
こう見えても私は「散歩の迷人」の異名をとるほどの男だ。
その私の休日の散歩は、いつでもカマロン(フラメンコの最強シンガー)とともに始動することになっている。
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『カジェ・レアル』をセット再生し、ヘッドホンを耳に、玄関を飛び出した瞬間、私の心はカマロンと同化する。
わくわくドキドキするような、オープニングのタンギージョ(ロルカ作詞/月のロマンセ)が耳に飛び込んでくると、そこはすでに別世界である。
パコ・デ・ルシアとトマティートのギター、ベースのベナベンに打楽器ルベンという、神を筆頭とする最強メンバーを従え、カマロンとともに私は心の中で絶唱する。
『カマロン/カジェ・レアル』(POLYGRAM/1983年)
最寄り駅の代々木上原へと向かう私は、心だけではなくビジュアル的にもこのジャケ写になり切った気分で、さっ爽と歩を進めている。
ハタから見れば、リュックにヘッドホンの普通のデブおやじがヨタヨタ歩いてるだけじゃねえかって……そんなことは大きなお世話だ。大切なのは外見ではなく、その心の在りようではないのか?………ちょっと違うのか、この場合。
幸いなことに、私の内側のイメージと外側の現実のあいだには、あまりにも大きなギャップが横たわっているため、ゆきかう人々に私の真情を見破られることは、まずあり得ない。
さすがにその胸の内をご近所に知られることは、私としてもチョー恥ずかしいのだ。
しかし、まずあり得ないことが、いとも簡単に起こり得ることはこの世の常である。
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「カマロン!」「カマロン!」と、あまりにも突然に、ヘッドホン越しの大きな声が、背後から私を突き刺すように聞こえてくるのだ。
私のとっさの心境は、敵に正体を見破られたジェームズ・ボンドの驚きに等しい。
絶体絶命のピンチに追い込まれた私は、唯一の武器とも云えるポケットに残る“ほねっこ”を右手に握り締めながら、意を決してうしろを振り向いた。
(つづく)