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12月12日・ムンクの現代性

2017-12-12 | 美術
12月12日は、「叫び」の画家ムンクの誕生日である。

エドヴァルド・ムンクは、1863年、ノルウェーのロイテンで生まれた。父親は医者だった。
ムンクは、5歳のときに母親を亡くし、その後はおばの手で育てられた。子どものころは気管支炎などで病気がち、学校も休みがちで、家で絵を描いたり、おばに勉強を教わったりしていた。そういう幼少時の体験が、あのムンクの独特な画風の一因子になっているのかもしれない。
父親の意向で技師になるべく工業学校へ進んだエドヴァルドは、16歳で病気で同校を退学し、画家を目指す腹を決めた。
王立の絵画学校に入学し、18歳のころから油彩画を展覧会に出品しだしたが、作品はなかなか評価されなかった。
25歳のとき、初の個展を開き、奨学金を得てフランス・パリへ留学。
2年半ほどのパリ留学からノルウェーにもどったムンクは、このころから作風を大きく変え、ものの形や色彩を単純化し、デフォルメした独特の境地へと歩みだした。
28歳から約4年間にわたるドイツ・ベルリン在住、その後の1年半にわたるパリ時代をへて、33歳のころ、母国で個展を開いたころからしだいに評価が高まってきた。
死や幽霊といったテーマをさかんに描いたムンクは、44歳のころ、アルコール依存症となり、みずから発狂する可能性を感じて精神病院に入院したが、皮肉なことに、この入院中に彼の評価は急速に高まり、決定的なものになった。
退院したとき、彼はすでに大家となっていた。
1930年代、ドイツでナチスが台頭すると、彼の作品は退廃的だとしてまずドイツで排斥され、続いて、ノルウェーへ侵略してきたナチス・ドイツによって、自宅から「叫び」「病気の子ども」など絵画70点以上が没収され、ムンクはアトリエにこもる孤独な創作生活をおくった。そうして、第二次世界大戦中の1943年の暮れに彼は気管支炎を再発し、翌1944年1月に没した。80歳だった。

2012年5月に、ニューヨークで競売にかけられたムンク作のパステル画「叫び」が1億1990万ドル(約96億円)で落札され、評判になった。
「叫び」は傑作だけれど、自宅に飾りたいとは思わない。

よく知られるムンクの絵は、空や背景が悪意をもっているかのように渦巻いたり、人物の後ろにその影が当人にのしかかろうとしているように大きくそびえたりしていて怖い。
ただし「叫び」「マドンナ」「吸血鬼」などの怖い画風の代表作は、ムンクが30代だった19世紀末に描かれたもので、彼はずっとあの手の絵ばかり描いたわけではなかった。

それにしても、百年以上前に描かれたというのに、まったく古びない、この現代性は、いったいなんなのだろう。絵でなく、現代のほうが古びてきているのかもしれない。
(2017年12月12日)



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