パピユ王国日誌 
文鳥の国「パピユ王国」のにぎやかな日々の記録。
 







新年のご挨拶を申し上げます

皆様にとって新年が幸多き一年となりますよう、
パピユ王国一同、お祈り申し上げます



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遅ればせながら、Merry Christmas. 今年もトリスマス・トリー。

先週末、仕事が終わった途端、風邪を引いた。気が緩んだか…。土曜はゆっくりしていようと思っていたが、タン&みーを検査に連れて行かねばならず、日・月はクリスマスで出かけねばならず、火曜は研究会、と結局ゆっくりできなかった。咳がぶり返し、気管が痛むので、追加の薬をもらいに行かねばならない。午後は別の医院へ薬を取りに行く。

出かけるより、うちで本を読んでいたい。クリスマスの「ご馳走」として買った分厚いのもある。頂き物のワインもチーズ、ハムもたっぷり。つまり家にこもって過ごす材料はたっぷりあるということ。この年末は大晦(おおつごもり)ならぬ、「大巣ごもり」。

あ、ちなみに、みーは出かける際に「一悶着」あったけれど、タン&みー、ふたりとも検査結果異常なし、元気です。





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天ぼっちゃまが逝ってしまわれた。

2007年9月に4羽兄弟として生まれた天ちゃん。
11月にはそれぞれ、幹部Fと幹部Aのもとへ行った。新たな人生(鳥生)を切り開くために。

天ぼっちゃまには、パパやママ、花ちゃん、福ちゃん、クリちゃんのいる文鳥天国で、みんなと一緒に楽しく過ごされんことを。

幹部Fには心から感謝とお悔やみを。



画像は2007年10月と11月


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なんとか記念日反応をやり過ごす。


今朝は室温が16℃だった。タン&みーのケージにはすでにひよこヒーターが入っているけれど、室内は放鳥するには少し寒かったので、オイルヒーターを入れた。

季節関係なしに、「とさか頭」のタンタンと、


眠いお顔のミルゥ・マリー。(『おしゃれキャット』の子猫マリーにちなんでミドルネームが付いた。やっぱり女の子みたい。ちなみに男性でもマリアやマリーというミドルネームはアリ。)



あと1週間で12月。




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クリーグラッハからレイルジェットとポストバスを乗り継いで、2時間と少し。着いたのはマリアツェル。オーストリア随一の聖母巡礼教会。ここへは、オーストリア国内のみならず、近隣諸国からも巡礼者が集まる。ローゼッガーなどは15,6回も行ったという。どんなところか、何がこんなにも人を引きつけるのか、確かめてみたかった。

そして、聖母マリアの大祝日である被昇天の8月15日に、日程を定めた。



前夜には有名な、キャンドル・プロセッション(行列)がある。これは外せない。それで、前日14日にやってきた。あいにく天気は小雨。今年は猛暑だとはいえ、山の上はやはり肌寒い。

宿はフランシスコ会系のシスター達が経営する巡礼宿。バジリカのすぐ横にあって、安いが清潔だ。予約の取れた部屋はシャワーもなく、トイレと洗面のみ。シャワーは共同。(どの部屋にもクーラー、テレビ、冷蔵庫はない。)3月に予約を入れたときにはすでに予約が一杯で、この部屋しかなかった。人気の巡礼宿なのだ。

バジリカ


バジリカの真ん中に位置する祭壇前では、ひざまづいて祈る人が後を絶たない。


さて、夜。いよいよプロセッションが始まる。ろうそくを手に、聖歌を歌いながら列になって町中を歩いて行く。荘厳な光景。





翌朝の被昇天のミサは、こんな小さな村のどこにいたのかと思うほどたくさんの人、人、人。(多くは早朝に大型観光バスで来たようだ。)徒歩の巡礼の人たちもいる。この人達は横の小山からラテン語の聖歌を歌いながらバジリカ横まで降りてきた。



午後はバスの時間まで村を散策。お土産屋さんをひかやす。




幹部Aの喜びそうなディアンドル屋さん。


立川のいえっさ?




荷物を取りに宿に戻って、受付にいくと、朝食の時の老シスターがいた。朝食の時に勝手がわからなくてももたもたしていたら、私の手をとって「あなたのテーブルはこちらですよ」と案内してくれたひとだ。この人には何か不思議な、心に通じるものがあった。「またいらしてくださいね」と言われたが、もう会うことはないとおたがいにわかっていて、ともに涙目で別れを告げた。

癒やしの1週間はこれで終わり。


後はグラーツとウィーンで、図書館+博物館まわりの忙しい日々となる。この旅行報告もあと1回で終わり。


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クリーグラッハからバスでミュルツツーシュラークへ行く。ここは「町」だ。
午前中は南部鉄道博物館へ。





博物館は駅敷地内にある古い機関車庫を改造したものだ。海外鉄オタクの「聖地」。いや、私はそうじゃない。あくまでも資料を求めてきただけのこと。2013年にここであったローゼッガーと南部鉄道の展覧会があって、そのカタログを求めてやってきた。カタログくらいなら送ってもらえばいいのにって?いやいや、やっぱり、私、ズュートバーン(南部鉄道)好きだから。今回、こればっかり乗っているし。

中に入るとすぐに、レトロな売店。おそらく昔の切符売り場を再現したものだろう。


内部の展示は、本物の機関車に乗ったり、触れたりすることができる。写真撮影もOK。蒸気機関車の石炭をくべる釜もあった。




展示場を一旦外に出て、建物の裏をぐるりと回っていくと、昔の機関車庫が第2会場になっている。


機械油の臭いが立ちこめている。機関車トーマスの仲間かな?顔になっている。


外に出ると、こんな感じ。


売店のお姉さんと立ち話をしていると、男性が一人やってくる。その売り子さんと顔見知りのようだ。ついでに私に話しかけてくる。「こんにちは」。知っている日本語はこれだけだという。いやいや、一番すてきな日本語ですよと返す。それにしてもなんで日本人だとわかったの?と尋ねると、こんなところに一人で来るのは日本人だと。ほんとかな?

昼食に駅の反対側、「町」へ戻る。ここには昔入った郷土色あふれる宿屋兼レストランがあったのだが、今はその面影すらもない。現代的な、悪く言えば、世界中どこにでもあるような建物と店の並びになってしまった。

昼食はオレキエッテの鶏クリームソースとサラダ。地ワインはシュタイヤーマルク州のウェルシュ・リースリング。

とてもおいしかったけど、ワイン以外は、この店の内装を見ていると「オーストリア」という気がしなかった。

さて、この日ここに来た目的は、ここのプロテスタント(福音派)教会を見せてもらうためだった。いつも人がいて、開いているわけではないので、日本からメールで依頼しておいたのだった。こちらの人は結構、時間きっちりなので、私も約束の時間の30分前に着くように出発する。



約束の時間より早く着いたので、敷地内を写真を撮りながらうろうろしていると、約束の時間少し前に男性が現れた。この教会の役員さんだった。鍵をかけて、中を丁寧に案内してくれる。いろいろ質問をした。

外の戸を開けると、内部には美しいロートアイアンの扉がある。



入り口の上にはやはり重厚なオルガンがある。


二階に上がってオルガンも見せてもらう。私にパイプオルガンが弾けたら、音色が聴けたのにな。


この教会はプロテスタントだが、建設の時にヨーロッパ中に寄進を募った大立て者ローゼッガーの希望をいれて、カトリックの聖家族の画像を飾っている。



100年以上昔のこと。当時としてはとびきりエキュメニカル(教派を超えた教会一致運動)なことだった。今の信徒さん達はこの絵をどう思っているかと問うと、昔から(建った時から)あるからこんなものだと思っているとのことだった。

この教会は××年前から、列車から眺めるだけだったので一度来たいと思っていたというと、「××年前ってことはあなた一体何歳なんだ、きっと自分(その人)は倍の歳だろう」と言って、ふたりで笑った。この教会の記念誌をもらった。ちゃんとした本になっている。私が一番欲しかったものだった。厚く厚く礼を言って、別れを告げ、教会のある小高い丘を降りていった。

ここまできたら、旅行の目的の6割は果たせたも同然。ヤッホーな気分だった。時間がまだあったので、有名なブラームス博物館に寄っていこうかと思ったら休館日だった。これは目的外だったから、そうひどく残念にも思わなかった。

この日も暑かった。こんな時には木陰がうれしい。




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ホテルの朝食で、いつも一人の神父さんと時間帯が一緒だった。

日曜日にここの村のミサの後どこかへ行こうと思うが、この近辺で見ておくべき教会はあるかと尋ねると、隣の村の教会が素晴らしい、と勧めてくれた。彼はそこの司祭だという。なるほど、自分の教会を勧めるわけだ。

それで11時、帽子とサングラスをもって、出かけた。とても暑い日だった。歩き始めてすぐに汗が吹き出した。

クリーグラッハの村を歩くのは楽しい。綺麗な家や、


バス停。


庭の猫が近寄ってきて、親しげに挨拶してくれるのもうれしい。


しかし村を出ると、牧場や草原わきの小道。人っ子一人いない。


日本よりは気温が低いとはいえ、こちらも猛暑。次第に汗だくになり、休み休み歩く。普段長距離を歩くことがないし、道はこれでいいのかも不安だった。

途中で小さな礼拝堂を見つけ、中に入って休憩する。中はベンチもあったし、涼しかった。



旅人の守護聖人聖クリストフォルスに捧げられた小さな礼拝堂。昔の旅は追い剥ぎ、病気など心配事が一杯だった。なので旅人はこの聖人にすがった。旅の途中でこの聖人の像を見ると、その日は死ぬことがないと言われていた。今はそういう聖人崇敬は全く廃れているが、オーストリアの山岳地帯、巡礼道にはこの聖人の絵や像がよく見られる。

途中不安になって人に道を尋ねようとも、人はほとんど通らない。そうだよね、こんな真夏の暑い日に、誰がこんなところを歩くものか。現地人は皆、車だし。それでも幸いサイクリング中の夫婦に出会った。声をかけると彼らは親切にも自転車を止めて、地図を一緒に見てくれた。奥さんは先に行って道を確かめてくれた。時間を取ったことを詫び、礼を言ってまた自分の道を歩いて行く。

ようやくランゲンヴァングの村に到着した時は、本当にうれしかった。早速おすすめの教会へ行く。



主祭壇。


主祭壇わきのフレスコ画。


入り口上のオルガン。ここの天井は葉っぱ模様が描かれている。


パ●リロのような天使。


日曜なので食事をするところに困るのではないかと危惧していたが、教会のすぐ前のレストランが開いていた。この日の昼食はチキンカツ。おいしかった。


さて、帰り道、暑さと歩き疲れで、とうとうへたってしまった。しかしバスも列車もタクシーもない、歩くしかないという状況だった。

少し歩いては立ち止まり、また歩き・・・ということを繰り返しているとき、目の前をバスが通り過ぎた。急いでバス停へ走り、バスを止めた。そのバスはここが終点だったけれど、「死ぬほど疲れてる」と言ったら、「そうか、死ぬほど疲れているのか」と同じ言葉を返してきた。何かが面白かったのだろう。その運転手さんの好意で車庫へ入る前の少しの距離を乗せてもらった。あちこちの教会を回っていると言ったから、巡礼者だと思ったのだろう。

バスは冷房が効いていて快適だった。「少しの距離」と言ったが、歩けばそれなりの距離だった。本当に助かった。涼んだのと、人と話をしたうれしさとで元気が出た。バスを降りて大いにお礼を言って歩き出したら、後ろからもう一度、運転手さんが声をかけてきた。「水は持ってるか?」本当に親切な人だった。

そうしてまた歩きめた。少し歩くとある敷地内に大型犬がいた。そちらを見やると犬が走ってきて、なぜか大喜びしている。旧知の友に会ったかのように。転がって、おなかを見せて、ちぎれんばかりに尻尾を振っていた。門の柵から鼻面を突き出して、しきりに手をなめてくれる。しばらく撫でさせてもらった。かわいい犬だった。「ありがとう。元気でね」と言って、手を振って立ち去った。犬も家へ引き返していったが、お互いに振り返り振り返り、私は手を、犬は尻尾を振って名残を惜しんだ。この犬からも歩く元気をたくさんもらった。

クリーグラッハの村に着くやいなや、アイスクリームの店に飛び込んだ。たぶん今までで一番美味しいアイスクリームだった。

この小旅行は大変疲れたけれど、小道を一人歩き、いろいろ考え、歩き疲れて体も心も空っぽになった。足の爪には血豆ができていた。ちょっとした「巡礼」だった。時間にすれば半日もかかっていないけれど、大きな意味があったのだと確信している。この旅行で自分の心の内で何かが変わったように感じるが、たぶん、この半日がおおいに関係しているのだろうと思う。







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小さな村の家々は、色とりどりのペンキで塗られ、色とりどりの花で飾られている。





昔の役場。入り口上にはハプスブルク帝国時代の紋章が描かれていた。


歯をむき出して笑う家。


村のどこからも教会の塔が見える。





駅から見ると村の反対側には山の牧場が広がっていた。





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ここクリーグラッハはオーストリアの作家、ペーター・ローゼッガーが住んでいた村。かつての住居が博物館になっている。





1990年代、パッパと一緒にここを訪れたが、全く雰囲気が変わっていて、別の村のようだったが、かろうじてこの博物館だけはそのまま。それでも家の周りは綺麗に整備されすぎていて、昔の、木立の中の家というイメージはどこへやら。没後100年記念行事にオーストリア中から人がやってくるので、それに合わせて綺麗にしたのだろうけど・・・。

この旅行の大きな目的の1つ。ローゼッガーの劇が駅向こうの役場のホールで上演される。それを見ることだった。



しかし。仕事と旅行の準備でテンパっていた私は、こともあろうに、間違った日付のチケットを買ってしまっていた。それに気がついたのはここに来てから。もう当日売りの立ち見券しかないとのことだった。係の女性に事情を説明し、違うの日の券を間違って買ったのだけどなんとかならないかと尋ねてみたが、残念ながらどうにもできないと残念そうに言われた。それで仕方なく立ち見券を買った。疲れたら途中で帰ってもいいや、くらいのつもりで。(本当はそんなことしたら、一生悔いが残っただろうけど。)

 開場時間に行くと私の姿を見るなり、くだんの係の女性がある女性を指して「あの女性がキャンセル券を売りたがっている」と教えてくれて仲介の労を執ってくれた。「この芝居のためにわざわざ地の果ての日本から来た」と言っておいたのが功を奏したのか。このときは飛び上がらんばかりのうれしさだった。

お金はかかったが、いずれにせよめでたくチケットを入手。しかも最前列のど真ん中の席。隣の席の女性(キャンセル売りの女性の知り合い?)が「あなた、これはとてもいい席よ!」と私に言った。上品だが気さくなおばさまだった。その後もこのおばさまと少しおしゃべりをしてた。聞けば、2つほど離れた駅の方から来たという。このおばさまとは翌々日、教会でばったりまた会った。名刺を持っていないかと聞かれたが、あいにく持っていなかった。メモでも渡しときゃ良かったのだけど、そのときはトイレに行きたかったのと気がそこまで回らなかったので、友人になる機会を失ってしまった。今思うと、残念で仕方がない。

さて、この村には5日滞在した。ホテルはローターヴァングル。



ここに決めたのは、ここのレストランにいい地ワインがあるということだったから。多分この村で一番いい宿。教会はすぐ前なので、結婚式の招待客が泊まり、披露パーティーもここでやっていた。部屋は綺麗だし、静か。窓から教会の塔が見える。朝は教会の鐘で目が覚める。部屋に時計はないが、教会の鐘が30分、1時間ごとに異なった回数で鳴るので、時計は不要。

ホテルの前は広場。聖人ヨハネス・ネポムクの像がある。ネポムクは、司祭の守護聖人であると主に、橋や川を渡る人の守護聖人。だからこの像も、水に囲まれ、教会はこの広場を入ったところにある。



一日に何度もここを通った。そのたびに「ネポムクさん、こんにちは」と心の中で挨拶する。



村の家々は綺麗に彩られていて、花もふんだんに飾られている。
この家は貸家の札がかかっている。こんな綺麗な家、誰か借りませんか?





昔は家畜を飼っていたのだろうか?典型的な農家の作り。この住人、なかなかのセンスとみた。



かつては畑を耕す牛につけていたものか、いまは家の飾りになっているようだ。





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翌朝、部屋に備え付けのマシーンでコーヒーを飲もうとしたところ、うーん、これはどう考えてもきれいではなさそう…。宿泊客も客室掃除係も、エスプレッソマシーンに湯を通して綺麗にしているとは考えられない。それで数度、湯通しするが、コーヒーかすが取れきれない。ある程度きれいになったところで、ままよ、とコーヒーを入れようとすると、バシュっと音がしたきりコーヒーが出てこない。あ~あ、こりゃ、朝から問題ありだわ、と昨夜に続いての小難に溜息をつく。チェックアウト時にフロントに文句を言っておいたのは、「私が壊したんじゃないよ~」という弁明のため。ああ、チキンな私。

気を取り直して駅でコーヒーを飲み、出発する。切符は前日、食事に出かける前に買っておいた。本日のレイルジェットはチェコ車両。




ウィーンを発って、いざ、シュタイヤーマルク州へ。しかし、線路工事のため、列車は途中までしか行かないと、前日、ウィーンの窓口で聞いていた。途中から振替輸送のバスがあるとのこと。バスの乗り場も、時刻もわからない。わからないことだらけで不安だったけれど、行ってみるしかない。これが田舎の不便なところ。

ミュルツツーシュラーク駅は数日後に訪れる予定の駅。ここで振替輸送バスがあるという。駅舎を出るとバスが停まっているが、誰も居ない。運転手もいない。駅で誰かに聞こうとしたけれど、誰も居ない。そう、ここは田舎。

田舎には、田舎のやり方がある。つまり、誰でもいいからつかまえて尋ねること。しかし、その「人」もいないとなると、どうしたものか。しばらくバスのまわりでうろうろしていたら、一人のおばさまがやってきた。どうやらこの人もバスに乗るらしい。おばさまに尋ねるも、おばさまにもこのバスがいつ出るのかさっぱりわからない。おばさまは「運転手を探してくる」といって、どこかへ行っちゃった。そうこうしているうちに、どこからか運転手が出てきて、無事に目的地へ行くバスであることが保証された。そしてさっきのおばさまもバスに乗り込んできた。客は私を入れて3人。バスの中ではおばさまとおしゃべり。田舎のおばさまはなかなか親切で、社交的である。

そうしてやっとクリーグラッハ駅前に到着。降りる前に、数日後にこのバスを往復で乗りたいので時刻を欲しいとお願いしたら、時刻表なんてものはない、という答え。なんとなれば、列車の到着時刻と連絡して、バスが発車するとのこと。だから列車が駅(無人駅)に到着したら、バスの運転手が降りてくる客一人一人に「振替バスのご用はありませんか?」と尋ねるのだ。列車を降りる客が1人2人しかいない駅ならではのシステム。こりゃ、ウィーンで尋ねても詳細がわからなかったはずだわ。なんにしても、とりあえずは無事に目的地に着いた。



駅近くのホテルに荷物を置き、昼食。この昼食も「えっ?!」(絶句後、笑い)だった。食べられないとかまずいというのではないが、粉砂糖のかかった甘ーいカイザーシュマレン。(細切れのパンケーキみたいなもの。ふつうはデザートとして食される。)注文間違いかと思った。昼間っからこんなおやつみたいなもの食べるの?お昼定食としてだすの???とびっくり。マダムに聞くと、そんなものだという。いやいや、ウィーンではデザートだったよ。私がびっくりしているのを見て、マダムも面白がっていた。おそるべし、シュタイヤーマルク。この後にはモモのムースがデザートに出た。つまり私としてはデザート+デザート=お昼のランチ???みたいな感覚。ちょっとしたカルチャーショックだった。

午後は小雨の中、村を歩く。



宿のほぼ向かいにある教会。田舎の村の小さな教会。白い漆喰に石の色をそのまま活かしたボールトが美しい。







入り口上にあるパイプオルガン。こんな小さい村の教会にも、立派なパイプオルガンがあるのに感動する。



次の日、土曜には結婚式があった。



この後も各所でたくさんの教会を見たが、一番目に見たこの教会がやはり一番好きだ。教会内部のシンプルさと装飾美のバランスのよさ、素朴なロマネスク様式の残っている砦のような外壁、小さな小さな中庭。心の中にそっとそのまま置いておくのにちょうどいいサイズ。



この小さな教会が本当に気に入って、日に何度も訪れた。ここで心が癒やされたと言っても過言ではない。たまに人が入ってくるが、本当に静かな癒やしの空間だった。





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