パピとママ映画のblog

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真夏の方程式  ★★★★

2013年06月30日 | ま行の映画
東野圭吾の小説が原作のテレビドラマ「ガリレオ」シリーズの劇場版第2弾。とある海辺の町を訪れた物理学者・湯川学が、そこで起きた殺人事件の悲しい真相に直面する姿を、一人の少年との出会いを絡めて描く。テレビ版と前作に続いて福山雅治が主演を努め、子どもが苦手なのにもかかわらず、少年のために事件に挑む湯川を体現する。『妖怪人間ベム』シリーズの杏、ベテラン風吹ジュンら実力派が共演。科学技術と自然の共存という、劇中に盛り込まれたテーマにも着目を。
あらすじ:きれいな海に面した玻璃ヶ浦で計画されている、海底鉱物資源の開発。その説明会に招待された物理学者・湯川学(福山雅治)は、緑岩荘という旅館を滞在先に選ぶ。そして、そこで夏休みを過ごす旅館を営む川畑夫婦(前田吟、風吹ジュン)のおい、恭平と知り合う。次の朝、堤防下の岩場で緑岩荘に宿泊していたもう一人の客・塚原の変死体が発見される。図らずも事件に直面した湯川は、旅館廃業を考えていたという川畑夫婦や、夫婦の娘で環境保護活動に奔走する成実(杏)らと塚原の思わぬ因縁を知る。

<感想>テレビの「ガリレオ」シリーズのファンです。もちろん原作も読んでいます。前作の「容疑者X献身」から5年、今回は自然と人間の共存をテーマにしているとのこと。それに、子供嫌いな湯川の、人生初となる少年との交流が観たいというのもありましたね。原作とほぼ同じ内容でしたが、成美に気のある男友達が殺人に関与してたのがカットされてました。その他にもありますが、小説とすべて同じように映像化しないところも納得です。
さらには、舞台となる“手つかずの海“となる海辺の町が何処なのか(伊豆下田)?・・・その自然の海を「守る」というキーワードと、親子の情愛、大切な宝物を「守る」という意味合いも込められています。
海底資源の開発計画に揺れる美しい海辺の町、玻璃ヶ浦を舞台にした映画は、湯川が奇しくも暴くことになる不可解な殺人事件の真相が、過去の殺人事件にまつわるある人物の“嘘”と切実な想いを浮き彫りにしていくというもの。
愛する者を守るために、別の人物がさらなる罪を犯す設定は、前作の「容疑者X献身」の構造にも似ているのだが、・・・。が、しかし、前回と違って犯人が湯川の親友でもライバルでもありません。今回は、玻璃ヶ浦の宿、緑岩荘の川畑家の人たちや、川畑家の甥っ子の恭平という少年とは、たまたま出会っただけで、彼らに友情や同情を感じたわけでもなく、興味があるわけでもない。ただ、科学者としての使命が事件に向き合わせたようだ。
だから今作での湯川のアプローチは、より物理学者らしく科学者の所為から生まれたものだと思いますね。それに環境問題というデリケートなテーマについても、この映画独自の視点で描かれている。ラストで湯川と成美が素潜りして、海の中へと、それは本当に綺麗です。

湯川は、決して子供に優しく接しようと思ったわけではなく、電車で一緒だった恭平が、「理科は嫌いなんだよね」って言われる。湯川は嫌いというのは主観の問題で、湯川にとって関係のないことなのだが、朝食の時に「理科が何の役に立つんだよ」って言われ、カチンと来る。それはもう科学自体を全否定されたようなもので、聞き捨てならないのだ。そこで「科学の素晴らしさを教えてやる」と大義名分を付けつつ、ムキになって実験に挑むんですね。

恭平が、玻璃ヶ浦には海の底に水晶が沈んでいて、晴れた日には200m地点で、太陽光線にキラキラと反射してそれは綺麗だと。でも自分は船酔いするので見れないと言う。それではと、湯川博士が、陸にいながら200m先の海の中を見るという実験をする。ペットボトルをロケットに見立てて、釣竿にロケットを取りつけ、ボンベの圧力で飛ばし、岸壁から200m先の海へと。ペットボトルにケータイ電話を入れ、恭平の携帯に接続するようにする。恭平の携帯の画面に映る色鮮やかな魚の群れ、それは美しかった。
結果、戦わずして諦めがちな少年の心に火をつけるのですが、自分のケータイは水につかってダメにしたけれど、それ以上に恭平よりも、実験に夢中になっている湯川の姿が、童心に帰ったように喜ぶ顔が素敵でしたね。

そうそう、肝心の岩場の変死体事件ですが、さびれた海辺の町の警察では単なる酔っ払いが散歩に出て、足を踏み外して落ちたのだろうと。ところが、遺体の塚原という人は元捜査一課の刑事だったということで、東京の県警本部の「ガリレオ」の刑事メンバーが出揃うということになるわけです。相変わらずハイテンションの吉高由里子に、北村一樹の刑事コンビとお偉方。緑岩荘の川畑夫妻に前田吟と風吹ジュン、その娘の成美に杏、容疑者の仙波に白竜。

父親のベテラン俳優前田吟の演技と、母親の風吹ジュンの演技が自然で上手かったです。それに子役の恭平を演じた山崎光くんも頑張ってましたね。
冒頭で、ホステス殺人事件が映され、犯人の息を切らせて走る姿が誰なのか、男にも見えたのだが、観ているうちにこれは中学生の女の子だとわかり、その娘の犯行をもみ消すために実の父親が名乗り出て逮捕ということに。その事件を担当していた刑事が、玻璃ヶ浦の岩場で変死体となって発見される。それも解剖すると睡眠薬を飲み、一酸化炭素中毒という。

その殺人が一酸化炭素中毒というのに興味がわき、湯川が旅館の屋上に上がり、煙突の部分と下に置いてあった段ボール。それにヒントを得て、旅館の部屋の壁の亀裂とかを見て、意外な真犯人と旅館の経営者川畑家が抱える秘密を知ってしまうのです。
後半は、何故川畑が元刑事を殺さなければいけなかったのか。東京での川畑家族の生活とか、両親のなれそめにホステス殺人事件が映されます。

それにしても、いろんな問題があったとは言え、殺人を犯した中学生の娘を自首させないのが変ですよね。この娘は、誰かが自分の罪を被ってくれた。一生その罪を背負って生きてゆかねばならないのに。東京から玻璃ヶ浦に移ってからは、その事件のことを忘れてしまったかのようなそぶりだ。しかし、彼女の実の父親が玻璃ヶ浦出身と言う事を知り、自分の罪を被ってくれた事を知り、この美しい玻璃ヶ浦の海を守っていこうと決心したのだろう。
父親が自分に娘が似てないけれど、愛情が湧き実の娘として育ててきた。だからその娘のしたことを、いやもしかしてホステス殺しを妻が殺したのだと。犯人が逮捕されたのに、今更ほじくり返しに来た刑事が許せなかったのか?・・・だから殺したのだろうか。皆が貝のように口を閉ざして本当のことを話さない。愛する者を守るために!
最初が狂ってしまうと、もう後戻り出来ないのだろうか、この娘はまたもや一生涯、自分が犯した昔の殺人を背負って生きていくのだろう。それに、湯川が言っていた恭平の罪は、足の悪い川畑の言いつけで、屋上の煙突を段ボールで塞いだ。それが殺人の手助けをした罪と言えるだろうか。
刑事や探偵とは異なる科学者の生理に基づく、湯川の言動が際立ちます。「少年に最後に何を伝えますか」という、ある容疑者に自分の仮説を唱えるクライマックスでは、相手の気持ちを探ろうとか、ましてや事件を解決しようということには全く興味がありません。刑事ではない、科学者としての湯川の本質が見られます。
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