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★アイーゴー!独島義勇守備隊に関する歴史の95%が嘘・捏造であることが明らかになったニダ!

2006年10月30日 13時27分44秒 | 韓国時事ニュース



【韓国】独島義勇守備隊、95%が嘘!~『独島義勇守備隊に英雄は居なかった』[06/10/30] より


(動画)
 http://news.naver.com/vod/vod.nhn?mode=LSD&office_id=118&article_id=0000001632

■チェ・ホンシク[85歳:慶北(キョンプク)鬱陵郡(ウルルングン):1950年代、鬱陵警察の警査(日本の巡査部長に相当)]
 「これが何故、90%嘘って?95%嘘だ!」


■パク・チュンファン[86歳:慶北浦項市(ポハンシ):1950年代、鬱陵警察の警査]
 「真っ赤な嘘です」

■イ・ギュヒョン[慶北鬱陵郡:1954年独島義勇守備隊・第2戦闘隊員]
 「嘘の歴史が続いて行けばどうなりますか?これ、鬱陵島(ウルルンド)の子孫達はみんな知っているけど…」



【洪淳七(ホン・スンチル)と独島義勇守備隊、独島に英雄は居なかった】

 1950年の朝鮮戦争以降、独島に対する日本人の挑発が続いた1952年の秋、鬱陵島出身の朝鮮戦争参戦の勇士洪淳七は、独島義勇守備隊の構成の為に私財を叩いて武器を購入しました。

 次の年の1953年4月20日からの3年8ヶ月間、命を懸けて独島を守った33名の英雄達。

 しかし、私達の知っている独島義勇守備隊に対する歴史は、oh my newsの取材の結果、全てが操作されていた事だと明らかになりました。



<1>:【独島義勇守備隊、彼らは本当に独島を『守備』していたのか?】

 これは亡くなった洪淳七大将1978年に代筆して発行した『独島守備隊』という本です。本(独島守備隊)の『いよいよ大接戦』本文175ページから…

>> ドカーン!タタタ…、迫撃砲の初発が発射されると同時に、隊員達は一斉に歓声を上げた…』

>> 「迫撃砲16発、機関銃3、000発以上です!」

>> 「砲台長、ソ・ギジョン万歳!]

>> 洪淳七は天辺に上がり周辺を一周見回した。三隻の敵艦は、遠く水平線上にぼんやり消えてから
>> 発見されなかった。

>> …洪淳七は隊員達から、ある超人的な能力の持ち主であると評価された。

 洪氏この本を通じ、独島義勇守備隊の活躍の姿と彼らの犠牲を述べました。


■チェ・ホンシク=「…、90%嘘だね。これが何故90%嘘って?95% 嘘だ!(鬱陵島の)知り合いは全員洪淳七大将が、どうして(独島に)警備に行ったのか…水浴びしに行ったんだ」

■ソ・ギジョン[78歳:蔚山(ウルサン)広域市:1954年独島義勇守備隊・第一戦闘大将]=「(独島義勇守備隊の)銃撃戦を私が?(独島に)行ったけれどそんな事はありません!」

 実は取材陣は確認の為に、去る9月末から浦項と鬱陵島の現地を訪問し、当時の状況を憶えている元警察官や生存している独島義勇守備隊員に会いました。取材陣はこの過程で知られていない事実を発見しました。



<2>:【独島義勇守備隊員は33名?3年8ヶ月独島警備?】

 現在、独島義勇守備隊員33名は、昨年ヨルリンウリ党の田炳憲(チョン・ビョンホン)議員の提案で設けられた独島義勇守備隊特別支援法により、国家の有功者に準した待遇を受けています。しかし名簿に載っている33名の中には、独島に行っていない人も多数含まれている事が明らかになりました。

■イ・ギュヒョン=「(1996年の保国勳章を授与の際に) 33名が挙げられているが、原則的に報勳を取り計らって望めば事故も起こらなかったが、勲章を授かろうとソウルに行くと、独島に行っていない人達が居るんですよ」



 また、当時の状況を憶えている元警察官達は、これらが独島警備よりもワカメ採取の為に独島へ行ったと証言しました。

■キム・サンリ[78歳:慶北浦項市:1950年代鬱陵警察の警査)=「署長がワカメでも採るようにと…3年を暮らす事にしたんです。軍需しながら3年間ワカメを採る事にした。4月の中旬です」

 1953年当時、鬱陵警察で警査の仕事をして巡視船と海上談判をしたチェ・ホンシクさん。チェさんは、独島義勇守備隊員らが1954年の4月初旬に独島に行った後、ワカメ採取が終わった3ヶ月後に鬱陵警察と引き継ぎを終えたと説明しました。

■チェ・ホンシク=「(独島義勇守備隊が)警備をしたといっても僅か。したと言うのはせいぜい2ヶ月程度、しかしこれを3年8ヶ月の間をワカメ採りをしたのではなく警備をしたと…。(独島守備隊の本を)見ると1954年の7月に(警察が)宿舎を建てに(独島に)行きました。この時 、(鬱陵警察が)警備を引き受けたと思いますが。その過程で一部の独島義勇守備隊員達は鬱陵警察に特別採用されています」

■チョン・ウォンド[78歳:慶北鬱陵郡:1954年、独島義勇守備隊・第2戦闘大将]=「独島に行った経歴があるので、私達が鬱陵島の警察署から特別に採用されたんです」



<3>:【独島義勇守備隊は鬱陵警察署が任命した『義勇警察』?】

 当時のこれらの過程に深く関与したキム・サンリさんは、独島義勇守備隊員が独島に行って武器を持つ事ができたのは鬱陵警察署長の支援があったからと強調しました。

■キム・サンリ=「義勇警察という名前の下に洪淳七には警査、拳銃も与え、約10人だと憶えているが38式、99旧式を貸して貰えた」

 独島義勇守備隊の歴史は、皆誰も疑う事の無かった『英雄談』でした。しかし韓日の独島紛争の状況で洪淳七氏は歴史を操作しました。短かった独島の生活の誇張と、独島に行った事が無い人々に対する英雄化。

 今は彼らの真実が、まな板の上に上がるようになりました。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

( ´∀`) 残り5%が事実かどうかも大いに疑わしいww




【関連記事1】

 【中央日報】「迫撃砲で日本船撃退」 50年代の独島義勇守備隊 [05/3/16]

  「独島が竹島だって?怒りで眠れもしない。 政府が独島の管理を怠ったからだ」。

  1953年4月から56年12月までの3年8カ月間、独島義勇守備隊として活動したチョン・ウォンドさん(76)、イ・ピルヨンさん(81)、イ・キュヒョンさん(80)ら歴戦の勇士らが、16日、一堂に会した。 この日、日本島根県議会が「竹島の日」を制定したというニュースを黙って聞くことはできなかった。

  彼らはこの日午前、自分たちが住む鬱陵島(ウルルンド)苧洞(チョドン)港のあるコーヒーショップに集まり、義勇守備隊時代を回想しながら今回の事態に鋭意注視していた。 チョンさんは「李承晩(イ・スンマン)大統領当時、独島を基点に平和線を引き、日本船がこれを越えた場合は拿捕(だほ)するなど、強力に対処していた」とし、「当時のように強硬に対応していれば、こうした事態は起こらなかったはず」と悔やんだ。

  彼らが独島義勇守備隊として活躍したのは、韓国戦争(1950~1952)後の53年。 チョンさんは韓国戦争で負傷し、名誉転役した後、故郷に戻っていた。 鬱陵島の漁民らが「独島に‘日本領’と書かれた札が打ち込まれている」という話を伝えると、彼らはホン・スンチョル隊長の後を追って動き出した。

  イ・キュヒョンさんは「洪隊長の提案で数人が集まって話し合った後、53年3月、義勇守備隊を結成し、4月に初めて島に入った」と当時を振り返った。傷痍軍・警が中心になって構成された33人の隊員の中には、4人の民間人も含まれていた。 独島へ向かう船は、当時、イカ漁をしていたイ・ピルヨンさんが6トン船を用意し、解決された。

  彼らは独島の西島(ソド)に入り、「日本領竹島」と書かれた木の札を探し出し、これを取り除いた。 隊員らはその後、2つのグループに分けて1カ月に一度ずつ、独島を守った。 西島の岩を掘り、その中で過ごしたが、夏には蚊と、冬には暴風や寒波とたたかった。 洪隊長はどこで手に入れたのか、迫撃砲(81ミリ)を準備し、隊員らにはM1とカービン小銃を1丁ずつ持たせた。 これが武装のすべてだった。

  その後、ついに交戦が起きた。 56年9月に日本巡視船が独島に接近したため、守備隊が迫撃砲を発射し、船上に落ちた。 チョンさんらは「数時間後、日本のNHKラジオで、2人が負傷したというニュースを隊員らと一緒に聞いた」と話した。 独島義勇守備隊は独島に50日以上滞留することもあった。

  「後に日本国内で抗議が強まり、56年、政府が警察に守備任務を引き継いだ。 その際、守備隊への補償は全くなかった…。 独島博物館に戦跡碑や功労碑でも一つ建ててくれればよかったのだが…」。

  独島義勇守備隊は現在、鬱陵島と浦項(ポハン)、蔚山(ウルサン)、慶州(キョンジュ)など全国に12人が生存している。 切なさの中でこの日、老兵らの回顧には終わりがなかった。




【関連記事】

 【朝鮮日報】独島を日本から守った「独島義勇守備隊」が映画化へ [04/5/14]

 独(トク)島義勇守備隊の活躍を描いた映画『独島守備隊』(仮題)が制作される。

 独島義勇守備隊は韓国戦争後に韓国の行政空白期間に紛れて日本が独島を占有しようとすると、1953年に鬱陵(ウルルン)島の住民らが自発的に結成したもの。守備隊の隊員らが生業を捨て、命を捧げて独島を守ったからこそ、今日の独島が存在すると言える。

 今年初めには日本首相と外務省が独島は日本の領土だと発表した上、先日は日本の某極右団体が独島上陸を試みるといったことからも、独島義勇守備隊の映画化は多くの関心を集めるものと思われる。

 「(株)カムジャ」と青年フィルムが共同制作する映画『独島守備隊』は現在、映画『実尾島』(日本タイトル『シルミド/SILMIDO』)を手がけた作家のキム・ヒジェ氏が設立したシナリオ創作会社「(株)ベネディクス」でシナリオ制作を行っており、来年初め頃にクランクインして光復60周年を迎える2005年8月15日の公開を目指している。




【関連記事3】

 【オーマイニュース】伝説の独島守備隊、'英雄'はいなかった [06/10/30]

~~~~~~~~~~~~~~~~

翻訳出来次第、この記事の内容もアップいたします。




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86 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Unknown)
2006-10-30 13:30:05
1げっと
Unknown (Unknown)
2006-10-30 13:34:03
2?



嘘つきしか居ないのか・・・・・
Unknown (Unknown)
2006-10-30 13:34:04


バカン国アホ杉w

Unknown (Unknown)
2006-10-30 13:49:39
馬鹿すぎて笑える
Unknown (場末)
2006-10-30 13:55:16
残りの5%は願望ですね。どちらにしろ、腐れ金玉朝鮮人が何を言おうが、うその塊。
韓国人自身の手で・・・ (Pu~)
2006-10-30 14:03:22
今回の事態は、韓国人自身によって暴かれた点が大きく評価されます。歴史を鑑にする謙虚な気持ちになる一歩になればいいと思います。それにしても、よくマア、こんなことがまかり通っていましたね。

どっかに載っていたのですが、韓国経由できた外国人は全て「親日家」になるそうです。お隣で、何をされたんでしょうか?
Unknown ()
2006-10-30 14:05:39
95%!?

冗談じゃありません!現状で韓国の捏造は100%発揮されています!
Unknown (Unknown)
2006-10-30 14:06:41
95%って また微妙な数字



OINK星では自尊心やら周りの圧力とかで『嘘確定』とは言えないんだろうな。
この気持ちが、イヤ! (Pu~)
2006-10-30 14:09:02
>くやしい、うらやましい。朝鮮は軍を送ってこの地を占領しなければならない。



彼らのご先祖も、人の繁栄を羨むだけで、自分の立場の反省ってものがないんですね。無学な人にありがちな反射神経的な対応です。それと、それを思っても声に出さないマナーもないのが、可愛そうです。人間の皮を被った”人もどき”なんですネ。 付き合いたくありません。
Unknown (Unknown)
2006-10-30 14:26:30
ようやく自浄作用がでてきたか

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3 トラックバック

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