幸福学専門30年 筬島正夫が語る本当の幸せ


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愛欲の広海 名利の大山(親鸞聖人)

2009-04-27 | 煩悩
10代の頃、いろいろな勉強をしていましたが、
その時わかったのは、筆者が「この人はこう言っています」
と書いてあるのに、原文を読むとニュアンスがかなり
違っていることが多い、ということでした。
ですから学ぶときは、できるだけ原文を確認するようにしています。

そんな中で、浄土真宗親鸞会は親鸞聖人の言葉を出して、それを現代の私達にわかるよう、原文に忠実に話をしてくれたので、
信頼して聞けました。

そんなある日、衝撃的な言葉に出会いました。
それは次の告白文でした。

「悲しき哉、愚禿鸞、愛欲の広海に沈没し、
 名利の大山に迷惑して」

           (教行信証)

これは、親鸞聖人の言葉です。
ここで親鸞聖人は

「ああ、情けない親鸞だなぁ。
 愛欲の広海におぼれ、
 名誉欲と利益欲にふりまわされている」

と書かれています。
※ここに書かれてきる“愚禿鸞”とは親鸞聖人自身のこと。


人物を扱い、人気の高かった番組「知ってるつもり」で
“歴史上の人物ベストワン”と放送された親鸞聖人

ものに執着せず、ひたすら仏の道を歩んだ聖者
が私の親鸞聖人に対するイメージでした。

それが

「愛欲が広い海ほどあって溺れている、
 人から褒められたい悪くいわれたくないという名誉欲や
 お金やモノが欲しいという利益欲が大きな山ほどある」

と懴悔しているのです。
なんと赤裸々な、飾らない、ありのままの人間の姿を
告白される方なのかと感動し、
「俺ってそんなに欲が強くないほうで」
と自惚れているわが身が恥ずかしくなりました。
結局自分の心が見えずにいただけなのです。

心の中は無法地帯。
「あんなこと言われたら誰だって腹が立ちますよ」
とはしばしば耳にする言葉。
しかし、その裏には
「だから、心でどんなこと思ってもいいでしょ!」
という思いがうごめいている。
でもそれは、
“人間は誰だって悪を作らずしては生きていけない存在”
ということ。
みんな思うからいいというものではなく、
みんな悪いことを思うならば、人間はみな“悪人”
ということではないでしょうか?
 

本当の自分の心が見えたなら

「おちてゆく 奈落の底を
 のぞき見ん いかほど深き 欲の穴ぞと」

(なんと欲の深いことか。
 底知れぬ地獄へ堕ちてゆく己の姿が知らされる)

で、どんな報いがきてもおかしくない自分の姿が
知らされることでしょう。

そんな迷いが深く、悪の重い私を救う教えが
親鸞聖人の教えだったのです。




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