マヨの本音

日本の古代史から現代まで、歴史を学びながら現代を読み解く。起こった出来事は偶然なのか、それとも仕組まれたものなのか?

神を閉じ込めてきたのは・・・・

2009年12月26日 09時56分23秒 | 陰謀論
ある人がマヨちゃんは「ニダ系工作員」だというレッテルを貼ってくれた。よく意味がわからないが、確かに北朝鮮や在日韓国人らの擁護発言からして、そう思われてもいたしかたないのか、などと考えている。どう思われようと私には関係のないことである。

私は日本の支配者の歴史を調べているうちに、日本にはいくつかの支配層があり、それぞれが争ってきたのが日本の歴史そのものであるという考え方をしてきた。そしてそれらの支配層が天皇と「お種」をやり取りし、言ってみれば天皇家は「お種」の保存機関だと考えるのである。

私の研究では、日本にいる源氏は満州から直接渡来した鮮卑族で、特に高い「お種度」を持っていたのが北魏王朝の王家である拓跋族だと考えた。これが藤原北家である。そして、同じ鮮卑、慕容氏は安氏を好太王として高句麗王に送り込み、さらに彼は倭王も兼ねた。その後、安氏は南下し、安羅国を作る。安羅王の皇子が日本へ侵入し、応神天皇として近畿地方までやってきて飛鳥の地に王朝を作る。さらに、一族は太平洋側に広く分布し、平家一門が日本に出来たのである。これは藤原の式家に当たると考えている。
そうなると、安宿姫である光明子と聖武天皇は平氏系ということかな・・・?ちょっと整合性を考えねばならないが・・・・。
憶測ついでに、四国の阿波、熊野、そして千葉方面はその家臣であり、鹿島神宮にはその王族が住んだのではないだろうか。平将門の乱というのがあり、彼は「新皇」を称したというから、彼にはその資格があったのではないかと想像するのである。聖武天皇の奈良の都には鹿がいっぱい。鹿島神宮を考えると、これはつじつまが合うことは合うが。ちょっと断定は出来ない。

この源氏と平氏は同じ鮮卑族ながら、やはり「お種度」は源氏が高かったのではないか。なぜなら、平清盛は殺すことが出来たはずなのに、頼朝・義経を生かしてしまったのだ。やはり畏れ多くて殺せなかったというのが真相ではないか。

まあ、そんなことは何度も書いてきたからこのブログを読んでいる人は周知のことである。ただ、私はチンギスカンの研究や、拓跋族を調べているうちに、満州で活動していた日本軍の首脳陣はそれらのことを熟知していた可能性が高いと思うようになってきたのである。特に大本教の出口王仁三郎、日蓮宗の石原莞爾、玄洋社の内田良平、頭山満、黒龍会・・・あたりである。
彼らの主張が大東亜主義で、大アジア共同体構想である。
この思想が大モンゴル主義と同じものでユーラシアに一大帝国を築いた義経のつくった国家そのものなのである。
閉じ込められた神が動き出し、鳩山政権が誕生した。彼が「アジア共同体構想」を論ずれば、思わず歴史の必然性を感じざるを得ないではないか。
ニダ工作員と言われようが、短い人生の中で、これほど面白いものを目撃できるというのはそんなにあるわけではない。私は目撃者としてじっくり観察したいのである。
現在は神を閉じ込めてきた勢力との暗闘が繰り広げられているという事である。