光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

雪の降っている感じを、出来るだけ目に見えているように表わす

2015-01-18 13:54:00 | 散策
  シジュウカラ、小さい。小さいので小鳥。で、冬の野鳥でもあって、鳴き声が特徴的で

  割りと遠くまで響き渡るのではないか。そうゆう印象、ツーンか、キーンという音の中間的なもの。

  それが印象深い。いつもその鳴き声を出すとは限らず、すぐにわかるのはその姿から。


  シジュウカラが来ているのは、晴れ渡ったから、というのが一番の要因。

  晴れている。これも予想外だが、日本晴れでも富山晴れでも何でもいい。



  何しろ、午前9時過ぎ、それよりも前から、なるほどと思えなくもないが、晴れた。

  快晴に近く、今は雲の動きから、風は「北西」からのようで、またこの風向きもときによって変わる。

  見えていた雲が消えてしまう、と風向きも判断出来ないが、それだけいいお天気になった証拠でも。


  鳥はあまり好きではない。

  スズメがいて、ツバメがいる。カラスの存在が、どうもいけない。カラスが悪い、と絶対にいえなく

  カラスも好きで悪さというか、人の嫌がることをやるわけではないから。

  概して、なんでも食べる鳥類、あるいは猛禽類は、小動物、中間くらいの動物、大型動物の残骸の

  掃除屋で、その後に何も残らない。そうゆう意味でも、ある場所でありがたい存在で、カラスには

  はっきり言って私もだが勝てない。そうゆう人は多いはずである。


  鳥好きの人でなくても、小鳥はどうゆわけか、ここの昔のいえにも、小さい竹で出来た鳥箱の中に

  緑色の小鳥はいた。

  昔は、ジュウシマツなど飼っていた家は割と多いのではないか。

  その鳥篭は、竹製ではなく金属製だった。竹だと、いかにも虫箱のように見えるので、鳥箱と書いたが、

  やっぱり虫も、虫篭かな。虫箱とは言わなかったかも。



  この辺りは、冬あるいは早春のころだが、すぐにわかる小鳥はメジロである。

  これをどのように捕まえるか、わからないが、竹製の鳥篭に、メジロはいて緑色のようでウグイス色のようで
  
  どれも違うようだ。

  これの餌に困ることは昔のいえではなかったようで、人と似たようなものを食べている。

  たとえば、米ぬか。


  今は小鳥といえど、かってに取ってはいけなく、これは自然界にその姿を探さざるを得ず、でも意外と簡単に

  そのシーズンになれば、メジロや今書いた、シジュウカラの姿を見ることは出来る。

  でもシジュウカラは、このところその姿を見ること少なく、季節限定だと、メジロのほうが確実性がある。


  どちらも、こうゆう小鳥に共通するものかわからないが、長くはおらず、早咲きの梅の花、あるいは松の

  花粉なども食べるのか、それもまだ残っていても、鳥の姿はなくなる。

  鳥に鳥の生き方がある。



  冬の鳥だと、この名前が花とかに比較してなお覚えていることは出来ず、忘れてゆくが、それなりに

  きれいというか目立つものもある。そうゆう鳥ほど、どうも最近は見かけないのは私が外に出ていない、

  ということが一つ。自然界の条件が変わったこともあるのではないか。

 

  鳥は鳴き声だけだと、結構豊富だが、知っているものは、さほど興味なく、知らないものはなんだと

  いうことになるが、これはそれこそ鳴き声だけはわかるがというもので、姿形見ること少ない。


  メジロに似て非なる、ウグイスだが、これは鳴き声だけはよく、セミに似ているかな。

  セミの鳴き声は嫌いではない。

  ただ同じ考えで、鳴き過ぎは勘弁してくれとなる。ウグイスなども、適度に鳴いてくれて

  姿を消すというのがよく、また明日があると思うのだけど、朝も昼もというのは、どうゆうわけか

  耳をふさぎたくもなる。


  聞いていてものすごくいいものは多いが、何事にも適度な大きさとか時間はあって、なかなか

  むつかしい問題は依然として残っている。

  赤ちゃんの泣き声は最近ほとんど聞かないが、これもおかあさんは心配のタネで、泣きすぎる赤ん坊は

  元気だというのはわかる。これ以上は書くこともない。



  嘘のように晴れている。気温の上がり方はしかし、それほどでもなく、12時前に、一応昼は食べたので

  冷たいだろう空気に触れるため、外に出たが、これが嫌というほどまだ冷たくて、冷蔵庫の中だが

  背中に日がちょうど角度がいい状態で当たると、室内と同じく、結構気持ちもいいもの。

  今日は風も、弱い。でも数字で示すと冷蔵庫の中の冷蔵室の温度より、わずかに高いだけで

  やはり直射光がいる。



  散々、快晴の心地よさの事を書いて、でもきのうはこれと真逆、正反対のお天気でもあって

  いかに雪の有り様を撮るか、多少は悩ましい気持ちにもなった。

  雪も大きなボタン雪になると、そのものにカメラのAFは反応して、一応雪が降っている状態がわかる。

  これは興味深いもので、昔から同じようなことをやっているが、でも写り方に限界あり。

  一つ考えていたのはいかに目で見えているような雪の様子を画像に残すか。あとは今書いた

  空中の雪の様子。


  部屋の温度が上がってきて、まだ大丈夫だが、妙なことにならないか、そっちも心配!!!。




  その一。いかにも荒々しいというか、はっきり汚らしい画像だが、雪の感じというと
  これも一つの表現かな。




  その二。目で見て直感的に、かなり雪で空間は白いが、それが画像では、そうならない。




  その三。




  その四。この辺はまだ試行錯誤。




  その五。目の前が白くなるくらい、というのは本当で、でも表現的にオーバーかも。




  その六。




  その七。雪で悩むことは多いな。





  その八。カメラを空に向けても、ちゃんと雪に焦点が出る。




  その九。




  その十。でも、なかなか美しい、というところまではゆかない、きのうの雪の降り方。


  今日は今ごろになって、部屋の温度が上がって、朝よりもちろん10℃以上は高い。

  なんか温度が高すぎて、身体がこれに対応出来ないという、記憶のある嫌な感じもしてきたので

  この辺で止めないといけない。




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