光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

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青空が出ている、さわやかといっていい。申し訳ないような気もするが。

2017-07-06 13:29:05 | 散策
  降るところは降っている。

  同じTV 画面を見ているのも、非常に苦しいものがある。何にも思わなかった、むかしは、これを見物

  していた。ずいぶんと、いい加減なものである。でもいまは「明日はわが身」が、よくしみているので

  見ない。いつか「いま」になる。ほとんど沈んでしまうような気持ちに。

  他のことで、なにか思うことはないか。


  気温の高いところがあれば、山の上にはまだ雪がある。

  このところの雨で、地面の表面の土も流れて、また少し、この辺りの標高も下がったような気が

  する。

  雨、水である。これはもともとどこにあるものが降っているか。まずは考えない。でも、海水だろうな。

  海の水。でも、海の水が減ったとか、これはわからないだろう。これは法螺でも言えない。

  信じる人もいない。しかし、山があれば、川があって、河には大量の土砂も流れ込んでいる。

  こうして、天井川は出来る。海に砂浜。

  氷河があるところ、この川も流れている。削り取られるものがある。氷河がなくなってゆく。

  また循環して、氷河期が来るだろうか。


  河のそばに住んでたことがある。堤防がある。結構高い。だから、川を渡るに、一度坂を昇らないといけ

  ない。この堤防が切れるときがある。

  中学生、あるいは高校生のときの体験で、これはかなりむかしである。

  木の橋も多かったときで、なくなる。いまでもたぶんそうゆう橋はあるが、渡るときは勇気がいる。

  まっすぐでなく、太鼓橋というのかな、そっている橋もあって、なかなか大変である。


  列島の国で、周りは海で、山があれば川があって、橋がない。そうゆうところがあるかどうか

  わからないが、この橋も不動かどうか。不動ねー。

  だんだんと怖い話しになってきた。

  この辺りでも、道の土手が崩れそうなところは、むかしは「ここ」と「ここ」と「ここ」、というのが

  わかってよく平気で車も通るな、と常々思っていたが、・・・。


  今日は天気もよくいい日和で、道を歩いていても、けっこう多くの方が、花のお世話を

  している。密林はなかなかない。

  ルドベキア、アガパンサス、ギボウシ、など。ノウゼンカズラは、見ないで終わってしまった

  かな。


  日当たりの悪いところで、ここのいえのこと、今ごろヒメヒオウギズイセンの、赤い小さい花。

  雑草だべ。


  7月5日、きのう午後。青空。どこまで伸びる竹、だが、カメラを淵まで持ってゆくと

  まだ空がある。




  その一。




  その二。




  その三。




  その四。




  その五。




  その六。




  その七。



  今朝は、一度、午前4時前に起きて、また眠ろうと思ったが、どうも眠れない。

  で、5時40分ころ、布団から出た。

  朝の散歩から帰ってくる人をまず見る。



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