光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

梅の花、その周りのもの

2010-03-12 18:58:40 | 植物・花(春)
  ずっと新聞の回収というのがなかった。それにしても、ひどい南風が吹いていて辺りは
静かではない。それで、新聞の回収という案内が久しぶりに入って、でもその時期は4月である。忘れ
そうな感じがあって、そのビラを置いてあるが、一番上である。
  新聞ねー、溜め込んでいる。少し前、それは去年、結構出した。その回数は回収します、という
案内の方が多いときもあって、結局のところ、こちらも尻をたたかれるというか、重い腰をあげて、
多くて二つと半くらいの、ものを束ねて、用意した。それで、結構すっきりしたが、その後ある時期を
境に、ピタリそれがなくなった。それで、新聞は山のように積まれて、崩れそうな感じになる。その
新聞をきれいにたたんで袋に入れる、というような、修行のようなことはできず、そのままである。
あるがまま置いてあって、いつ崩れてもいいようで、でもそれも4月という目標が出来て、うまく
ゆくときれいになるかも知れない。もったいないような、新聞である。この新聞にも、見なくても
いいようなものはあって、またこれが足らないというものはある。なんでもかんでもは無理だ。

  夕日が沈むときが来るが、珍しく、今日がその日であって、しばらくの間見とれていた。これを
やり出すと、なんだか際限なくやりそうで、あかんと思う。思うが、慌てて、カメさんを用意して、
しばらく様子を撮った。地球はどんどんと動いていて、太陽は下へと移動して、わずかな時間でそれ
は沈んだ。新聞で、今日の日の出というのを見て、また明日の月齢を知る。こうゆうことは滅多に
ない。夕日に見惚れるのはまだ少し早いというか、それは目で見て記憶すべきもの。残る夕景の色
こそ、残すもののように思えて、これからはそれでゆこう。
  ときどき、列車の時刻表が、新聞にも入る。これは昔もあって、そのものに、射水線の時刻表も
あったように思う。かなり昔だが、新富山から、富山新港いや、新港東口まで、射水線は走って
いて、でも行き先は、新港東口だったかどうか。この辺りは、はっきりせず、つまりは途中で降りた
からで、当然乗ったのも、もっと近くからだ。あー、忘れてしまった。もっとも、もういつの間にか、
無くなった。あっという間にと思える。廃線。簡単に鉄道は消えるものだというのは、後の国鉄が無く
なったのと同じようだし、また新幹線が走って、在来線が廃止というパタンと似ていると思う。
  その、新聞に入っている、時刻表で、消える、寝台特急『北陸』は、当然もうなく、でも急行
『能登』はどうか、これもなくなるはずだが、まー、正式な時刻表ではないから、あれこれいうこと
でもないのだろう。

  列車の思い出というと、夜行はあって、でもその回数はものすごく少なく、これは子供のときだ。
修学旅行というのを忘れていたが、山陽本線を夜行で走ったと思う。このときは、通路に横になって
いた。もともと、座席で眠れるような体ではなかった。夜行のときはどうだったか、こっちの方が
記憶にない。寝台であったとしても、恐らく眠れずきっと一晩中、ガタゴト揺られるそうゆう
音で参ったかも知れない。あー、寝台なり、夜行というのは、もともと性に合わず、それから、
新幹線というのも乗っていて、終着に向かう場合はよしとして、それ以外は降りることを気にしない
といけなく、旅の魅力とはかけ離れるものがある。強いていうと、それこそ満員の、通勤電車の延長
線かと思える。でも、まー、新幹線も乗った時代は、遠い昔でそれなりのよさがあったと思う。
でも、ゆっくり鉄道の旅は、それがよくて、普通で、3時間くらいの距離だと、乗換えでそれを
利用した。また、満員の通勤電車にない、あまりにのんびりしたものがあって、少し寂しかった
かも知れない。

  梅の花であった。梅のというと、梅でも見ながら「一杯」という感じで、それは桜の時期とか、
あるいはもう少し暖かい、初夏のビアガーデンが開くころ、同じく路面で、ビールというのが
ありそうだが、もうそうゆうものに乗ることはないけれど、トイレの心配があって、とてもじゃない
が飲めそうにない。その点、梅見酒、それから春の桜見物、桜の宴会も同じ恐怖があるが、それに
ついても多々思い出はあるが、話しが違うほうへとゆく。定まらないなー。

  梅の花、というとそのそばに大体何かある。そこがお寺だと、お寺らしいものがある、それから
どうだろうか。庭木、であるとすると、他にもそうゆう木々や、他の植物があっていい。梅を見て
梅以外の何かを見ること。そうゆうことも、考えないとこの先、まだ長い冷凍の春の時代を、梅と
ともに暮らすこと、書き込みも出来ないようだ。それゆえ、それこそ、あー春だから、汚い部屋の
掃除もして、という気にもなるが、これはちょっと梅とは、関係がなかった。それゆえ、今日はさら
に腰が痛い。





  梅干し色の梅。紅梅で、今日も見てきたが、花弁がぱさぱさしている。




  白梅のある、辺りの苔の濃い緑。




  石もあったのか。こうゆう角度はいわば、滅多にゆかないところで、
  またこの石も写ることのないものだった。




  木と、苔は仲がいい。苔は木の命を永らえるか。




  イチョウ。蕾が数多く見える。それだけで緑色はない。




  きっと、大きなお屋敷があった、それを思わせる、門。なんども出る。
  門だけで、後は想像するしかない。だからなんども出る。




  向こうに、暗めの家屋があって、梅の花の、蕾の数の多さを教えて
  くれる。これは星が見える理屈と同じだろう。




  明るい、枝垂れ梅。もう雪囲いはいらない。この梅の花は、




  一つは、こうなっていて、これは梅の花そのもので、実に美しい。
  これだけ、今日撮ったもの。

  おいしそうにも見える。


 

夕日と、朝の月と

2010-03-12 16:19:33 | 散策
  最高気温、午後3時までで、16.4℃。
  南からの風が強い。午後3時で、9mである。
  ときに突風もある。
  それでも暖かい。風はゆっくりと強くなって来ている。
  今は、薄曇りである。


  晴れたきのうの夕方の、様子。
  それから、同じく晴れていた、きっと夜中じゅう晴れていた、と思う、
  朝の月。細い月。




  大きな、太陽像である。風はさほどなかった。
  飛び出しているものは、アンテナ。倒れて、ここで止まっている。




  気温は低めだが、風は弱く、ようやく安定して晴れた、空の色。




  いろいろためしてみる。




  日の入りまで、まだ時間があった。だから、赤い色はないようだ。
  不思議な色とも思える。


  朝の月。
  月は十分明るく、手持ちでも大丈夫で、ISO200でも、30分の1秒だと
  露光は長すぎてと思える。
  背景が写らないといけなく、この辺さじ加減が必要。




  露光は全体としては、不足かな。目で見るのとの違いは大きい。




  その二。しばらくして、数分だが、かなり明るい。




  その三。




  その四。これだけ、切り出し。月の細さを強調したい。でも、
  なかなかうまくゆかない。月の明かりの滲みがある。




  その五。ほどほどですかね。
  肉眼で見ていたのがやはり一番いいけれど。


  

ようやく、晴れてくれた

2010-03-12 06:39:32 | 散策


  フキノトウ。
  中の花が見えてきた。数は少ない。一つ二つ、数えられる。
  曇りだったから、色も少し白く、本物はもっと色濃い。



  朝のお天気は、若干遅れての、快晴。布団の中にいて、もう外が明るいのがわかった。
朝は、快晴で、きのうの夜からもうほぼ快晴。先ほど細い月も見て、でももう明るい空に
消えてしまう。今は快晴、日の出が近く、位置が移動した。

  アメダスの6時の気温、2.4℃。気圧は1025.3hPa、湿度は69%。南西の風が、3mとある。
ほとんど風は感じない。室温は6.2℃。よく冷えた。

  遅いんだよね。晴れるのが、それで、きのうの宵の空に、星が見えたとき、あー春が来たとか、
思う。外は、やっぱり寒くて、もう梅の花も見えず、本物の星が光っていた。
  部屋の明るさ。建物から洩れる、光の強いこと。それに比べて、夜空の星の光の、弱いこと。
オリオンの骨格をなす、星ぼしも、大して明るくなく、オリオンそのものも、霞んで見えている
ようで、まだ瞳孔は開いていない。一点、より南に見える、シリウスだけが、これは明るく、ここに
あるということがよくわかった。シリウスは夜中、もう南西の空に沈むというころも、見えていた。
それもかすかに。

  朝に、ボウッとして目が開くのは、朝だからで、このところ真っ暗であったが、明らかに
明るさが、これまでと違って、薄青い光りがあったようだ。もう起きる朝で、眠りすぎた
感じもある。春は、暁を教える。
  起きてびっくり、月の明かりで、その月は細かった。痩身の月。見るのは美しく、想像するものは恐ろしい。
  もう日が出しまった。今はもっとも太陽の位置の変化が大きいころで、それゆえ、この前見た
日の出の位置より、ずいぶんと東に、左側に移ってしまった。これも春ボケの一つ。