凛太郎の徒然草

別に思い出だけに生きているわけじゃないですが

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荒井由実「雨の街を」

2011年09月30日 | 好きな歌・心に残る歌
 季節がかわりゆくのは、たいてい寂しい。
 子供の頃は楽しい時間が過ぎてゆくことへの愁いが原因であっただろう。長じれば自分が季節に取り残されることの哀しさを知ることになったからだろう。そして今となれば、自分の残り時間の少なさへの焦燥が浮き上がるからかもしれない。時間は永遠だが、ひとは永遠ではない。そのことを知ってしまうと、ゆく季節がいとおしくてたまらなくなる。お願いだから、俺を置き去りにしないでくれ。
 詩人が四季の移ろいを歌うのは、必然なのだろう。

 松任谷由実という人は、当世で最も人口に膾炙している詩人だと思うけれども、この人もよく季節を綴る。季節と、空模様と、人の心をいつも見ている人。みんな安定しない。
 ところで、ユーミンと言えば冬だと言う人が多い。最も売れたシングルが「真夏の夜の夢」であるにもかかわらず。なんでだろうかと思う。
 イメージは、わかる。ゲレンデでいつも流れているのはユーミン。広瀬香美が出てくる前は独壇場だったか。映画「私をスキーに連れてって」そして「恋人はサンタクロース」。苗場プリンスのライブ。ダイヤモンドダスト。スキー天国。ブリザード。
 けれども、冬の苗場に対して夏の逗子マリーナのコンサートもずっと続いている。夏の歌も多い。もしかしたら「夏のサザン・冬のユーミン」が対句になってしまったからか。
 よくわからないようでいて、これには単純な回答がある。それはもちろん、ずっとアルバムを冬に向けて発売していたからだということ。
 7枚目の「OLIVE」は夏、8枚目の「悲しいほどお天気」は冬、というように、ユーミンはかつて、だいたい一年に2枚アルバムを製作し、一部例外を除いて夏と冬に向けてリリースしていた。それを、一年に一度、クリスマス(と冬期ボーナス)に向けて年末にリリースとすることにしたのは、15枚目の「VOYAGER」からである。僕は高校を卒業しようとしていた。
 収録されている「ハートブレイク」のPVをTVで見て、18歳の僕はあらためてびっくりしていた。ユーミンてこういう人になっちゃったのだな、と。もちろん悪い意味で言っているわけではないことはわかっていただけると思うけれども。
 それはともかく「VOYAGER」以降、20世紀の間じゅうユーミンはずっと冬リリースを続けた。それは、完全定着した。ユーミンはアルバムの人で、シングルなどこの頃数えるほどしか出していない。以降アルバムはずっとミリオンセラー。誰しもが、買った。僕ですら買った。そして、繰り返し聴いた。多分ユーミンのアルバムで僕が最も繰り返し聴いたのは、「DA・DI・DA」だろう。20歳だった。
 社会人になったその年の晩秋。いきなり北陸赴任を命ぜられた。かの地は、もう11月末には初雪が降る。車で駆けずり回る機会が多かったのだが、その年の3月に京都で免許をとったばかりの僕は、雪道など全く経験がなかった。ひたすら怖かった。日の暮れた雪道は、徐々に凍り始める。高岡から金沢へ向かう国道8号線。肩に力が入って疲れた僕は、小矢部という町で小休止した。これから峠を越えなければならない。ふと車を止めたレコード屋で、「Delight Slight Light KISS」を買ったことを今でも憶えている。
 
  どうして どうして僕たちは出逢ってしまったのだろう こわれるほど抱きしめた

 「リフレインが叫んでる」を聴くと今でも僕は夜に降り積む雪と、焦燥そして孤独を思い出す。冬のイメージもまたむべなるかな、である。
 けれども、僕はユーミンにはまた違うイメージも持っている。それは、荒井由実のぬぐい難き鮮烈な印象。

 冬の印象が強いといっても、詩人のユーミンは春夏秋冬雪月花を自在に表現する。
 「真夏の夜の夢」が最も売れた曲であるなら、ユーミンが自ら、私の代表曲はこれ、と表明していたのは「春よ、来い」。そのとおり認知度は非常に高い。

  淡き光立つ俄雨 いとし面影の沈丁花 溢るる涙の蕾から ひとつ ひとつ香り始める

 これを聴くたびに思うのである。なんと細やかに巧みに作られているうたであるか、と。強い郷愁を感じさせる旋律と、いくらでも深読みできる詩。どこまでも丁寧に編まれている。
 これを「技巧の極み」と表現してしまえば、あちこちからお叱りが来るに違いない。「精緻な計算を施し」と書けば、もっとお叱りが来るに違いない。「オマエ何様だ」「何故いい曲を素直に受け止められないのだ」と。すいません。僕もそんな生意気なことを言うつもりはなかったので、この話は一旦引っ込める。
 ともかく、春のうたとしてはキャンディーズや芳恵ちゃんと並んで定番だろう(世代的に)。そういえば、赤いスイ-トピ-を作ったのもユーミンだった。
 そんなユーミンを、松任谷由実ではなく「荒井由実」と置き換えたとたん、季節は夏が終わり秋へと向かう、寂しくもの悲しい情景に僕は誘導されていってしまう。

 荒井由実と言えば、「中央フリーウェイ」でも「卒業写真」でもなく「ひこうき雲」だろうと勝手に思っている。

  白い坂道が空まで続いていた ゆらゆらかげろうが あの子を包む

 夭逝したかのひとへの思いが主題となるこのうたは、後にどれだけ腕が研ぎ澄まされてもなかなか凌駕する曲を作るのは難しいことだと思われる。このうたを10代で書いたということにはまず驚くが、もしかしたら10代だからこそ書けたのかもしれない。もちろん、ユーミンだから、という前提がつくが。
 その陽炎が燃える、空まで続く坂道。空を翔る命とともに、夏もまた終わる。
 ユーミンには、その夏の終わりから秋にかけてのうたがいくつもある。「9月には帰らない」「9月の蝉しぐれ」といったそのものの曲もあるが、荒井由実時代のものはまたひと際映える。「晩夏」。「避暑地の出来事」。「旅立つ秋」。そして「さざ波」。
 その中でも、僕の思う秋の荒井由実を決定付けているのは、「雨の街を」である。デビューアルバム「ひこうき雲」所収。

 ピアノソロのイントロダクション。奇跡の旋律。このみずみずしさはいったいなんだろうか。
 感性がきらきらと溢れ出しているように僕には聴こえる。積み上げたものでもなく重ね凝らせたものでもなく、ただこぼれ落ちているようだ。研磨を必要としない、原石がそのままでダイヤモンドであったかのような。

  夜明けの雨はミルク色 静かな街にささやきながら降りて来る妖精たちよ 

 都市伝説かもしれないが、この鮮烈なメロディをユーミンは遥か少女の頃にもう完成させていたという話がある。レコード化したのが19歳だったというだけで、実際書いたのは中学の時だったとも。本当かどうかは知らないけれども、ユーミンならさもありなんと思える。wikipediaを見ればユーミンは15歳でソングライターとしてデビューしている。谷山浩子もそうだったが、恐ろしいほど早熟だったようだ。
 ユーミンと空模様の関係だけでおそらく論文のひとつやふたつは既に発表されているのじゃないかと思うけれども、よく雨が降る。荒井由実時代も本当に雨が降りそぼっている。名曲「ベルベット・イースター」をはじめ、「12月の雨」「天気雨」「雨のステイション」「たぶんあなたはむかえに来ない」「Good luck and Good bye」そして「冷たい雨」「青い傘」「白いくつ下は似合わない」「『いちご白書』をもう一度」「霧雨の朝突然に…」。
 きりがない。それらのうたの中では本当に様々な雨が降っているけれども、ここでは「ミルク色」の雨だ。雲がそのままおりてきたような細やかな水滴の描写だろうか。霧雨なのか靄なのか。空気がたっぷりと水分を含み飽和状態になっているのが感じ取れ、情景に量感が生じる。
 絵画的なのかな、とも思う。多摩美で日本画を学んでいたユーミンである。しかしそれも一面でしかないかもしれない。時として水墨画であったり、点描であったりするが、また画素数の高い鮮やかなフォトグラフであったりもする。絵画であっても写真であっても、いずれにせよユーミンのうたには映像が浮かぶ。

  庭に咲いてるコスモスに口づけをして 垣根の木戸の鍵をあけ表に出たら 
   
 ユーミンのピアノの後ろから、遠慮がちにバンドの音が寄り添ってくる。キャラメル・ママの面々。後のティン・パン・アレー。天才少女の下に集いし四銃士。
 探したら、ニコ動だけれどお宝映像があった。これはすごい。ティン・パン・アレーがバッキングをしている。ドラムの林立夫、キーボードの松任谷正隆、ベースの細野晴臣、ギターの鈴木茂。こんなバンドが存在したことに驚く若い人もいるかもしれない。

  いつか眠い目をさましこんな朝が来てたら どこまでも遠いところへ歩いてゆけそうよ

 聴いた人の心に必ず残像が刻まれる。それは、時として胸を痛くさせるほど。こんな曲が世に出てきたと知った、当時音楽で生活していた人は、みな震えがとまらなかったのではないか。
 僕も、この曲を初めて聴いたときからもう何十年も経つが、その古い記憶は心地よい呪縛であり、今もまた鮮烈である。俺はこんなに変わってしまったのに、と思えば、いきなり少年の頃に引き戻してくれる力も秘めている。僕の中では、間違いなくユーミンのNo.1ソングとして君臨している。

  誰かやさしくわたしの肩を抱いてくれたら どこまでも遠いところへ歩いてゆけそう

 秋の長雨にふさわしい。今も、窓の外はミルク色の霧雨が静かに降っている。そうして徐々に、秋は深まってゆく。



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2 コメント

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またまた (よぴち)
2011-10-04 01:32:51
凜太郎さん

まだ立ち直れてない、よぴちです。
こんな時、こういう、私に言わせると70年代の空気をバンバン感じさせる曲は、もう、ダメですね。
涙腺が開きっぱなしになってしまう…。
もう、詞の中身とか、カンケーないんですよ。
ただ、音が時間を引っ張ってくる。
それがどうして涙につながるのかも分からないけど。

ずっと私は、過去に戻りたくはないと思ってきました。
それなのになぜ涙が出るんだろ、って。
最近、少しだけ思うのは、
やっぱり帰りたいんだな、ってこと。
ただ、もう1度生き直すのは嫌なんです。
そこに留まっていれるのなら、と、
もしかしたら思っているのかもしれない、
…これが今のところの答え(推測)です。

せっかく凜太郎さんが、しっかりした記事を書かれてるのに、全く内容とは関係なくて、すみません。
コメントになってないや。
>よぴちさん (凛太郎)
2011-10-04 05:35:52
70年代の空気か。「I'm Not In Love」もモロにそうですね。音が時間を引っ張ってくるのならば、僕には、涙は自明のことだと思えますけれども。あの頃を思い出したら、やっぱり泣くよー。(^-^)
で、僕は「自明」とか言い切っちゃってますが、よぴちさんは分析されようとするわけです。その姿を見て、ああこのよぴちさんという人はいつも「前向き」を心がけて歩いてきた人なのだなと、感嘆と共に僕は思うわけですよ。
僕のように「後ろ向き」の人間は、過去に戻りたいと思うことも昔を思い出して泣く事も当たり前、自明ですからね(笑)。

かつて、よぴちさんが過去に戻りたくはないと思われていたのは、決して強がりだとは思えない。それだけ未来を信じていたわけで、ある意味羨ましい。けれども、僕が過去を(つまり自分の足跡を)いつも振り返るのもまた、過去に黄金色した日々があったということで、それはそれで幸せなことだと思っているのです。
だからよぴちさんが、やっぱり帰りたいと思われたこと、僕にはとても慶賀することに思えて。世の中には「過去は振り返るのも嫌」という人もいっぱいいるわけですから。
「そこに留まっていられるなら」
そんな痛切な思いが追憶の中にあるのは、やっぱり人生生きてきてムダじゃなかったということのように僕には思えます。
だから、ユーミン聴いてじゃんじゃん泣け(笑)。そういうのが、生きてきた証しじゃないですか。ワシはそう思う(笑)。

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