凛太郎の徒然草

別に思い出だけに生きているわけじゃないですが

遠藤賢司「カレーライス」

2012年01月31日 | 好きな歌・心に残る歌
 某喫茶店にて。BGMにグレープの「朝刊」のイントロが聴こえてきた。有線なのか、店主の趣味なのかは知らない(別にいきつけの店ではなく通りすがりなので)。グレープ時代も含め、さだまさしの曲はよく聴いているので、イントロが始まればすぐにわかる。
 僕はこの曲を聴くと、まっさんの度量の大きさというものをいつも感じるのである。

  前に親父が来たときも 僕の好物のカラスミを手土産にとくれたのに
  わざわざまた煮て駄目にして 「ごめんなさい」っていいながら一番笑いこけたのは君

 ピンきりではあろうけれども、カラスミというものは概して高価なものである。ボラの卵を時間をかけて加工した珍味で、ちょっと立派なものならひとハラ1万円くらいしてしまう。それを薄く切って、場合によっては大根の薄切りとあわせて食べたりするが、少量づつ食べるのならそこまでせずともそのままチビチビと食べればいい。上質のものはねっとりとして、酒の肴には抜群である。
 邱永漢氏が書いていたのだが、台湾では炙って、ニンニクをつけあわせて食べるらしい。そういう食べ方はしたことがないが、アリなのかもしれないな、とは思う。絶対に生で食べなければならないものではない。しかし、これを煮てしまってはどうしようもあるまい。
 さだまさしの歌だから、この主人公の実家の設定は長崎だろう。カラスミの産地だから、意外に手軽に手に入るものなのかもしれない。しかしそれでも、廉価ではなかろう。それを知らないとはいえ、煮るとは。…だが、ここまではまだ僕も許せるかもしれない。ドジでかわいい新妻のしたことだ。しかし、それで「笑いこける」とは何事であるのか。義父の思いを考えれば、もう少し申し訳ない気持ちを表明してもいいのではないか。
 …と、どうしても思ってしまう。僕には度量が無い。されどからすみであっても、たかがからすみではないか。これがタラコであったなら、いかに父親のことを思えども僕だって笑って済ませたのではないだろうか。値で換算するとは、なんとも僕は人間が小さい。
 おっとそういう話をしようとしたのではなかった。閑話休題。
 このうたは、朝の情景から始まる。奥さんが朝刊の受け売りをはじめる。

  きみは早起きしたのがさも得意そうに ねぼけまなこの僕を朝食に追いたて
  ねェまた巨人が負けたってさって 高田の背番号も知らないくせに

 高田の背番号か。
 この奥さんは背番号を知らないだけだが、今の若い人がこれを聴けば、何の話かわからないに違いない。この高田とは、高田繁さんのことである。このあいだまでヤクルトの監督、今シーズンからはDeNAベイスターズのGMとなったあの高田氏。当時は、読売Gの花形選手だった。
 ちょっと調べてみると、朝刊のリリースは昭和50年。ということは、長嶋監督初年度である。前年読売GはV10を逃し、長嶋が「巨人軍は永久に不滅です」とか言って引退し、監督となった。その監督初年度は負けに負け、とうとう最下位となったが、その年のうたである。そりゃ「巨人がまた負けた」となるだろう。ちなみに高田は塀際の魔術師とも称された天下一品の左翼手だったが、翌年読売Gは日本ハムから張本勲を獲得し、張本がレフトなので高田はサードにコンバートされた。そしてこの大型補強で読売は優勝する。このチームの体質は、FA制度以前からあまりかわらない。以上、関係ない話。ちなみに高田の背番号は8である。

 話題にしたいのは、時事ネタを扱ったうたである。
 本来、うたというものは不変の価値をもつ。名曲は、いつまでも人々の心に残るもの。そうした中で、歌詞に時事を扱うと、とたんにうた自体が古びてしまう危険性を内包してしまう。しかしその反面「うたは世につれ世はうたにつれ」である。時代を取り込んでいかないと、ヒットしない。
 こういう話をするときに必ず話題となるのが国武万里さんの「ポケベルが鳴らなくて」だろう。
 ポケベルが、今も存在しているのかどうかはよく知らないけれども、携帯電話の普及によって一般的にはほぼ消滅したといっていいだろう。だが、かつては隆盛を誇ったツールだった。僕も持たされたが、そういう業務的な使用以外に、女子高生などの暗号的活用の流行など、時代の象徴だったと言っていい。
 おもしろいことに、普遍的なものではなく「時代の最先端」のものを採りあげると、あっという間に古びてしまう。だから歌詞に「フラフープ」「たまごっち」「ツイッター」などは採りあげないのが良いのだが、作る側もそれを承知で「消耗品」として送り出しているのだろう。作詞したのはやはり秋元康だった。
 しかし、まさかその後廃れてしまうとは思わずに作詞した場合も多いだろう。BOROは「踊り疲れたディスコの帰り」と歌ったが、ディスコがここまで衰退し「クラブ」とかいうものにとってかわられるとは予想していなかったに違いない。「私がオバさんになってもディスコに連れてくの?」と森高千里は歌ったが、その後20年経っても森高はちっともオバさんにならず、逆にディスコが無くなってしまった。
 こういうたぐいのものは、いっぱいある。
 電話というアイテムは、恋をうたうためには必須。昔はケータイはなくポケベルもない。ポケベルはプッシュホン文化だが、ダイヤルの時代は長かった。ダイヤル回して手を止めて恋に落ちる人。涙のリクエストをあの娘に伝えたくてダイヤルをまわす。その手段は「コイン」。公衆電話すらもう見かけない。テレホンカードではなくコインだ。やしきたかじんは「もしもし…10円玉はまだありますか」と歌った。みどりの電話さえ探さなければいけないこのご時世、赤電話の恋などいまの若者には理解できまい(暴論)。
 そういううたの媒体も、またかわった。
 前述のグレープの時代は、まだレコードだった。出世作「精霊流し」では、いっしょにあなたの愛したレコードも流す。このレコードの時代が終わるとは思わなかったなあ。今はCDですらなくて主体は「配信」である。いつ頃からレコードが廃れたのだったっけ。スピッツが「思い出のレコードと大げさなエピソードを…」とうたったのは、もう平成もずいぶん過ぎていたはずだから、結構命脈を保ってたんだろうか。
 「レコード大賞」もまだ存在しているらしく、言葉が失われたわけではない。そして、ディスコではなく「クラブ」においてDJはまだターンテーブルの前でレコードをキュキュっと鳴らす(と聞く。見たことないけど^^;)。だから、まだ生きているとは言えるけれども、「A面で恋をして」なんて聞いて、今の子供達は瞬時にレコードを連想してくれるのかなー。
 こういうのは、風俗である。設定が古びてしまうのは避けようがないのかもしれない。「ポケベルが鳴らなくて」や「夜霧のハウスマヌカン」なんてのは特殊例とも言えるのであって、たいていはその風俗描写も「少し時代を感じさせる」程度に留まっている。それに、レコードも公衆電話もなくなったわけでもない。ダイヤル電話さえ、僕の実家でまだ老いた両親が使っている。カセットテープも我が家ではカーステで使用している。擦り切れたカセットはユーミンの「リフレインが叫んでる」とともに現役である。
 歌詞で困るのは、時事を扱った場合だろう。

 「ミセス・ロビンソン」のジョー・ディマジオ、また「朝刊」の高田繁氏のように、固有名詞などは時代が完全に特定されてしまうために、後々困ってしまう。このうたは新婚夫婦の話でありそこが微笑ましいのだが、この「巨人が負けたって」ってことでこの年が昭和50年(1975)と特定されてしまい、ああこの夫婦はもうじき結婚して40年になるじゃないか、もうダンナは定年で孫がいて、カラスミのおとうさんはまだご健在だろうか…なんて話になってしまう。どうも調子が狂うのである。うたの登場人物は、すべてサザエさん方式に年をとらないほうが感情移入できるのではないだろうか。
 このうたはグレープ時代のものであるために、さだまさしのライブではさほど登場頻度が高くないのかもしれないが、それでもいっときまっさんは「ねぇまたマリナーズが負けたってさって イチローの背番号も知らないくせに」と歌詞を変更したと聞く。無理があったと思っているのだろう。
 このうたの場合は、背番号8の高田が脇役的に登場してくるだけだから、まだいい。ピンクレディーの「サウスポー」には「背番号1のスゴいヤツ」が主役として登場してくる。今の子供達には説明しないとわかってもらえないし、説明したとしても「世界のホームラン王」についての実感がないため、イメージがわかないだろうなと想像する。王貞治という名前こそ明言されていないものの、阿久悠さんもやはり、うたは消耗品だと考えていたのだろうか。

 しかしながら、これには違う見方もあるだろう。うたとはそういうものだったのではないか、ということである。ことに、フォークソングは。
 川上音二郎のオッペケペー節にまでさかのぼるのは行き過ぎだけれども、うたというものは芸術、また娯楽のみならず「風刺」をも時としてはらんできた。フォークはそうした流れから、最初の隆盛がうまれた。反戦フォーク。平和を我らの手に。そうしたうたは「プロテスト・ソング(社会抗議歌)」と呼ばれた。こうしたうたは「風に吹かれて」他、枚挙にいとまがない。自衛隊に入ろう。教訓Ⅰ。反戦だけではない。この東日本大震災と福島の事故によって、ふたたび忌野清志郎の「原発いらねぇ」をテーマにしたかつての歌が脚光を浴びてきている。清志郎さんはもういないけれども、新たな原子力反対のうたは生まれてきているようだ。こういうものは、「トピカル・ソング(時事歌)」ともいう。
 時事をテーマに風刺をこめてうたう歌。これは、消耗されることを覚悟でうたっていると言っていいだろう。時事歌の代表として、僕はやはり高田渡の「三億円強奪事件の唄(ニコニコ)」を挙げたいと思うが、他にも様々なものがある。岡林信康に名曲が多い。
 時事歌の定義というものを僕はよく知らないので、どこまで含めていいのかはわからないのだけれど。僕個人としては風刺を含んでいて欲しいが、例えば山本正之の「燃えよドラゴンズ」なども時事歌になるのだろうか。「さらばハイセーコー」とか。いずれも、その時代を切り取って、その時代だけに生きるうたとして、潔いといえばいさぎよい。時代が過ぎれば、史料的価値は高くても共感をよぶのは難しくなる。
 だが、そうした時事を含んだうたも、名曲であれば必然的に生き残ってしまう。風刺ではないが「朝刊」「サウスポー」を例にしてもいい。そして、遠藤賢司の代表作と言ってもいい「カレーライス」も、名曲であるがゆえに時事を含みつつ、ここまで歌い継がれてきた。このうたには、読み込めば風刺もありまた毒もある。

  君も 猫も 僕も みんな好きだよね カレーライスが

 エンケンさんはもう今年(2012)、65歳になられたのだそうだ。異常に若いような気がする。亡くなられた高田渡氏とつい比べてしまうからかもしれないけど(あの人は老けすぎていたがエンケン氏より年下)。やっぱり突っ張ってらっしゃるからだろうか。岡林や拓郎と同級生ということか。
 この人は、やっぱりライブがすさまじいのだろうと思うなあ。世代が違う僕は実際に拝見したことはなくTVを通してくらいしか知らないが、まあ最初に見たときはビックリした。「夜汽車のブルース」だったと思うけれども、ギターのストローク奏法においては日本一だと思った。とにかく衝撃だった。ストロークって、こんなにすごいものなのか、と。もちろん、ストロークのみならずこの方はギターの超絶テクニックを誇っておられるわけで、坂崎幸之助を最初に見たときは「うわ、うめーなー!」であったが、遠藤賢司にはひたすら驚愕の「スゲーなー」だった。こういう感想を持ったミュージシャンは、他には長谷川きよしくらいか。
 遠藤賢司のうたは、そうして尖がった攻撃的なものが目立つようにも思うのだけれど、おそらく最も人々に知られているうたが、この一聴して静かにも感じられる「カレーライス」であるというのもまた不思議な思いがする。それだけ名曲であるということだろう。

  君はトントン じゃがいもにんじんを切って 涙を浮かべてたまねぎを切って
  バカだな バカだな ついでに自分の手も切って 僕は座ってギターを弾いてるよ

 なんとも平和なうたである。むしろ、極めて平和に、静かに日常をうたっている。そのことが後に効果を生むのだが、問題の部分は後半に出てくる。

  うーん とってもいい匂いだね 僕は寝転んでテレビを見てるよ
  誰かがおなかを切っちゃったって うーん とっても痛いだろうにねえ
  ははーぁはぁん カレーライス

 この「誰かがおなかを切っちゃった」というニュースがTVで流れて彼はそれを見たのだが、その感想をただ「痛いだろうにね」でとどめる。政治的なことは一切挟まず、あくまでTVの向こう側のこととして処理し、そしてこのニュースは平和な日常風景を乱すことなく、その後もカレーが甘いのが好きか辛いのが好きか、という話を繰り返す。関心の所在は、おなかを切った人よりも、カレーライス。
 つまり、このTVの向うのおなかを切った人を無視する(あるいは「痛いだろうにね」とある意味揶揄する)わけだが、この「おなかを切った」人とは、三島由紀夫のことである。つまり、1970年の楯の会事件における三島由紀夫の割腹自殺を指している。楯の会とは三島由紀夫が組織した団体であり、彼らは憲法改正を要求して、市ヶ谷の陸自総監室を占拠し、自衛隊決起を促す演説をおこない後に、三島は割腹して果てた。 
 遠藤賢司自身の思想がどこにあるのか、はともかくとして、このうたのなかではその三島事件を「とるにたらぬもの」的な扱いをしている。そんなことよりこの平和な日常とカレーライスのほうが大事。そういう扱いにすることにより、反戦、憲法改正反対を暗に訴えているとみることもできる。
 さて、この「カレーライス」といううたが世に出たときは、もう既に三島事件から一年が経過していた。だが、この事件の衝撃は相当に強く、「おなかを切った」と言えば皆、三島事件を想起したはずだ。そうでないと、うたが成立しなくなる。
 だが、この「ノーベル賞候補の作家が切腹して果てた」という三島事件は衝撃的かつ歴史的出来事であったとは思うが、時は残酷であり、残念ながら徐々に人々の記憶から薄れてゆく。「時事」である宿命をかぶり、当該部分は意味が通じなくなってゆく。
 「カレーライス」の歌詞には、もうひとつのバージョンがある。以下。

  そしたらどっかの誰かが パッとおなかを切っちゃったって
  ははーぁはぁん 痛いだろうにね

 三島事件を説明はしていないが、「どっかの」という言葉を加えることによりふくらみをもたせている。どっちにせよ三島事件を知らないとよくわからないことには違いないが、仮に知らなくてもなんとなしに意味が通るようになっている。
 しかし、少し長くなった。そのことは、少し残念ではある。日常において割腹事件がカレーライスより関心を呼ばない、というところにこのうたのキモをみている僕としては。
 ライブを中心に活動をされてらっしゃるはずなので、おそらくは他にも様々なバージョンがあるのではないか、と僕は推測している。
 僕が知っているので、こういうのがある。今から26、7年前だが、エンケンさんが「タモリ倶楽部」に出演してカレーライスを歌ったのをVTRに録った。それが、まだ手元にある。そこでは、こう歌っていた

  そしたらあの 保険をかけるのが趣味でペイズリーが趣味で 嘘泣き上手の疑惑の人がタイホされたってさ
  ははーぁはぁん カレーライス

 完全に破調だが、これは「ロス疑惑」で報道が過熱状態にあった三浦和義のことにおきかえられてうたわれている。三島事件から15年ほどが経ち、もう完全に風化してしまったことを踏まえての歌詞であろうと思われるが、これにはちょっとがっかりした。当時のワイドショーネタであり、風刺の精神が残念ながらこれでは消えてしまっている。
 もう三浦事件からもずいぶん経った。先だって彼がロスの留置場で亡くなったと報道されたときには記憶が甦った人も多かっただろうとは思うが、今ではまた完全に過去だろう。時事の宿命からはなかなか逃れられない。
 
 このうたを、今始めて耳にする人も多いだろう。いったいどのような感想をもたれるだろうか。ほんわかしたやわらかなやさしいうただと思うだろうか。若い人は、果たして時事歌だと気が付くだろうか。
 時間の波を超えて「カレーライス」は生き残った。もちろんうたの力によってここまで永らえてきたのだとは思うが、もうひとつ、エンケンさんが現役であってくださることも大きい。いつまでも尖っていてほしいなと思う。

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4 コメント

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>さくぞうさん (凛太郎)
2012-02-11 06:45:22
おひさしぶりですー。
ライブに行かれたとはうらやましい。僕はまだその機会に恵まれていなくて映像でのみ拝見しているのですが、生だとすごいでしょうね。
本文で「日本一のストロークではないのか」と書きましたが、無茶苦茶に掻きまわしているように一瞬みえるあのテクはなんでしょうかね。そしてあの激しさあってまた魂が伝わると申しますか…。
この記事は表題こそ遠藤賢司さんになっていますが、さほどエンケンさんについて語るでもなく「朝刊」でも「夜霧のハウスマヌカン」でも成り立つような話ですので、エンケンさんのファンにとっては誠に申し訳ない出来となっています。四の五の語るよりライブ行ったほうがいいですね(汗)。
Unknown (さくぞう)
2012-02-09 13:19:44
久々の投稿になります。
昨年秋に初めて「生エンケン」拝見しました。

すさまじかったです。
勿論?カレーライスも演ってくれました。
ただただ、ポカンと口を半開きにして呆然としている自分に気づく程に凄まじかったです。

超絶なテクニックで滅茶苦茶にギターを掻き鳴らしているようでも、ハーモニカにキーとは
ちゃんと合っている!
ステージを飛び降りて、客席のドまん前で演奏したりでした。
いやいや良かったです。
その時の目なんかは完全にいっちゃっている人の様に見えたのですが、楽屋ではとても
紳士的な方だそうです。

エンケン:生涯音楽家…
またライブが見たいです。
>よぴちさん (凛太郎)
2012-02-04 19:10:21
時事歌には「史料的価値」は間違いなくあるんですよね。どんなものにも。縄文式土器ですねー。でもそれだけに留まらない力を持ったうたというものがあって、それが例えば「朝刊」であり「カレーライス」であるわけですが、そうなるとその時事の部分が枷になってしまう可能性が出てきてしまう。いろいろ難しいとは思いますよ。
高田の背番号のことは、別に歌詞になくてもよかったとは思うのですが。特に風刺も感ぜられず(笑)。
エンケンさんはいまもなおパンクだそうで。すごいですねー。津軽の巨人である三上寛さんのことも、いつかは書けるかなぁ。長谷川きよしさんのことも。まだまだ歌い手は、いっぱいいらっしゃるなあ…。後姿とはシブいですね。さすが。
Unknown (よぴち)
2012-02-04 13:24:19
凜太郎さん

時代を風刺したものは、時代が変われば、「時勢にあわなくなる」のは当然ですよね。
でも、合わなくなるほど、その時代だけに特有なものを含んでいるということで、逆に価値が出てくる、ということもある気がします。
例えは極端で申し訳ないですが、まるで縄文式土器があの時代の文化を表す貴重なものであるように…。

エンケンさん、私も、最初の印象(というか、今も変わってませんが)は、「なんだ、この人!」ですね。キョーレツでした。
「パンク・フォーク」などと言うジャンルが存在するとしたら、この方と三上寛さんがその始祖ではないかと思うほど。

そして私も、長谷川きよしさんには衝撃を受けました。私の場合、出会いは「黒の舟歌」でも「別れのサンバ」でもなくて、「後姿」なんですけどね。なんだ、この曲の空気は、と思い、次にそのギターの上手さに衝撃を受け、次に、この方が盲目であることにさらに衝撃を受け…。

ちなみに私も、プロ野球にそんなに精通している方でもないですが、「朝刊」に出会ったころ、さすがに高田選手の背番号は知ってましたね(^_^;)

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