凛太郎の徒然草

別に思い出だけに生きているわけじゃないですが

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城を観に行く

2006年10月01日 | 旅のアングル
 あちこち旅をしていると、城郭を訪ねる機会が増える。たいていがその町のシンボルとしての役割を果たしているのでどうしても足を運ぶ。僕は歴史好きではあるがいわゆる「城マニア」ではなかった。しかし気がつけば、日本に現存する天守閣(もちろん復元も含めて)のほとんどを訪れたことがあることがわかった。
 これに気がついたのは、先日城を訪ね歩いて何十年という人と話す機会があったからである。それまではあまり意識をしていなかったのだが、どうもそういうことらしい。そうであるならば、もっと城の形態や時代区分、城主の変遷などをもっと勉強して系統立てて歩けばよかった。しかしもう遅い。

 そもそも僕が城めぐりにさほど興味を持たなかった理由は、復元したものにあまり関心を持てなかった、というのが一番だろう。僕は京都生まれであるので、城(天守閣)と言えばそれは伏見桃山城のことだった(二条城というのは城と言うより御殿であり庭園)。この伏見城は「キャッスルランド」という遊園地の中に聳えている(キャッスルランドは先日閉園)。つまり遊園地のアトラクションの一部であって、鉄筋コンクリート造りの「模擬天守閣」である。エレベーター付き。
 これはかつての「城跡」に作られたものでもない。本来の城郭部分は明治天皇陵となって立ち入り禁止であるし、石垣やその他も往時のものではない。新作である。歴史的遺物ではないのだ。復元であるとも言いにくいのではないか。ただ遊園地の目玉として作られただけ。
 こういうものを幼稚園のときに見てしまっているので、城に意味を見出せなかったというのが本当のところ。それから何年かして姫路城にも行ったけれども、この現在は世界遺産でもある往時のままの城郭も「伏見城と同じ」という感覚でしか見られなかった。城に興味を持つようになるのはもう少し後年、歴史が好きになった頃だろう。

 現在、天守閣が現存しているのは全国で12しかない。それは弘前城、松本城、丸岡城、犬山城、彦根城、姫路城、備中松山城、松江城、丸亀城、高知城、松山城、宇和島城である。これは惜しいことだ。明治を迎える頃は全国で200もの天守が残っていたという。しかし、明治維新の破却令によってかなりの城が取り壊された。この破却令は、明治政府神祇官による廃仏棄却と並んでの非常に残念な政策であった。ただ、天下の愚策である廃仏棄却と違って、この城郭破却はしょうがない一面もある。まだまだ身分を奪われた武士の反乱が予想された時期であり、城を残しては反乱の拠点となってしまうからだ。こうしてかなりの城が取り壊された。
 残った城郭も、第二次世界大戦の空襲などで炎上してしまったりして、結局今に残るのは12しかない、というわけだ。この残された城は国宝、重文となっている。
 しかし、取り壊されたり破損した城(跡)も、その全てが失われているわけではない。天守はなくとも、往時の建築が残されていたり、またそういうものは一切なくても堀や石垣はそのままである場合が多い。それまで壊すのは大変だから残されているというのが本当のところだろうが、それによって想像力でかつての姿を見ることが出来る。
 再建されているものも多い。観光の目玉になりうると言う事で戦後復興されたものが大半だが、結構昔の普請記録や古写真を元に復元されている。伏見城のようなアトラクション的建造物はあくまで例外であって、歴史的見地からちゃんと作られている場合が大半。なので一部を除いては訪れる価値がある。

 さて、城跡というものは結構あちこちに残っているものなのだ。僕の住むところから最も近いのは尼崎城だろう。ここは明治の破却令によってほぼ完全に取り壊されたと考えられていたが、最近工事の際に石垣の一部が見つかり、石碑だけでない城跡となった。もっともほとんど現状を留めてはいないのでかなりの想像力が必要となるが。本丸跡は現在小学校(最近まで城内小学校という校名だった)であり、尼崎城址公園という小さな公園もある。なかなかここに立って往時を偲ぶのは難しいことではあるのだが、摂津尼崎藩五万石の根拠地である。ここにはかつて青山忠成の息子である幸成が封じられ4代続いた。青山氏ゆかりの地であると知ったならば、近くにある洋服の青山までが由緒正しく思われてしまう(これは全然関係はない)。
 青山氏と言えば、前述の忠成は秀忠の養育係として知られ、江戸に広大な屋敷を持っていたことで知られる。その名前は地名となり、青山学院や青山墓地などに残る。青山氏と言えば兵庫県内では丹波篠山城が高名で、城内に青山神社がある。この青山と東京のおしゃれな一等地青山が遠く繋がっていると思うだけで歴史の面白みが湧く。篠山城跡は実に立派で石垣が素晴らしい。築城は藤堂高虎の縄張りである。加藤清正と並んで城造りの名人であった藤堂高虎が造っただけのことはある石垣である。

 話があっちこっちに飛んでしまう。
 城跡は、天守閣が復元されていたりするところはちゃんと史跡として遇されているが、多くはいろいろな目的に利用されている。江戸城の皇居がその最たるものだが、福井城のように県庁になっていたりするところもある。前述の尼崎城や大分の日出城のように学校として利用されている場合も多い(この日出城の下の海で獲れるカレイが「城下カレイ」である)。城址公園となっているところが最も多いだろうか。小諸城や津山城のように中に動物園があったりするところもあって面白い。
 「古城」という響きには独特の感慨が生まれる。古城と言って思い出されるのは前述の小諸城であったりするが、大分の岡城も捨てがたい。「荒城の月」のモデルとしても知られるが、とにかく物凄い石垣である。相当堅牢な城であったことをうかがわせる。この岡城を訪れたときは夕刻で、徐々に夕闇が迫る中、ぼんやりと月も浮かび歌の通りであったことを思い出す。寂寞感が胸に迫り、旅の悦びここに極まれリであった。
 城というものは江戸時代には大名の住居であったが、本来は戦争を目的に建造されたものである。なので生々しい爪痕を感じさせるところも多い。戊辰戦争の会津若松城や五稜郭、西南戦争の熊本城などはまだ歴史も浅くさまざまなものが漂っていてもおかしくない場所だが、きちんと整備されていてそれほど実感が湧かない。それよりも、長崎は島原の原城を訪れたときは何だか妙な緊張感が生じた。島原の乱の籠城戦として幾千の人々の流した血をそのままに廃城となった歴史がそうさせるのだろうが、ここでは戦争のリアル感が迫る。有体に言ってちょっと怖い。
 司馬遼太郎の「おお、大砲」と言う短編を読んで、奈良の高取城を訪れたことがある。高取藩が守るこの城に幕末、天誅組が攻め寄せた小説だが、山城であり標高は600m近い。僕はそのとき麓から登った(本当は途中まで車で行けるのだが、寄せ手の感覚を知りたかったのと、途中にある猿石を見たかったため)。秋も深い頃だったが、登るうちに汗が吹き出た。徐々に霧が深くなり、観光客とて全く居ないこの山道を歩くことに不安を感じ出したとき、霧の向こうから突然石垣が浮かび上がってきたときには感動した。感動したというより畏怖感さえ感じた。誰もいない。天空に僕一人である。こういう感覚を味わえるのは旅の悦びのひとつだろう。

 そんな感じで結果的にはずいぶんと城跡を歩いた。北は五稜郭から(いや、正式には四稜郭の方が北か。この城跡も何故か生々しい)、南は鹿児島城まで。南(西)は沖縄のグスクを入れてしまえばそっちの方が端にあるがとりあえず措く。鹿児島城は信玄が言う「人は城、人は石垣」の考えで築城されているのでどちらかと言えば屋敷のような感じである。しかしこの周辺は裏の城山も含め西南戦争の爪痕がしっかりと残っている。
 西は五島列島は福江島の石田城か。ここも高校になっているが立派な石垣と堀が残る。東はどこかな。よくわからない。
 こんな感じで歩いている。これからもちょくちょく城跡を覗きながら旅をしたい。

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2 コメント

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お城 (組長~!)
2006-10-02 07:34:07
私は大阪市内で育ったので、やはり一番身近なお城は大阪城です。(^^)



篠山城の石垣は、やっぱり立派なものだったんですね~!



今まで他のお城を見ても石垣には注目した事がなかったけど、なんか目を魅かれました。



大きな井戸にもびっくり!なんか出て来そうで怖かったです~!(^_^;)



今度のツーでは出石を通る予定なので、出石城も見て来たいと思います。(^^♪
>組長~!さん (凛太郎)
2006-10-02 22:39:30
この城の話は以前に8割方書いて寝かせておいたものなんですが、組長さんの記事を読んで思わず完成させてupしました。いい記事をありがとうございました♪

篠山城の石垣を見て、大きな石の間の小さな石に着目されたのはさすがです。城の石垣で最も大切なことは「水はけ」で、雨などが降ると城壁内部に水が溜まりますが、それをうまく抜く工夫が最も重要なのです。でないと水で膨らんで城壁が破壊されてしまう。その部分を見逃さないところが組長さんの観察眼だと思います。



出石城もいいですよ。また近くの和田山には竹田城という名城があって、これは正に「天空の城」で素晴らしいです。格好いい。

出石蕎麦も楽しみですね♪

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