ボイス・オブ・ヒロシマ

2002年に広島市の主催で行われた「広島・長崎講座」で、被爆の
実相を多角的にとらえることを学んだ受講生で結成したNGOで
す。命を慈しむ多くの市民と共に被爆、核、戦争、平和等を学
び、相互に発信し、活動することに取り組んでいます。    
     

今はどんな時代?私たちは何を?

2006-08-30 23:55:11 | 市民の願い
 一市民が今はどんな時代なのかを書いてみることにします。広島に原爆が落とされてから、核兵器の威嚇によって政策が決定される方向へと進んできたように思います。
個人の尊厳を重視した政策決定から、力や数に寄る自分たちに有利な政策決定へと推し進められてきたように思います。
広島、長崎に落とされた原爆を、それと同じものなのに「核兵器」と、違った言い方をするのはどうしてなのかと、最近考えます。
 広島に住む市民として、被爆者の願いがかなうように、何か出来ないかと講座に参加したり、学習していくうちに、今もヒバクシャが増え続けていることに気がつきました。核兵器製造のためにウランを採掘するわけですが、そこで働く人々が何も知らされずに被爆し、癌になったり、奇形児が生まれたのを見ています。また、核兵器を製造する過程で、放出される放射能の影響とおもわれる、癌に犯される人や、亡くなる人、苦しんでいる人がいることを聞きます。
 核の平和利用といわれている原子力発電所で働く人々の中にも、ヒバクシャが出ています。原因は人為的ミス等によるものが多いのかもしれませんが、ヒバクする可能性がある場合は、他の方法を選択するのも一つの方法でしょう。
 ヒバクシャが増え続けているだけではありません。利益追求のために戦争が行われたり、他国を貧困に突き落としてでも利益を得る方を選択している国もあります。国内でも、貧困をさらにひどく、多くしていくことを選択しているのではと思うことがあります。
 個人は微力ですが、あきらめないで現状を見つめていくと、方法は見えてくると思っています。しかし、一つ、ニつを解決しても、多数の原因が絡みあって現状を作っていることも多いと考えています。協力し合って、時間をかけて対応していけば、自然や個人を尊重した方法が見つかると思っています。
現状の認識を深めることも求められています。認識を深め、協力し合って、若いこれからの人たちに、負の遺産ではなく、生きるたくましさと喜びを伝えていけるようになるといいと考えています。一人一人が、私が、何をするかにかかっています。