日本一“熱い街”熊谷の社長日記

組織論の立場から企業の“あるべき”と“やってはいけない”を考える企業アナリスト~大関暁夫の言いっぱなしダイアリー~

「羽田ハブ空港化反対」主張の不合理を説明する組織論的見解

2009-10-14 | ブックレビュー
前原国交相の羽田空港のハブ空港化発言で、昨日は森田健作千葉県知事が足で思い切り地面を踏みつけるジェスチャーを見せるほど怒りの態度を示しました。でもどうなんでしょうこの問題。

大臣の主張趣旨は、成田空港の使い勝手の悪さから今や韓国の仁川空港が東アジアのハブ空港として確固たる地位を築きつつあり、このままではアジアにおける国際空輸ルートの主導権は他国に奪われる運命で、将来にわたる国益の点から見て羽田のハブ空港化は重要な国家施策であると。昨日は知事の会見の他にも、成田市をはじめ千葉県の関係各市町の長が緊急会合を開き、大臣発言に猛烈な抗議姿勢を示したと聞きます。反対理由はズバリ「地域地盤沈下」。関係者は、「成田の空港化にどれだけの資金と血が流されたのか、それをムダにするな」という主張を声高に訴えかけてもいます。どちらの考えを優先すべきであるのでしょうか…?

ヒントを1冊の本に見つけました。最近文庫本化された「組織は合理的に失敗する/菊澤研宗(日経ビジネス人文庫762円)」がそれです。2000年に「組織の不条理」のタイトルで発行され、一部で評判を呼んだ組織論の名著です。戦時中の日本陸軍の戦略的あやまちを新制度派経済学の「取引コスト理論」「エージェンシー理論」「所有権理論」を使い、新しい解釈でその失敗の原因を解明するという野心的な著作です。この中のガダルカナル戦とインパール作戦の失敗はなぜ避けられなかったか、というくだりに今回の問題を考えるひとつの重要なヒントがあるように思いました。

著者は、本書の中で新制度派経済学の先の3つの理論によって、人間には完全合理的ではなく限定合理的であり、限定された情報獲得能力のために意図的に合理的にしか行動できない、そのことが不条理な現象を招き明らかな失敗へと導くという論理のもと、戦時中の日本軍の組織的失敗の数々を説明しているのです。特に、実行すれば明らかに失敗すると思われたガダルカナル戦やインパール作戦は、決断時点で止めることがその戦略における過去からのコスト負担を無駄にするという、ある一面において合理的な主張により正統化され結果として不合理な戦略選択に陥ったと説明。取引コストの節約原理を説明する「取引コスト理論」や本人と代理人の利害関係が異なることによる不条理な行動を説明する「エージェンシー理論」による適正化により回避が可能であったと説いているのです(このスペースで詳細な説明をするのは無理があるので、詳しくは本書ご参照願います)。

すなわち今回の件に引き直して言えば、「成田の空港化にどれだけの資金と血が流されたのか、それをムダにするな」という主張は合理的に思えるものの実は千葉の立場での限定合理的主張であり、取引コストの節約原理が働いていなかったり、千葉の権益と国益が異なることによる歪んだエージェンシー関係がそこには存在する訳です。従って「取引コスト理論」や「エージェンシー理論」的考え方により限定合理的なその主張を退け、羽田のハブ空港化を認める方向で進めることを検討すべきであるという結論になるように思うのです。余談ですが、過去50年間の投資を無駄にすべきではないと主張する八ッ場ダム建設中止反対派の意見にも、同様の限定合理性は指摘できると思われます。また、千葉県同様羽田ハブ化に対して関空のハブ化方針優先を主張する橋下大阪府知事は、自己の主張はしつつも羽田のハブ化の重要性は認めており、理論派の弁護士らしく森田知事に比べこの辺の理解力で勝っているように思われます。

本書の論理展開はひとつの学説にすぎないとも言えますが、森田知事をはじめ関係者の皆様にはぜひともお読みいただき、不条理のメカニズムがいかなるものであるのかを知り、自分たちの主義主張が国益との関係の中で本当に合理的であると言えるのかを、今一度自問自答し慎重な対応を検討してみてはいかがかと思います。なお、「組織は合理的に失敗する」は本件への説明だけでなく、多くの企業組織が陥りやすい不条理な行動を回避するヒントにもあふれています。戦時戦略への興味の有無はともかく、組織論、ガバナンス論に興味のある方にはぜひ一読をお勧めいたします。かなりおもしろく、ためになり、考えさせられる…、10点満点の内容です。私はこの本の中から、以前属した会社組織の“組織の意思”による合理的行動が生む数々の不条理の起因点を明確にすることができました。

★「組織は合理的に失敗する/菊澤研宗(日経ビジネス人文庫762円)」