(1)アブラゼミの不器用さを愛す
マンションのベランダで、裏返しに腹を見せているアブラゼミがいました。しばらく見ていましたが、動きそうにないので、つかまえようと手を伸ばしたところ、アブラゼミはあわてて羽をばたばたさせて飛び立ってしまいました。それはそれでいいのですが、何だ、それなら、初めから自力で飛んでいけばいいのに、ベランダの床は熱くてかなわないだろうに、と思いました。
セミは図体が大きくて羽が軽いので、体のバランスをとるのが難しいのか、飛ぶ範囲はごく狭く、また、飛ぶのに失敗して地面に裏返しで寝そべっていることがしょっちゅうあります。とくに、大柄なアブラゼミとミンミンゼミが不器用です。というよりも、アブラゼミが、その不器用さでは断然トップです。しかし、そのしぐさが愛らしくて同情を買います。
アブラゼミとほかのセミを比べてみると;
アブラゼミは、ニイニイゼミと並んで、くすんだ茶色をしていて地味です。透明な羽を持つミンミンゼミやツクツクボウシのような、華やかさはありません。
アブラゼミの鳴き声は、ただジージー鳴くだけで、ミンミンゼミやツクツクボウシのように、メロディーやリズムを伴う鳴き方ではありません。
このように、アブラゼミは、図体が大きいのに、装飾が地味で、鳴き声にも特徴がない。その上、飛ぶのが苦手で、まったく不器用さの典型を見ている気がします。
大相撲の「栃若時代」に、大内山という力士がいて、その不器用さを慈しんだ記憶がありますが、アブラゼミを見ていると、大内山を彷彿とさせます。
「それでいいのだ。アブラゼミ、がんばれ。」-アブラゼミへのメッセージです。 (2007/7)
(2)遠い記憶
小学生・中学生の時代に、いじめにあった方がおられるかもしれません。
「ほら、その木に止まって、セミになれ。」
「ミーン・ミンミンミーン。」
「おまえは小さいけえ、ツクツクボウシを演(や)ってみい。」
「オイシー・ツクツク、オイシー・ツクツク。」
「それでええ。」
何とも残酷ないじめです。しかし、ユーモラスなところもあります。
ここでも、アブラゼミの出番はありません。その鳴き声が、ただジージー鳴くだけで、あまり特徴がないので、真似する対象にもならないわけです。 (2007/7)
(3)初鳴き日
まだ8月初旬ですが、今年は、すべてのセミの初鳴きをすでに聞きました。
7月16日-ニイニイゼミ
7月19日-ミンミンゼミ
7月22日-アブラゼミ
はすでに報告しましたが、続けて、
8月1日-ツクツクボウシ
8月3日-ヒグラシ
が鳴きました。ツクツクボウシの初鳴きは、平年は8月10日-15日なので、今年はかなり早く鳴いたことになります。ヒグラシは昨年聞いた記憶がないほど、絶滅に近い状態でしたが、今年は、早くも、明け方4時と夕刻に別々の場所で鳴くのを聞きました。
さらに、驚くことに、本日(8月6日)朝8時に、聞きなれない鳴き声に遭遇しました。バスのクラクションがシュワン・シュワン・シュワンと鳴っているような音で、大音量です。これは「クマゼミ」ではないか?
関東ではクマゼミに馴染みがありません。
早速、インターネットで「クマゼミ」を検索し、「クマゼミの鳴き声」を聞いてみると、果たせるかな、私の今朝聞いた鳴き声そのものでした。何と、首都圏にまで、クマゼミが東漸していたのです。さらに、インターネットで「クマゼミの分布」を調べてみると、近年、クマゼミが首都圏の海岸部で観測されていると書いてあります。
インターネットでは、福島県でのクマゼミの観測例も報告されています。首都圏で鳴いても何の不思議もないわけです。
今年は暑さが厳しいので、どのセミの活動も活発なようですが、ただ一つ、アブラゼミに勢いがなくなっていることが気がかりです。ここ数年、その傾向が顕著です。 (2010/8)
(4)セミの博物誌
さて、セミは昆虫の中でも庶民的で、独特の存在感があります。貴婦人然とした蝶や貴公子然としたカブトムシとは一線を画しています。そのセミが人気者かというと、いささか疑わしい面があります。
蝶やカブトムシには熱烈な収集マニアがいますし、それぞれ立派な写真集があります。それに比べて、セミの収集マニアとは聞いたことがありませんし、セミの写真集も見たことがありません。
そもそも、セミに関する文献が乏しいのです。
研究書では、
加藤正世『蝉の研究』(昭和7年、三省堂)
が白眉ですが、戦前の出版で、今、手に入れることは難しい代物です。
一般読者を想定した解説書も極めて乏しいのが現状です。
私が推奨するのは、
中尾舜一『セミの自然誌』(1990年、中公新書)
ですが、この本も既に絶版です。訳あって、この本を古本屋で見かけるたびに買い求めるのですが、どの本も、1990年7月発行のものです。つまり、この本は増刷も再版もされずに埋もれているようです。
この本には、セミの鳴き声について70ページにわたって解説がありますが、セミの鳴く時間については、詳しい記述がありません。それをここで述べますと;
セミは昼間鳴くのは当然として、夜間でも鳴きます。(アブラゼミとミンミンゼミ)
特定の時間帯だけ鳴くセミもいます。
ヒグラシは、夜明けとたそがれ時だけ鳴くので知られています。
クマゼミは午前中だけ鳴くという説をどこかで見ましたが、先日午後3時にクマゼミが鳴くのを観測しました。(「クマゼミは午前中によく鳴く」くらいが正解でしょう。)
17年ゼミや13年ゼミの「周期ゼミ」に関する知識も中尾舜一氏の本から得ました。周期ゼミが大発生する原因は、天敵が少ないことだと中尾氏はいいます。周期ゼミと同じような生態をとる虫がいない、いたとしても、周期ゼミを取りつくすまでには至らない、ということだそうです。
この「周期ゼミ」については、
吉村 仁『17年と13年だけ大発生? 素数ゼミの秘密に迫る!』(2008年、サイエンス・ アイ新書)
というおどろおどろしいタイトルの本が刊行されているようです。まだ読んでいません。吉村氏は「周期ゼミ」を「素数ゼミ」と言い換えています。17年と13年という「素数年」ごとに大発生することに神秘さを認めているようです。
いずれにしても、セミに関する書物の異常な少なさが目に付きます。 (2010/9)
マンションのベランダで、裏返しに腹を見せているアブラゼミがいました。しばらく見ていましたが、動きそうにないので、つかまえようと手を伸ばしたところ、アブラゼミはあわてて羽をばたばたさせて飛び立ってしまいました。それはそれでいいのですが、何だ、それなら、初めから自力で飛んでいけばいいのに、ベランダの床は熱くてかなわないだろうに、と思いました。
セミは図体が大きくて羽が軽いので、体のバランスをとるのが難しいのか、飛ぶ範囲はごく狭く、また、飛ぶのに失敗して地面に裏返しで寝そべっていることがしょっちゅうあります。とくに、大柄なアブラゼミとミンミンゼミが不器用です。というよりも、アブラゼミが、その不器用さでは断然トップです。しかし、そのしぐさが愛らしくて同情を買います。
アブラゼミとほかのセミを比べてみると;
アブラゼミは、ニイニイゼミと並んで、くすんだ茶色をしていて地味です。透明な羽を持つミンミンゼミやツクツクボウシのような、華やかさはありません。
アブラゼミの鳴き声は、ただジージー鳴くだけで、ミンミンゼミやツクツクボウシのように、メロディーやリズムを伴う鳴き方ではありません。
このように、アブラゼミは、図体が大きいのに、装飾が地味で、鳴き声にも特徴がない。その上、飛ぶのが苦手で、まったく不器用さの典型を見ている気がします。
大相撲の「栃若時代」に、大内山という力士がいて、その不器用さを慈しんだ記憶がありますが、アブラゼミを見ていると、大内山を彷彿とさせます。
「それでいいのだ。アブラゼミ、がんばれ。」-アブラゼミへのメッセージです。 (2007/7)
(2)遠い記憶
小学生・中学生の時代に、いじめにあった方がおられるかもしれません。
「ほら、その木に止まって、セミになれ。」
「ミーン・ミンミンミーン。」
「おまえは小さいけえ、ツクツクボウシを演(や)ってみい。」
「オイシー・ツクツク、オイシー・ツクツク。」
「それでええ。」
何とも残酷ないじめです。しかし、ユーモラスなところもあります。
ここでも、アブラゼミの出番はありません。その鳴き声が、ただジージー鳴くだけで、あまり特徴がないので、真似する対象にもならないわけです。 (2007/7)
(3)初鳴き日
まだ8月初旬ですが、今年は、すべてのセミの初鳴きをすでに聞きました。
7月16日-ニイニイゼミ
7月19日-ミンミンゼミ
7月22日-アブラゼミ
はすでに報告しましたが、続けて、
8月1日-ツクツクボウシ
8月3日-ヒグラシ
が鳴きました。ツクツクボウシの初鳴きは、平年は8月10日-15日なので、今年はかなり早く鳴いたことになります。ヒグラシは昨年聞いた記憶がないほど、絶滅に近い状態でしたが、今年は、早くも、明け方4時と夕刻に別々の場所で鳴くのを聞きました。
さらに、驚くことに、本日(8月6日)朝8時に、聞きなれない鳴き声に遭遇しました。バスのクラクションがシュワン・シュワン・シュワンと鳴っているような音で、大音量です。これは「クマゼミ」ではないか?
関東ではクマゼミに馴染みがありません。
早速、インターネットで「クマゼミ」を検索し、「クマゼミの鳴き声」を聞いてみると、果たせるかな、私の今朝聞いた鳴き声そのものでした。何と、首都圏にまで、クマゼミが東漸していたのです。さらに、インターネットで「クマゼミの分布」を調べてみると、近年、クマゼミが首都圏の海岸部で観測されていると書いてあります。
インターネットでは、福島県でのクマゼミの観測例も報告されています。首都圏で鳴いても何の不思議もないわけです。
今年は暑さが厳しいので、どのセミの活動も活発なようですが、ただ一つ、アブラゼミに勢いがなくなっていることが気がかりです。ここ数年、その傾向が顕著です。 (2010/8)
(4)セミの博物誌
さて、セミは昆虫の中でも庶民的で、独特の存在感があります。貴婦人然とした蝶や貴公子然としたカブトムシとは一線を画しています。そのセミが人気者かというと、いささか疑わしい面があります。
蝶やカブトムシには熱烈な収集マニアがいますし、それぞれ立派な写真集があります。それに比べて、セミの収集マニアとは聞いたことがありませんし、セミの写真集も見たことがありません。
そもそも、セミに関する文献が乏しいのです。
研究書では、
加藤正世『蝉の研究』(昭和7年、三省堂)
が白眉ですが、戦前の出版で、今、手に入れることは難しい代物です。
一般読者を想定した解説書も極めて乏しいのが現状です。
私が推奨するのは、
中尾舜一『セミの自然誌』(1990年、中公新書)
ですが、この本も既に絶版です。訳あって、この本を古本屋で見かけるたびに買い求めるのですが、どの本も、1990年7月発行のものです。つまり、この本は増刷も再版もされずに埋もれているようです。
この本には、セミの鳴き声について70ページにわたって解説がありますが、セミの鳴く時間については、詳しい記述がありません。それをここで述べますと;
セミは昼間鳴くのは当然として、夜間でも鳴きます。(アブラゼミとミンミンゼミ)
特定の時間帯だけ鳴くセミもいます。
ヒグラシは、夜明けとたそがれ時だけ鳴くので知られています。
クマゼミは午前中だけ鳴くという説をどこかで見ましたが、先日午後3時にクマゼミが鳴くのを観測しました。(「クマゼミは午前中によく鳴く」くらいが正解でしょう。)
17年ゼミや13年ゼミの「周期ゼミ」に関する知識も中尾舜一氏の本から得ました。周期ゼミが大発生する原因は、天敵が少ないことだと中尾氏はいいます。周期ゼミと同じような生態をとる虫がいない、いたとしても、周期ゼミを取りつくすまでには至らない、ということだそうです。
この「周期ゼミ」については、
吉村 仁『17年と13年だけ大発生? 素数ゼミの秘密に迫る!』(2008年、サイエンス・ アイ新書)
というおどろおどろしいタイトルの本が刊行されているようです。まだ読んでいません。吉村氏は「周期ゼミ」を「素数ゼミ」と言い換えています。17年と13年という「素数年」ごとに大発生することに神秘さを認めているようです。
いずれにしても、セミに関する書物の異常な少なさが目に付きます。 (2010/9)