時々雑録

ペース落ちてます。ぼちぼちと更新するので、気が向いたらどうぞ。
いちおう、音声学のことが中心のはず。

日本祖語はけっこう新しい

2011年05月05日 | ことば
昨日、共同研究をしている心理学科のJohn Kruschke先生が、「これ、興味あるんじゃない」とNY Timesの記事へのリンクを送ってくれました。

http://www.nytimes.com/2011/05/04/science/04language.html

見てみると、おおお、これはえらい話。原論文も読んでみました。

Sean Lee and Toshikazu Hasegawa
Bayesian phylogenetic analysis supports an agricultural origin of Japonic languages
Proceedings of Royal Society, B. doi:10.1098/rspb.2011.0518

日本語族、つまり琉球語と本土日本語の共通祖語の「古さ」を、先日記事にしたDunn他の論文同様、分子生物学の生物種分化の系統樹を導く手法を使って推定した研究でした。目的は、日本祖語が、弥生人到来以前の先住民が持っていたものか、弥生人がもたらしたものか、という問題に対する証拠を得ること。結果、最初の分岐、つまり琉球語と本土日本語との分岐が2200年位前という推定を得たので、日本語は比較的最近、弥生時代に(農耕生活スタイルといっしょに)もたらされ、そこから分岐した、という仮説を支持するということです。

なんでこんなことが証拠になるんじゃ? ということですが、現存する言語の分化の樹形モデルを再構して、最初の分岐点が特定できたら、その大元は、ある小集団の、おおよそ均一な言語だとみなせる。これは、たとえばアフリカにいた人類のうち少人数の集団がどこかへ移住した場合と相似した状況でしょう。アフリカでは類縁の種族が多種いたんだけれども、外に出たのはそのうち一グループなので、いったん種族の多様性は失われて、そこから新たに人口を増やして分岐・拡散する。これと同じで、この日本祖語と類縁の言語はあったんだけど、そのうちの一集団の言語だけがこの時期以降、日本列島で分岐・拡散したと。こういうことが起こるからには、きっとその一集団は移住してきたんだろう、ちょうど、弥生時代の新集団の日本への移住と時期が一致するじゃないか、ということかと。

「更新世から縄文・弥生期にかけての日本人の変遷に関する総合的研究」研究班による最新のシナリオのリンクを下に貼り付けました。このページにある、日本列島への人の流入のルートの図の(7)は、研究班によれば「縄文時代の終わり頃、中国北東部から江南地域にかけて住んでいた人びとの一部が朝鮮半島経由で西日本に渡来し、先住の縄文時代人と一部混血しながら、広く日本列島に拡散した」という人たちで、Lee & Hasegawaの結果が正しければ、この、最も新しい移住者たちが持ってきたのが日本語の祖語、ということになるのでしょうか。

http://research.kahaku.go.jp/department/anth/s-hp/s14.html

この日本人の形成に関する最新のシナリオは、先住民とニューカマーとの混血説をとるわけですが、Lee & Hasegawa論文の結論の裏を返すと、日本語は先住民が持っていた言語ではなかった、ということになります。もし、日本語の基盤=先住民言語説が正しいなら、たとえば、琉球語とか、八丈方言なりとの分岐がかなり早く、最初の分岐点はたとえば1万年前とかになるはずだ、ということでしょう。

ちょっと詳細に入ると、この研究ではタイトルにあるとおり、ベイズ統計が用いられていて、MCMC法で、9000の系統樹サンプルを求めたらしいのですが、正確には、最初の分岐は、現代から4190~1239年前の範囲が推定として信頼性が高いとのことです(95% Highest Posterior Densityの区間)。代表値の2182年前は、推定値の分布が非対称なので、平均値じゃなくて中央値。もし実際の分岐が推定された区間のうち最も新しい方だったら、紀元770年くらい、奈良時代に分化が始まったということになります。

たいへん興味深い成果ですが、受け取る側に勇み足も出そうな気がします。NY Timesの記事でも、なんだか政治的な話に結び付けてるし。もしやと思って、朝鮮日報を見てみると、すぐ見つかりました。

http://www.chosunonline.com/news/20110506000003

上の研究班の記述どおり、(7)の人々の出自は中国というのが有力なわけだし、日本祖語を携えた人々が移住する前にいた地域にあったと思われる「日本語族」の他の言語は、その地がどこであるにせよ、そこでは他の言語に駆逐されてもう消滅している(だから姉妹語が見つからない)、というのがほぼ確実だろうと思うのですが、「東大教授「日本語のルーツは韓国語にあり」」とは、なんと強引な。。。
(追記、この論文の第一著者は院生のSean Leeさんで、実際の仕事も彼主導だったと推測しますが、朝鮮日報の記事は長谷川先生が筆頭。「東大教授のお墨付き!」というのが重要ということもあろうと思いますが、よろしくないと思います)

補助資料も読んでみて、いろいろ書きたいこともあるのですが、長くなったので次回に。

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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
祖語は、アフリカとインドネシア (木下崇)
2011-07-19 11:06:50
私は、世界祖語は、アフリカとインドネシアにあり、人類の移動と共にインドでぶつかり、ここから世界各種の言語が出来たと思います。

この事は、「東アジアの動力学 風詠社」に書いておきました。興味があったら読んでください。
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祖語は、アフリカとインドネシア (木下崇)
2011-07-19 11:07:44
私は、世界祖語は、アフリカとインドネシアにあり、人類の移動と共にインドでぶつかり、ここから世界各種の言語が出来たと思います。

この事は、「東アジアの動力学 風詠社」に書いておきました。興味があったら読んでください。
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日本語:=ヒッタイト語説 (ヒッタイトはヒトの訛り)
2016-01-03 01:21:00
卵神話のある韓国語新羅語は東アジア土着のツングース系?
衣装・髪形・裁判制度からして、
日本語・高句麗語は鉄器とともに西アジアからきた印欧語族・ヒッタイト系(ヒト族)。途中で様々な文化産業をを持つ民族を征服し(ミトコンドリアの多様性化)、農耕民化、モンゴロイド化してきたが。軍事民族の性格・基本的統治機構は第2次大戦までかわらなかった。朝鮮半島に比べ、国家・民族が滅びるほどの外圧や反乱がおきにくかったため、1民族化してしまった
例・
ヒッタイト語の「wata」は「わたのはら」、「わたつみ」などに痕跡をのこす、英語の「water]であり。
新潟:new潟 新田原:new田原などもそうかも。
産業が同じだから支配民族が同じというのは短絡すぎるし甘い。
記紀にあるとおり、雌雄を決するのは軍事力と異民族政策のうまさによる。




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日本神話の中の万里の長城 (鉄は国家なり)
2018-08-15 00:43:13
日本書記古事記をよめば、日本人の人種と民族のかい離は素直に理解できる。
アマツ神の一族が代々国つ神の娘と婚姻し神武天皇が生まれヒムカイより大和へせんとしたのだから。
また、瓊瓊杵尊の降臨説話には「荒れて痩せた不毛の国からずっと岡続きに良い国を求められ」とあるがそれがヒムカイの国内での記事となっている。つまりこれは西アジアより万里の長城の北側に沿って乾燥地帯をぬけ満州朝鮮までやってきたということで理解するのが合理的である。
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