ぶらぶら人生

心の呟き

工事完了

2013-10-17 | 身辺雑記
 エクステリアの工事が完了。
 工事責任者から、「終わりました」の声がかかり、外に出てみた。

 24号や26号台風の影響で、工事は思いのほか手間取ったけれど、やっと落ち着いた。
 以前のものより、やや重厚な感じだ。
 安心感もある。

          
                     玄関側のの門扉

            
                     裏庭の扉 

            
                     家横のフェンス


 左官のSさんが、アロエの苗をくださった。(写真 上)
 万病に効くから…、と。
 大きく育てたいが、うまくゆくかどうか。

 夕べの前庭に、ツワブキの花と水引草が重なり合って咲いていた。(写真 下) 

            

            
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大型台風26号の接近

2013-10-15 | 身辺雑記
 大型の台風、26号が接近している。
 大騒ぎした24号は、日本海を北上したのに、私の住むあたりでは、微風程度の風しか吹かなかった。
 今度は、太平洋岸を北上するのだという。
 それでも大型だから、要注意とのことだった。

 前回、裏切られた思いだったので、ゴミ箱など、家の中に入れる気にならなかった。
 瓶や埋め立てゴミの箱は重い。
 抱えるのが億劫だった。また無駄骨折りに終わるだろうと、安易に考えて。
 ただ、容器3個の蓋だけは取り込んでおいた。

 か弱い花々は、風に吹き散らされるかもしれないと心配し、カメラに収めておいた。 

           
                    今年最初のツワブキの花

  
                      美しく咲き続けるノボタン

  
             ホトトギス                     白山吹の実


 (追記 16日)

 大変なことになった。
 伊豆大島が、台風に伴う大雨で、大きな被害を受けている。
 三原山の土石流により、多くの家が丸ごと流され、多くの人命が奪われてしまった。
 火山灰の脆さに驚く。
 一瞬の出来事として、山の木々が根元からなぎ倒され、土石とともに流れ下ったのだから、そこに出現した世界は想像を絶するものであった。

 自然の猛威は、時に想像を超える。
 二年前の3・11の地震や津波といい、今回の惨事といい、人間の無力感を否応なく認めざるを得なくなる。
 深夜に襲った自然の暴力に、突如襲われた人々の不幸。
 それを運命と諦めるには惨めすぎる。
 一夜明けて、そこに広がる光景の悲惨さ。
 行方不明者も多い。
 テレビ画面で見る限り、人の命の無事を信じることは至難である。
 それだけに、悲しい。

 悲惨な光景を見ながら、大昔(昭和31年か32年)に、伊豆大島に旅したことを思い出した。
 上京中、同県人というつながりから、誘われるままに出かけた旅であった。
 7・8人での旅だった。
 東京(浜松の港?)を、夜、出航する大型客船に乗り、大海原の波に身を任せたことは覚えているのに、肝心な大島での思い出が希薄である。
 カメラはまだ普及していなかったので、写真もない。
 一緒に旅した同県人の一人とは、それを機に年賀状友達になっていたが、一度も会うことなく、十数年前に他界、そのままご縁が切れてしまった。
 伊豆大島の悲劇に遭遇し、記憶の曖昧さを実感もした。


 当地も、昨夕来強風が吹き荒れた。
 さすがに大型台風の仕業は、並はずれている。
 私は、少々軽く見すぎた。
 そのお返しが、倍返しとなった。
 ゴミ箱のうち、空き缶を入れていた箱が吹き飛ばされたのだ。
 箱は、ホトトギスの花のそばに転がっていた。
 中身の缶は、あちらこちらに散乱していた。溝の中にも、たくさん落ちている。
 よほど慎重に拾わないと、怪我をしかねない。
 片付けは、明日に延ばす。
 花の傷みは、予想通りだった。
 木々の葉も、吹き払われていた。
 特に、ロウバイやシデコブシの葉は、一気に三分の二以上なくなった。
 秋海棠も、茎だけになっている。

 もう一つの異変は、急に冷え込みが厳しくなったことだ。
 電気炬燵を出さなくてはと、寒さ対策を先にした。   
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野の秋

2013-10-10 | 身辺雑記
 台風が去って、今日は、<O邸 エクステリア工事>が再開されるものと思っていた。
 が、業者から電話連絡があり、仕事は明日と来週に延ばすとのことだった。

     
     (上記、太字の表現は、塀工事の見積表に書いてあったもの。
      私には耳慣れない言葉であったが、業界では、常識的な表現なのであろう。
      <インテリア>は、なじみのある外来語である。
      <エクステリア>は、その対義語。
      塀が壊れたことで、思いがけず、外来語の勉強をしたり…)

 今日は工事がないということなので、国道9号線の脇に咲く、<思い草>を訪ねてみた。
 が、花のあるべきところには、羊歯や茅が茂っていて、地面を覗くことができなかった。
 結局、野に咲く、他の花々を眺めて帰った。
 野には、<野の秋>がある。
 下の写真の中には、名前を知らない花もある。気の向いた時、植物図鑑を調べてみよう。


         
              コスモスと、風船カズラの花と果実

   

   

   

   
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嵐の前後

2013-10-08 | 身辺雑記
 台風24号は当地を去り、日本海を北上中である。
 過去、このコースをたどった10月の台風は、大きな被害をもたらしたという。
 その経験を生かすべく、対策は万全だった。
 昨日の昼前には、幼・小・中学校の、今日の休校が決まり、市からの通達があった。

 私も促されるように、いつもより早めに、強風で飛びそうなものを片付けておいた。
 先月の16号台風で、塀を壊されたことはすでに書いた。
 その折は、事前にそれほど騒がれなかったし、警戒心も抱かなかった。
 塀の破損は、警戒心や備えで、防げることではなかったけれど。

 
 一昨日、新たな塀の工事が始まった途端に、24号台風の襲来が報じられた。
 強風や豪雨を警戒し、昨日も今日も、工事は中止。
 備え万端!
 こういうときに限って、予想のはずれることが多い。

 昨朝は、<嵐の前の静け>であった。
 台風の気配はまるでなかった。
 庭に出てみると、ムラサキゴテンの花が三つそろって咲いていた。

            

 ムラサキシキブ・シロシキブは、ともに今が美の極致! (と言えばオーバーか?)

   

 ツワブキが茎を伸ばし、蕾を準備している一方、ノボタンの花は、花びらを地面に散らしている。
 小さな庭にも、季節の移ろいがある。

   


 昨夜は、24号の接近を案じながら、いつもの就寝時間より少し早く、11時にベッドに横たわった。
 16号の時のように、激しく<風が走る>気配などは、全くなかった。
 暴風警報が解除されたわけでもないのに。
 冬になれば日常化する木枯しの音よりも、もっとやさしい風の音であった。
 雨音も、静かだった。

 深夜、携帯の着信音で目覚めた。
 2時過ぎであった。
 波浪警報の発令を伝えるものであった。

 静かな雨と、おとなしい風が吹いただけで、台風はますます遠ざかりつつある。
 (むしろ県の東部に、停電などの被害があったようだ。)

 10時前、浄化槽点検の担当者が来られた。
 「何事もなくて、よかったですね」
 と話すと、
 「木の倒れたところもあったし、O湾は今も、大荒れですよ」
 と、私の知らぬ情景を語ってくださった。
 <波浪警報>解除の知らせが届いたのは、その後であった。
 が、大海のうねりは、そう簡単には収まらないだろう。
 災害の被害は、常に公平ではないのだ。

 「家のゆず畑は無事でした。昨日、時間をかけて備えをしたのですが…」
 とも、話された。
 無駄骨に終わったのは、めでたいことだ。

 昨夜は、安眠を妨げられたらしく、今日は、元気がでない。
 ひと時、ベッドで過ごす。
 そろそろゴミ箱や物干し竿など、元に戻してもいいのだが、急ぐこともないと放置したまま…。 
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10月の庭 (「森原明良のミニとミミ額」 展)

2013-10-08 | 草花舎の四季
 一昨日(6日)、草花舎へ行った。
  「森原明良のミニとミミ額」展を見に。

 額は、森原明良さんの作品。概して、小さな額。
 その中に納まっているのは、額作りをなさっている森原明良さんのお母さま・多恵子さんの絵である。

 額にも絵にも、全く気どりがない。
 眠っていた材が、額作りに生かされ、中に収められた絵は、高齢のお母さまの手遊(てすさ)びとして描かれたものだ。
 使われなくなった家具の一部や木材の捨てられかねない耳の部分などが、それぞれの特性を生かして、額が出来上がっている。
 画材は、誰にもなじみのある身近なものばかり。草花や野菜や懐かしい木の実など。
 超小型の額の場合、顕微鏡をのぞくように、額の奥底に目を凝らすと、小人のような花や椎の実などが潜んでいるのだ。
 独創的な発想が面白い。

 その作品の一部を並べてみた。

    

    

 下の二作品は、私が求めて帰ったもの。
 ネックレスは、そのまま首にかけて帰り、枝垂桜の額は、トイレの柱にかけた。

    

 草花舎の花瓶に活けてあった、秋の花々。

     

    

 茹で栗と十両饅頭を、Yさんからいただいた。
 栗は初物である。
 秋の味覚として、無花果、柿、栗は、みなおいしい。
 無花果と柿は、すでにスーパーで、二三度求めて賞味した。
 が、栗こそは初物であった。
 夜、おいしくいただく。十両饅頭の、もちもちした味わいも、なかなか良かった。
 右側の写真は、草花舎で、今日いただいたコーヒーとケーキ。

    

 朝の雲と、草花舎の帰りに見た雲。
 秋の雲である。

    

    
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思い草とフジバカマ

2013-10-07 | 身辺雑記
 台風24号が接近中である。
 そのせいもあるのか、真夏なみに暑い。

 今日は、職人二人が来宅、18号台風で壊れた塀の作り替え作業を始めてくださった。
 時折、外に出て相談にのったり、仕事を眺めたりした。

 老齢の職人の顔には、見覚えがあるような気がした。
 話しているうちに、私の同級生の弟だとわかる。
 その同級生は、4年前に逝去、今は亡き人であるが、豪快で威勢がよかった。
 弟の方は、それに比べれば、おとなしい感じだ。
 すでに本来の左官業を離れ、頼まれれば仕事の手伝いをしておられる様子である。
 仕事ぶりをちょっと見ただけだが、腕がいい。
 暇なときには、花を育てたり、寄せ植えをしたりして、悠悠自適の日々らしい。

 「花はええ。なんにも文句、言わんけえね」
 と、石見弁で話される。
 同感である。
 花を見ていて、気分を悪くすることはない。
 花は無言である。
 しかし、その囁きは、いつもやさしい。

 待ち人来たらず!
 と寂しく思っていたところ、紫色を目立たせて、挨拶をする花があった。
 思い草(ナンバンギセル)である。

       

 夏が猛暑続きだったため、秋海棠と思い草は、姿を見せてくれないのだと思っていた。
 それだけに、紫色の俯く姿に気付いたとき、格別嬉しかった。
 高齢の左官さんにも、
 「咲きましたよ。思い草」
 と、紹介した。
 フジバカマは、先日来、咲き続けている。
 「こんなんを寄せ植えするといい」
 と、フジバカマを指さして言われた。
 が、私は、自然のなかで、在るがままに咲く姿を眺める方が好きだ。

       

        
            × × × × × × × × × × × × × × 


 昨夜、NHKの日曜美術館で、石田徹也の絵画を見た。
 初めてではないのだが、またまた魂を揺さぶられる思いだった。

 特に添付した絵の、高齢者社会の悲劇を風刺したかと思われる作品に、強く引き込まれた。
 ポンコツ車に横たわる老人は、私の姿でもある、と。
 石田徹也(1973~2005)は、夭折の画家であり、風刺画に登場する男性の大方は、丸顔の、ほぼ自画像らしい人である。
 しかし、この絵に描かれた人物は、それとは違う。
 モデルがあるのかないのか。
 画面の中で、若い看護婦は、傍観者のようにたたずむだけである。
 高齢化社会の悲しさや歪(ひずみ)が垣間見える。

       
             (テレビの画面から)

 今朝、目覚めの直前に、奇妙な夢を見た。
 登場する人は、不思議と鬼籍の人たちであった。
 老女が忽然とと立ち上がり、中国語で演説をしたあと、ぱたりと絶命した。
 なぜ中国語なのだろう? と思った。
 昨夜、NHKテレビで、<空前の農民大移動>と題したスッペシャル番組を見た。
 農地や家を奪われ、巨大マンションに移住させられる中国(重慶であったか)の農村と農民の現実を取りあげたものだった。
 新しい中国のあり方を模索するなかで、その犠牲となる農民の憤りが活写されていた。
 自らが選んだ道を地道に生きられない世の中、それは中国だけの問題でもなさそうだ。

 夢は、夜見たテレビとも、関わりがあったのだろう。
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秋の香り

2013-10-04 | 身辺雑記
             金木犀が、香り始めた。
             秋、ひと時の香り。

           

             ホトトギスも咲き始め、ここにも秋。

           

             油断している間に、<かたし>は弾けていた。
             観察を怠り残念無念!

       
                外側                      中側
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眼科と辛夷

2013-10-03 | 身辺雑記
 読書の意欲があっても、活字が小さいと、非常に読みにくく、そのうえ、身も心も疲れる。
 背や首の不快(だるさ)の遠因も、目にあるのでは?と、先日来考えるようになった。

 前回、S眼科で受診したのは、辛夷の花の咲く季節であった。
 花を見て、こんなところに辛夷の木が…と、嬉しくなったのを覚えている。

 平成16年以来、S眼下のお世話になっている。
 半年に一度は受診するよう勧められているにもかかわらず、とかく日延べしがちであった。

 白内障を指摘されたのは、もう30年も前のことである。
 徐々に、進行はしているのだろうけれど、日常生活に不自由はない。
 活字に無縁な暮らしをしていれば、進行に気付きもしないだろう。

 3月に受診したころから、活字の読みにくさを、特に強く感じるようになった。
 また、遠近両用のつもりで、老眼鏡をかけて外出しても違和感がなかったり、老眼鏡をかけてテレビを見ても平気であったり、老眼鏡との付き合い方がおかしくなってきた。
 目に合っていないのかもしれないと思っていた。
 白内障が、どう影響しているのかも、気がかりだった。
 我ながら、自分の目の状況を、どう理解したらいいのかわからなかった。
 そこで、3月の受診の折、手術はいつしたらいいのかを、先生に尋ねた。
 すると、
 「決めるのはあなたですから…」
 と、おっしゃった。
 正直、困惑した。
 患者は何を基準に判断すればいいのか。
 父は晩年、眼科にかかりながらも、手術の時機を逸した。
 私は、そんなふうにはなりたくなかった。

 半年以上経った今も、日常生活では、急に悪くなったという感じはない。
 ただ体調は良くないし、近年、活字を読むには、明るい昼間か電気スタンドの真下か、とにかく明るさが必要だ。
 それは白内障の進行によるものなのか、単に老いのせいなのか、よくわからない。

 とにかく、老眼鏡の度を確かめてもらい、場合によっては眼鏡を作り直そうと思い立ち、昨日、S眼科へ行った。
 視力検査で、眼鏡を作り直せば、今より活字の読みやすくなることが分かった。

 そのあと、診察室で、先生の検診を受けた。
 「かなり白内障が進行しているし、手術しますか」
 と、おっしゃった。
 思いがけない提案である。
 
 可能な限り、本やPCと繋がって生きてゆきたい。
 手術して、よく見えるようになるのであれば、手術してもらいたい。
 私自身では決めかねることなので、先生の勧めに応じることにした。
 
 かくして、あっさりと手術することが決まった。
 と言っても、待機患者がかなりあるようで、年が明けてからの手術である。
 <来年の事を言えば鬼が笑う>の、来年の話。
 一瞬、命があるかな? と思ったが、今から4か月先のことである。
 なんとかその日を迎えて、術後の風景がどう変わるか、確かめてみたいものだ。

 「眼鏡はどうされますか」
 と、尋ねられた。
 「作り直した眼鏡が、手術後使えるかどうか? もう少し様子みます?」
 とおっしゃる。
 結局、今作りかえるのは、見合わせることにした。
 いきなり手術の話になったのは、白内障の進行が、意外に早かったということなのだろうか。
 詳しいことはわからない。


 病院を出た時、患者を下したタクシーが止まっていた。
 それを利用しようかと思ったが、スーパーまでは歩くことにした。

 歩いてよかった。
 途中、辛夷の高い梢の葉陰に、赤い辛夷の実を見つけることができたのだった。
 初めて見る実であった。
 これから殻が割れ、白い糸を垂らすのだろうか。
 日ごと眺められなくて残念だ。

 帰途、川沿いの道には、曼珠沙華が咲き残り、群生するコスモスもあった。
 橋の上に立つと、はるか下の川面に、二羽の鴨と鯉の群れを眺めることもできた。
 歩くと、いい風景にも出会える。

 家を出るときは、鰯雲の広がる秋空(下の写真)であったが、土手を歩く昼前には、かなりあやしげな雲に変わっていた。 


              

         

         

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10月の庭 (オキザリスなど)

2013-10-02 | 草花舎の四季
 昨日、郵便局からの帰り、草花舎に立ち寄った。
 コーヒーとケーキをいただき、ひと時をくつろぐ。

 オキザリスの花が中庭に咲き、カウンターの花瓶にも挿してあった。
 可憐でやさしい花だ。
 このところ、疲れ切っている心身を快く包んでくれる。
 その他の花瓶にも、コスモスなど、初秋の花が活けてあった。
 さりげなく、秋を囁くように。

 座った席の上には、鬼火(ほおずき)のオブジェが揺れている。
 以前からあった鬼火に、今年の新しいものが加えられて。
 
 幼い日の思い出につながるものは、無条件になつかしい。
 鬼火も、その一つ。
 鬼火がスーパーなどの店頭に並ぶのは、お盆前のひと時である。
 私も、今年の鬼木を入手したかったけれど、求めそこなった。

 「形が悪い…」 
 と、オブジェを見上げ、Yさんは、少々不満そうだった。
 確かに膨らみが乏しく、いくらか歪(いびつ)である。
 それでも、鬼火は素朴で美しい。

 庭に出て、ハナミズキを見上げると、高い梢のあちこちで、紅玉色の実が自在に遊んでいる。
 空の青を背景に。
 うつむいて歩いていると、落花一つに気付いた。
 窓辺から屋根に向かって咲いていた、ノウゼンカズラの最後の花だ。
 蔓に残る花はもうない。
 ノウゼンカズラの見納めである。

 昨夕は、<平成25年度住宅・土地統計調査>の係りの方が、調査票を取りに来られることになっていた。
 草花舎で、ゆっくりおしゃべりを楽しんでいるわけにゆかない。
 いつもより早めに帰途についた。

 一部の人を抽出して、<住宅・土地調査>は行われるらしい。
 いい籤は、全く当たらないが、記入表をみただけでうんざりするような(これも年のゆえ?)抽選には、不運にも当たってしまう。
 億劫に思いながらも、調査に協力でき、担当者に手渡すことができた。

 25℃の暑さだったが、もう蝉の声はなく、夕暮れには間のある時刻なのに、野辺には、虫の声が満ちていた。
 チンチロリン(松虫)の声が増えている。
 聴覚的にも、秋である。 


              

                

                

                

                    

                

                
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10月1日 郵便局の秋

2013-10-01 | 身辺雑記
 今日初めて、<ウインドウズ 8>で、ブログを投稿する。
 午前中、ソコロシステムズのTさんが来宅、写真の取り込み方を教えてくださった。
 が、画像を縮小して添付するやり方までは教わらなかったので、今までのやり方を応用、四苦八苦しながら、なんとか投稿できる運びに至った。
 PCの機種が違えば、こんなにも難しいものかと半ば厭きれながら、一方、達成感も味わっているところだ。

 午後、郵便局に出かけ、<秋>を見つけた。
 局前の ほうき草は色づき、室内には、手作りの柿が飾ってあった。
 故郷の柿を友人知己に送ってあげてとの宣伝を兼ねたものであろう。

       

       

           

         
             


 今日から10月。
 下の写真は、今朝、見上げた空と、崖に咲いていたフジバカマ

 (帰途、草花舎へも立ち寄ったが、それについては、日を改めて書くことにする。今はへとへと。)

       

         
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