ぶらぶら人生

心の呟き

極上の暁更

2018-11-05 | 身辺雑記
 未来永劫に続く朝の光景であるが、<2018・11・5>の朝は、今日しかない。
 6時に起床し、カーテンを開けると、山並みの上に広がる空は、季節こそ異なるけれど、清少納言の<山際少しあかりて>の情景であった。しかし、一片の雲もない。
 秒を刻むようにうつろいゆく朝空の色を見ているだけで、心が洗われるようだ。
 山の端の遠からぬ位置に明けの明星が淡く輝き、中空には下弦の月が白く浮かんでいる。

     
            6時5分
(お星さまはカメラに収められなかった。お月さまは白い点となっている。)

     
            6時41分

     
            6時48分

     
            6時49分

 4階で、同じ方向に窓のある部屋は9室。そのうち一室は、最近退去されたので、今朝の暁光(僥倖)に浴することのできるのは8人である。
 果たして、幾人の方が、この光景に心打たれつつ、窓辺に佇まれたのであろう?
 2室ごとに、コンクリートの壁があり、私の部屋のベランダから、気配がわかるのはSさんだけである。その左手の部屋はまだ厚いカーテンで閉ざされていた。
 365日のうち、幾日あるかわからないほど、稀有な朝であった。
 静謐で、厳かささえ感じられる朝のひと時の光景であった。

 朝食膳を配膳車に返すとき、偶然三人の女性に会った。
 昭和6、7、8年の1月生まれ。
 見事な朝であった、という話になる。
 南向きのTさんの部屋からは、同じ景色は見えないはずである。それはそれで、美しい朝であっただろう。

 隣室のOさんが、きれいな朝でしたね、と言いつつ、指で眉型の月を描かれた。
 私は、指で船型を描き、三人で笑う。
 眉型(平仮名<う>の字型)は上弦の月、今は下弦(平仮名の<し>の字型)のお月さまである。
 高校の地学の時間、先生の説明に妙に納得した、馬鹿の一つ覚えの知識である。
(このブログに、月のことはよく書くので、馬鹿の一つ覚えの話も、幾度か書いた。)
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