ぶらぶら人生

心の呟き

NHK交響楽団演奏会

2006-08-27 | 身辺雑記

 「グラントワオープン1周年記念事業として、いわみ芸術劇場大ホールで、NHK交響楽団演奏会」が行われた。

 曲目  モーツアルト    フィガロの結婚序曲
      ラフマニノフ    ピアノ協奏曲第2番ハ短調      
      チャイコフスキー 交響曲第5番ホ短調
 指 揮 アンソニー・ブラマル
 ピアノ  ミハイル・ペトコフ


 夕方五時から七時過ぎまで、N響の生演奏を堪能した。
 なじみの曲3曲が、途中に一度の休憩を挟んで演奏された。
 テレビの演奏を聴いたり、CDで聴いたりするのと違って、時には、それぞれの楽器から流れる個々の音色を楽しんだり、総合的な音の塊に圧倒されたり、楽しいひとときだった。
 「グラントワ」ができたお蔭で、音楽や絵画を楽しめる機会が多くなった。とてもありがたい。

 今日、チャイコフスキーの交響曲5番の演奏を聴いたところで、久しく聞くことのなかったチャイコフスキーを聴いてみたくなった。
 まずは、若い日を思い出しながら、交響曲6番をCDで聴いた。
 私が働き始めたころ、「白鳥」という音楽喫茶があった。勤めの帰り、その「白鳥」に、よく立ち寄った。コーヒーが好きだったし、音楽を聴ける楽しみもあったので。
 「今日は何にいたしましょう?」と尋ねられると、決まったように、「今日も《悲愴》を……」と、リクエストしたものだった。
 大抵、客は私一人だった。まだ喫茶店に憩う人の少なかった時代である。
 ぬれた傘の落とす水滴が、小さな濡れ色を広げる様を眺めながら、やはり《悲愴》を聴いていたことがある。
 あの日の傷心は、なんだったのだろう? 
 若き日は、年を重ねた今より、ずっと心が傷つきやすかったように思う。
 あのころ、チャイコフスキーの、何に惹かれていたのかよくは思い出せない。
 今も、この曲のすばらしさをどう表現すればいいか分からないが、やはり心に染みて、私の目は潤みがちとなる。
 チャイコフスキーは、この曲が初演された五日後の、1893年11月6日に、53歳の生涯を閉じたという。

 ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、最近就寝前に毎晩聞いていた曲である。勿論ボリュームを下げて。そのまま眠りに落ちてもいいつもりで。
 この曲は旋律が美しい。ラフマニノフの才能のままに、難なく産み落とされた作品かと思っていたが、そうではなかった。その前の作品、交響曲第1番、ピアノ協奏曲第1番は、ともに不評で、強度のノイローゼに陥っていた数年があったのだそうだ。
 この曲は、1901年、ラフマニノフ28歳の時の作品で、この曲によって、作曲の自信を取り戻したのだという。名声はたやすく得られるものではないということだろう。
 ラフマニノフの没年は1943年。

 私の持っているチャイコフスキーのCDは、ほとんどが、カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニーのもの。
 ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、サージェント指揮、ロイヤル・フィルハーモニー、ピアノはリンパニーのもの。

 今日の指揮者、アンソニー・ブラマルは、初めての人だった。指揮者の善し悪しなど全く分からないが、燕尾服のよく似合う、細身、長身の姿は、ステージ上の雰囲気として心地よく、統べる力も十分のように思えた。
 ピアニスト、ミハイル・ベトコフも初めてだった。が、ラフマニノフのピアノ曲を、存分楽しませてもらった。

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