ぶらぶら人生

心の呟き

家から施設へ

2018-09-11 | 寸感
 タクシーを待ちつつ、裏庭の花を眺める。

               シオンと桔梗
         

         


 10時、施設へ戻る。
 3晩、家で過ごしている間に入居者が増え、空室は一つだけになっていた。
 入居から2年も経たないうちに、私は古参の部類である。(私よりさらに古参は3人。)

 私が入居した当時を思い出し、積極的なつき合いはしないでいたいと思っている。
 施設に入居する人は、それぞれに長い過去を背負っている。当然、高齢である。簡単に理解し合えるなど、考えないほうがよさそうだ。

 入居の条件は自立できる人とはなっているけれど、私も含めて思考能力や常識的な判断力の鈍っている人がかなりある。笑顔で挨拶だけのつき合いにとどめたい。

 私の部屋の前に共同のソファーがあり、午後、かなり長時間、人の話し声が聞こえていた。女性の声であることは分かるけれど、そこにいる人が誰であるかはわからない。二人なのか三人なのかも分からない。
 施設の防音装置はよくできていて、部屋ごとの物音は全く聞こえないのだが、廊下の人の話し声や人の気配はそれとなく分かる。無関心でありたいが多少気にはなる。そこで、CDのボリュームを上げて音楽をかけ、私は自分の予定していたことをこなす。

 (4階の男性入居者は7人、女性は9人である。男性が他室の人と立ち話などしておられる光景は見たことがない。みな、それぞれ己を保っておられる感じだ。それに比べ、昨年もそうであったが、女性は群れる傾向が強いように思う。)

 上田三四二著『徒然草を読む』を持参し読み始める。徒然草論が楽しみである。
 [上田三四二(1923〜1989)は医師であり、歌人・小説家・評論家。]
 私の好きな歌人・作家の一人である。語彙の豊さ、文章表現の巧みさに、いつ読んでも感心する。


            日没時刻が日に日に早くなる
              今日は6時23分
             写真は、6時29分の空
         

         



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