しゅぎょーとかって…

芝居・演技とかのこと言ってます

「毎日を大切に生きる」

「毎日を大切に生きる」 それが、芝居をする人の最も重要な修行じゃないか…

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ひっぱる・のばす・へこます・・・

2011年08月21日 | しゅぎょー
何のことでしょうか~?
クイズみたくなってますが…
役者が役を作る時に、「役づくり」をしますね。
その時の方法のひとつです。
「役」と「役者本人」には、多かれ少なかれ違いがあるものです。
どうやったら、「役」と「役者本人」をすりあわせていくことができるのか。
まあ、役者の「毎回、一番の悩み」になるものですね。

役に近づくタイプ、役を近づけるタイプ…
いろんな言い方をされてはいますけど、実際やることは、全く同じことだと思います。

例えば…
役者本人は、ちょっと褒められたらすごくうれしくなる人。
役は、褒められてもうれしくならない人。
だとします。
芝居上で、共演者が「褒める言葉」を本人のまま聞いていたら、“うれしくてうれしくてたまらない気持ち”になりますよね。(この“気持ち”というところが大切ですよ)
じゃあ、役者本人が共演者の「褒める言葉」を「嫌味な言葉」と考えるようにしてみるわけです。
そうしたら、役者本人の中には、“うれしい気持ち”ではなく“バカにされたような嫌な気持ち”が湧いてきます。
そういうように気持ちが動かすことが出来たら、後は、道具である「役者本人の身体」を使って、それを表すようにできるわけです。
(実際には、もっと考えなくちゃならないこと…「なんで、この役は褒められるのが嫌なのか」とか、そういう人の深いところにあるのですが)

まず、自分の気持ちに素直に演じなくては、共演者やお客様には伝わらないことを認識しましょうね。
これは、普段の生活で普通にやってることで、作った気持ちや笑顔とかじゃ、相手にちゃんとつたわらないですもんね。
役者のやることは、「カッコ良く」「面白く」見せることの前に、手渡しでちゃんと他人に伝えることですから…

無理に作った“気持ち”で、どんな「役づくり」をしても、共演者やお客様には届かないですからね。^^

芝居の中で、自分の気持ちが素直に動かせるように(素直に身体が動けるように)、
何かを「ひっぱったり」「のばしたり」「へこましたり」…
そうすれば、役と役者本人が少しづつ近づいてくるものですよね^^

いれこみ

2011年07月02日 | しゅぎょー
勘違いされるけれど・・・よく言われる「客入れ」というものは、本当は、ないのだ。
芝居がどういうものであるかを、よく見てみると気がつく。

お客様がいて、はじめて、芝居として成立するわけで、そのお客様は、さまざまな都合をつけてこの場に来てくださっている。
昔の演歌歌手ではないけれど、「お客様は神様です。」は、まさにその通り…
だから、「お客様」を「客」とは呼ばないのである。

近年、作り手だけが満足して発表をする「もの」が多い。
それは、すでに、芝居というものではなくなっているのかもしれない。
それを、見に来る人たちも、「客」ではなく、「お客様」のはずである。

ほんの少しの違いなのかもしれない。単なるこだわりなのかもしれない。
でも、こういう小さな気持ちの積み重ねが、今の時代の芝居に、真に必要なのかもしれない。

自分が客となり見に行った芝居で、目の前で「客入れです~」とか言われ、芝居の前に本当に悲しい気分になったことがある…

五感

2011年06月05日 | しゅぎょー
表現としては、いろんな演技の仕方があると思います。
でも、表現する前の役の(人の)気持ち(この辺の概念が難しいですが)は、その演技術とか関係なく、いろんな素となるもの。
まず、感じて・・・それが気持ちに変わり・・・表現(言葉、動きなど…)になっていく
それが大切なプロセスである。と「メソード演技」が言っている。

「五感の記憶」をして、再生することによって、その時に出て来る「気持ち」を使ってよりリアルな芝居をしよう。
例えば、合格発表の日とかだったら、桜の花びらがひらひらしていることや、周りの声…とかを、明確に五感に思い起こすことが出来れば、その時の思い出が、鮮明になり、気持ちが
流れるのだ。
五感の記憶は、普段の気持ち…

チラシ物語

2011年06月02日 | へのれっつ
新聞の折り込み広告とかで、人が載っているもの(実際は載ってなくてもOKですが)を、適当に何枚か抜き出して、それを見て、その人がどんなことを言ってるのかな~って考えてみましょう。
それを、3枚くらいの広告で順番に… 適当に…
そう、どれだけ適当に出来るか…っていうのも、結構むずかしいのです。
現代は、何か「カッチリしてないと駄目」なことが多いので、こういう時こそ適当に~

それがつながると、「チラシ物語」の完成です。
2度と同じものが出来なくて良いのですよ。
人それぞれ、自由に適当にやることが、大切ですから…

ミザンス

2011年06月02日 | しゅぎょー
よく使う言葉だけど…正確には、ミザンセーヌ。
日本語の意味も似てるのでしょうか?
「見た目」みたいなことなのだが…
もうちょっと、意味がある。
役者だったら、立ち位置とかも含めて…ということになるが、客席から見た時に(常にお客様が優先であるのだよ)、芝居が見やすくなるような、位置取りとか何だと思う。
間違っても、役者をただ目立たせるための位置や向きではない。
(この辺が、結構勘違いされやすみたいですね)
芝居を見やすくするために、役者がわざと見えにくい位置に行くこともあるわけですから。
ミザンスが悪いと、ものすごく芝居的には、平べったいものになってしまうことがおおいみたいですね。(見た目の問題だけじゃないですよ^^;)

綺麗な衣装を着た人が、展示会みたいに並んだりすると、それだけで「勿体ない」というような気持ちになりますよね。(そういう意図があれば別ですよ)