惨敗
2018-09-10 | 試合
夏が終わりました。
一夜明けても悔しさで目覚める。
午前9時に昨日の今頃がどんな感じだったかを思い出すとまた悔しさが。
昨日は3年ぶりに秩父宮杯を走った。
実はエントリー開始の6月、出るかどうかを悩んでいた。
毎年9月9日は自転車に乗ってはいけない日。
7年前の9月9日、朝5時30分、朝練の最中に大きな交通事故に遭った。
肩の靭帯を失い、肺に穴があく。
3ヶ月入院して2回手術し全治6ヶ月。
過失割合は10対ゼロで自動車側の完全過失だったけど
もう一度事故にあったら自転車をやめる。
せめて毎年9月9日は自転車を控えようと決めていた。
去年、チームの忘年会で「マスターズをみんなで走ろう!」と勢いで言いだしたのは俺。
宮杯は毎年9月下旬の3連休にあるはず。
それなのに6月に9月9日になったことを初めて知りびびった。
今更走らないとは言えなかった。
そして当日。
体調、気持ち十分、
モチベーション最高で当日朝を迎えた。
ウォームアップは十分にコースを2周、
ゆっくりしていたらスタートに並び遅れて最後尾につく。
初級がスタート、
1分後に中級スタート
さらに1分後に俺たちマスターズがスタート。
最後尾だったから見えなかったけどスタートアタックした人が居たとか。
中級のスタートからそれほど時間差ないってのに。
もしかしたら中級の集団に乗ろうと企んだか?
それを追ってしまった集団もいきなり猛ペース。
後の大波乱はこれが原因だったと思う。
案の定半周すぎてバックストレートで中級の集団が止まって見えるくらい俺たちは勢いよく進んでいた。
坂に入ったところで中級、初級、マスターズの集団が合体してしまう予測はできたが
落車が起こる以外に何が起こるか想像できなく少し怖かった。
1周目とは思えない登りの速さ。
誰もが危険回避で前へ前へ踏みまくったはず。初級も中級もマスターズも。
全然先頭に出られない。
先導のオートバイが無能だった。
混戦と危険を避けるためにカテゴリー別にコントロールしなければならないのが役割のはず。
思い出すと昔からそう。
ただ先頭で排気ガスを散らしているだけで意味がない。
こういう至らなさを車連に何度もメールで指摘してきたけど返事が返ってきたことがない。
3周回ずっと初級、中級、マスターズの混走大集団。
坂でもがき倒し、平地で休むインターバルを3周繰り返すクリテリウム状態。
展開なんかない。サバイバルレースさながら。
レースに向かう車中
坂でアタックがあったとしても長続きせず、単に集団を削るだけだろう。
反応せず、平地で緩み集団は一つになるから追わず、無駄に動かない。最後までじっとしておく。
千葉さんと話したあれはなんだったのか。
勝負の3周目、坂に入る交差点を曲がる時にイン側だと失速するからアウト側から回り込むよう番手で進入できるよう
あらかじめバックストレートで先頭に出ておく。
これが間違えだった。
イン側を番手で進入したほうがラインを大きく使えるしショートカットするので踏まずにトップに出やすい。
アウト側から進入するとイン側から進入した人より踏み始めが遅いし無駄な距離があるので着き遅れやすい。
さらに斜度がきつくなる左コーナーをアウトから入ってしまったので余計差がついてしまった。
ピークまで踏み倒しても遅い。勝負がかかっている先頭はもう見えない。
そして下り。
ここで2つ目の失敗。
遅い人に着いてしまい、ラインを塞がれてしまいなかなか交わせない。
下り終わる前になんとか抜いたがもう遅い。
優位に丘越えするにはこの長い下りの勢いと前走車のドラフティングを利用すれば鋭い勢いで駆け抜けられるはずが
下りのスピードが乗らないまま丘越えに進入。こんな時に前走車が居ないのでドラフティングゼロ。
登りで抜いたはずの千葉さん、マッチ、たてのん等はずっと先でもう見えない。
そのまま誰とも争うことなくレースが終わった。
千葉さんは7位、惜しくも入賞まであと1歩だった。
中級の小玉さんは3位。
予想通り、そしてきっちりと結果を出した。

おれは9番くらいだろうと思って居たらなんと前に7人も居たことを知り愕然。
悔しさ、恥ずかしさ、怒り。いろんなものが混ざってよくわからなくなっていた。
しばらく惨敗を受け入れられなかった。
敗因は登り始め位置どりと最後のテクニカルな下りを速く走れなかったことに尽きる。
脚力ではなくテクニックが足りなかった。
もっと前で登れていれば最前線の小玉さんらとゴールできたシナリオもあることを思うと
勝負がかかる場所に乗れなかった脚の弱さもある。
久しぶりの宮杯、面白かったか?自問自答、
今でもよくわからない。
でも来年はもっとしっかりとした結果を残す。
マスターズはひとまず今回限り。
やはり上級で勝ちをこだわっていきたい。

ーFINー
一夜明けても悔しさで目覚める。
午前9時に昨日の今頃がどんな感じだったかを思い出すとまた悔しさが。
昨日は3年ぶりに秩父宮杯を走った。
実はエントリー開始の6月、出るかどうかを悩んでいた。
毎年9月9日は自転車に乗ってはいけない日。
7年前の9月9日、朝5時30分、朝練の最中に大きな交通事故に遭った。
肩の靭帯を失い、肺に穴があく。
3ヶ月入院して2回手術し全治6ヶ月。
過失割合は10対ゼロで自動車側の完全過失だったけど
もう一度事故にあったら自転車をやめる。
せめて毎年9月9日は自転車を控えようと決めていた。
去年、チームの忘年会で「マスターズをみんなで走ろう!」と勢いで言いだしたのは俺。
宮杯は毎年9月下旬の3連休にあるはず。
それなのに6月に9月9日になったことを初めて知りびびった。
今更走らないとは言えなかった。
そして当日。
体調、気持ち十分、
モチベーション最高で当日朝を迎えた。
ウォームアップは十分にコースを2周、
ゆっくりしていたらスタートに並び遅れて最後尾につく。
初級がスタート、
1分後に中級スタート
さらに1分後に俺たちマスターズがスタート。
最後尾だったから見えなかったけどスタートアタックした人が居たとか。
中級のスタートからそれほど時間差ないってのに。
もしかしたら中級の集団に乗ろうと企んだか?
それを追ってしまった集団もいきなり猛ペース。
後の大波乱はこれが原因だったと思う。
案の定半周すぎてバックストレートで中級の集団が止まって見えるくらい俺たちは勢いよく進んでいた。
坂に入ったところで中級、初級、マスターズの集団が合体してしまう予測はできたが
落車が起こる以外に何が起こるか想像できなく少し怖かった。
1周目とは思えない登りの速さ。
誰もが危険回避で前へ前へ踏みまくったはず。初級も中級もマスターズも。
全然先頭に出られない。
先導のオートバイが無能だった。
混戦と危険を避けるためにカテゴリー別にコントロールしなければならないのが役割のはず。
思い出すと昔からそう。
ただ先頭で排気ガスを散らしているだけで意味がない。
こういう至らなさを車連に何度もメールで指摘してきたけど返事が返ってきたことがない。
3周回ずっと初級、中級、マスターズの混走大集団。
坂でもがき倒し、平地で休むインターバルを3周繰り返すクリテリウム状態。
展開なんかない。サバイバルレースさながら。
レースに向かう車中
坂でアタックがあったとしても長続きせず、単に集団を削るだけだろう。
反応せず、平地で緩み集団は一つになるから追わず、無駄に動かない。最後までじっとしておく。
千葉さんと話したあれはなんだったのか。
勝負の3周目、坂に入る交差点を曲がる時にイン側だと失速するからアウト側から回り込むよう番手で進入できるよう
あらかじめバックストレートで先頭に出ておく。
これが間違えだった。
イン側を番手で進入したほうがラインを大きく使えるしショートカットするので踏まずにトップに出やすい。
アウト側から進入するとイン側から進入した人より踏み始めが遅いし無駄な距離があるので着き遅れやすい。
さらに斜度がきつくなる左コーナーをアウトから入ってしまったので余計差がついてしまった。
ピークまで踏み倒しても遅い。勝負がかかっている先頭はもう見えない。
そして下り。
ここで2つ目の失敗。
遅い人に着いてしまい、ラインを塞がれてしまいなかなか交わせない。
下り終わる前になんとか抜いたがもう遅い。
優位に丘越えするにはこの長い下りの勢いと前走車のドラフティングを利用すれば鋭い勢いで駆け抜けられるはずが
下りのスピードが乗らないまま丘越えに進入。こんな時に前走車が居ないのでドラフティングゼロ。
登りで抜いたはずの千葉さん、マッチ、たてのん等はずっと先でもう見えない。
そのまま誰とも争うことなくレースが終わった。
千葉さんは7位、惜しくも入賞まであと1歩だった。
中級の小玉さんは3位。
予想通り、そしてきっちりと結果を出した。

おれは9番くらいだろうと思って居たらなんと前に7人も居たことを知り愕然。
悔しさ、恥ずかしさ、怒り。いろんなものが混ざってよくわからなくなっていた。
しばらく惨敗を受け入れられなかった。
敗因は登り始め位置どりと最後のテクニカルな下りを速く走れなかったことに尽きる。
脚力ではなくテクニックが足りなかった。
もっと前で登れていれば最前線の小玉さんらとゴールできたシナリオもあることを思うと
勝負がかかる場所に乗れなかった脚の弱さもある。
久しぶりの宮杯、面白かったか?自問自答、
今でもよくわからない。
でも来年はもっとしっかりとした結果を残す。
マスターズはひとまず今回限り。
やはり上級で勝ちをこだわっていきたい。

ーFINー







