館林ロストシティーランブラーズ・フォークソングシングアウト

フォークを歌って43年の坂を今登坂中。世間に一言あってこそフォーク。軟弱アコースティックミュージックにシングアウトだ!

亘理・荒浜海岸。

2011-12-03 05:15:39 | 生活雑感
駐車場から幅は200mくらいの松の防風林を抜けると、高い階段が現れる。
その階段は防波堤を兼ね、やがて眼下に結構大きくて広い砂浜が広がって、その果てには大きな太平洋が広がっていた。
テトラポットに囲まれた海水浴場は賑やかだった。少し波の荒い場所ではサーフィンに興じる若者・俺の子ども達はさっそく海に入り、女房は監視をしつつ、スケッチなどと洒落ていた。

俺も泳いだ・海の家で焼き貝を食べビールを飲んだ。くらげにも刺された。


くらげには酢が良いと、浜辺の傍の米屋で酢を買った。

酢をかけると、刺された足の血はウソのように引いて、痛みも無くなった。

海に別れを告げ、海岸から1キロほどのすし屋に入り、海鮮三昧の海なし県、G県では味わえない贅沢をした。

宮城県亘理の海辺には、そんな原風景がある。

が、そこには何もかもなくなっていた。

怖かったが、見ておきたい・・・と思っていた。
何もせず、邪魔をするような気がして、躊躇していたが、どうしても今年中には・・と、行った。

朝4時に目が覚めてしまい、コーヒーなど飲んで、5時前にはT市を出発し、9時にはここについてしまった。




中学校・・・

目を疑う姿。




すこし土地が高い場所にあった小学校・・・時計は止まっていた。


息が苦しくなり、手を合わせるのみだ。



山では、重機が動き、時々ダンプが運んでくる。



海岸より数キロに常磐自動車道が開通している。この10mはあろうかという高速道路が生死を分けたという。

海側の道路ののり面には流された船が留まり、反対側200mほどにあるコンビニあたりでは、60センチ程度の津波で済んだらしい。




少しずつ、立ち上がっているのだろう。



壊れたままの岸壁では、地元の人が、ハゼ釣りなどしていた。
少しずつ日常に・・・・か?ほっとするものがあった。



緊急のボランティアセンターは解散し、今は社会福祉協議会に本拠を移しているようである。
そこも、土日は休みで、住民をあげて日常の回復に努めているのだろう。



仮設・・・お金と暖房器具が、今必要かな?

少しでも、支援の取り組みはまだ必要だろう。また、T市で考えねば・・・



ここから10キロほどの山の上に「四方山展望台」というのがある。
昔行った・・・


また、行ってみた。

左に亘理の海岸・右に山元町の海岸が見渡せ、反対の陸地まで360度の展望が見れる。

その海岸・・・・ポツンポツンと、家が見えるが、ズームすれば、家が土に埋まっているのだった・・・


すごいものだった。

手元にある資料では、4月3日・午前1時現在で

亘理町・死亡229人・行方不明66人・非難2219人
山元町・死亡542人・避難3440人

である。

コメント (8)
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