「ゆわさる別室 」の別室

日々BGMな音楽付き見聞録(現在たれぱんだとキイロイトリ暴走中)~sulphurous monkeys~

20110817

2011-08-17 | 矮小布団圧縮袋

○近代化遺産を歩く@新潟篇 その5
 新潟市内の(今は、中央区とかいうんだっけか)西大畑方面から、営所通へ
 昔の副県知事公舎〔大正10年(1921)〕を改造して、2006年からオープンして現在カフェレストランになっているという「ネルソンの庭」。こういうのも自分が新潟に住んでた頃にはなかったものだ。
     

 「洋館つき住宅」の奥の大部分は白壁のすっきりしたレストランに改造されていて、昼時なので女性のランチ客のほぼ満席でごったがえしている。中に和室も保存されていたりする。そして洋館の表道路側の一角にBAR空間があり、青い色に中の壁が塗り直されていて、ちょっとした近代文学館風の休憩室のように椅子と解説パネルなどが設えてあるのだった。過去の状態保存というより「活用」の方なのかな?インテリアの配色がちょいとしたモダン。でもよくよく見ると、窓枠もあちこちも古いのである。副知事の息子だった野坂昭如が住んでたことがあるとか、坂口安吾が来たことがあるなどという話が書いてある。歩いてきて、外が気温34度ぐらいだったから、ここで涼んで水分補給できて助かった。キイロイトリとむすび丸「やれやれ」
     
  
 それにしても、この10年ほどで新潟市がこんなに「古いものをとっておく」観光地化の方向に進んでるなんて驚いた。だいたい、県知事公舎だって昔の県庁だって遠慮なくどしどし壊しちゃったじゃん。
 以前、新潟にも地元サッカーチーム(アルビレックス)なるものやらスタジアムなるものができた、って話を風の噂に聞いた時、そんな関東や大阪や南国のようなことがあるものか、だいたい新潟人の気質でもってスポーツで闘争するなんてことがありうるのか?と強い疑念に耐えなかったものである。それと同じように、高度成長と光化学スモッグの名残の昭和後期に新潟のEast Endで育った自分としては、歴史的建築保存などといわれても「昔から緑の少ない殺風景な新潟市らしくないなあ」な気分である。(そういう文化的な雰囲気になるなら、もっと自分が新潟にいた時からそうであってほしかった。そうすりゃ案外、今も住んでたかもしれない・苦笑)
 新潟市が変わってきているとすれば、それは東京だの他県だのから文化的な人が入り込んできて、そういう意識が高まってきているのか、元々昔から新潟の人じゃなくて他所の人の発想なんじゃないの?wなどと一度は疑ってしまうような気分も、帰省するたびに思ったものだ。元々地元の人間の方が生活で手一杯で、つましくしていて、あんまりそういう余裕はない、というのは、例えば東北や九州など自分が「他所から来た人」として各地の史跡や街道を探訪するときに、地元の一般市民に逆に「何があんの?」という目で見られたりするときにも感じたことだ。それが自分の身に返ってくる感覚かもしれない。たいがい、歴史や文化に興味もって大切にしようなんてのは、地元なら大金持ちの坊ちゃまか、悠々自適引退の老人郷土史家とか、所詮「旦那様」なイメージだもんな。しかし今や英国や欧州のごとくそういうものも経済活動の選択肢になる可能性としてまなざしが向けられていったりするのだろうか。
 八一くんや安吾くんは、ゆるキャラにはちとなりにくいんでねの?な気がするが。(でかきもいレルヒさんがいるから、安吾くんだったらちょっとありかな・爆)



 本日のBGM:Love Will Find A Way / Pablo Cruise (「Worlds Away」 )
 この歌も最初に聴いたのは新潟にいた頃のことであるが、その時の「恋の水平線」という邦題はどこからきたのかは謎。
 その頃、「裏日本?いやいや、新潟は日本のウエスト・コーストだよ!」という自虐的?ギャグをみんなが言ってたのを思い出すw。でも、確かに真夏は非常に暑いのでございます。九州の人が北国だからって期待するほど、全然涼しくなんかないもん。  (20110817)




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