昔、新宿のFugetsudoによく通ったものです!

そろそろ先が見えてきましたから、今のうちに記憶を書いておこうと…

平沼あたり

2012年02月22日 | ファンタジア
(タイトルをクリックすると、絵が大きく見えます)

横浜駅から歩けるマンションに移って、僕たちが最初にやったことは、付近の町を知ることだった。

2002年に閉鎖されたJR東海道線と相鉄線を跨いだ平沼の踏切が、その頃はちゃんとあり、平沼橋へ階段で登って線路と帷子川を渡る必要もなく、横浜西口の岡野の方から踏切を通って、人の流れはあった。
その踏切に続く、幅の狭い商店街を平沼商店街といった。

僕たちがHKマンションに住んでいるのを知っているのは、限られた人だけだった。
僕の方から言うと僕の姉。
チビたちの家のカミさんには、ここを知らせていなかったから、緊急の時には姉に連絡が入ることになっていた。会社からの連絡などは、実家のカミさんが受けて姉に電話してもらう。
姉が、マンションに電話をかけて、やっと僕に伝わるわけだ。
まあそんなに緊急性の高い連絡はなかったから、このルートで連絡が入ることはあまりなかった。
そう、カミさんと僕の姉は、僕たちの秘めたる恋を知っていた。

横浜の西口などには、歩きたくても、行ってみたい店があっても、秘めたる恋の二人には危険で歩けない。会社の人たちがうようよいるからだ。
したがって、二人で歩ける場所をうんと遠くか、近間に探すことになる。
その近場になるのが平沼商店街。
その頃でも、その存在はあまり人に知られてなくて、知っている人が知っているって感じの商店街だ。

一番のお気に入りは、昔からの蕎麦や「角平」だ。
交差点に面しているから、平沼橋を渡った車からも、横浜駅南口に向かう車からも見える角にある。
ここには、たびたび蕎麦を食いに来たものだ。
どちらかというと、汚い古いつくりの店で、蕎麦だけで客を遠くから引っ張っていた。有名な政治家もやって来ていた店だ。
店の蕎麦は本当にうまかった。
そばの香りのする蕎麦って、なかなかないものだけど、ここの蕎麦は香った。

店の客の回転は速く、いつもなんだかせき立てられているような感じもした。時には、外でお客が待っていたりして、店の元気な女将とお客係の女の人たちがたくさんいて、いつも客席をにらんでいる。客が食べ終わったら、とっととお帰りって感じで、空の器を下げに来る。
こんな店では、蕎麦の前のお燗一本という時間は取れない。でも、二人は何度も食べに行っていた。商店街を歩いていけば、マイナーな街だから、そうそう知人に会うはずもない。

横浜駅南口からの大きな通りを越えて、さらに商店街をいくと、昔ながらのお酒屋さん、魚屋さん、肉屋さんなどが並んでいる。ここの酒屋には結構な金額を、僕は払ったと思う。会社の帰り、車でちょっと寄って、重たいワインを何本かと、その頃は切らしたことのないウイスキーの一本は、最低買って帰っていたからだ。

楽しかったのは八百屋さん。
その頃は、もうなくなりつつあったリンゴの紅玉が、時には入ったりしていた。なじみになって僕が顔を見せると、店のおばさんが「紅玉が入ったよ」と教えてくれる。日本のリンゴは、みんな誰のせいか分からないけれど、でかく、甘くなってしまった。酸味のある紅玉が僕の好みだけれど、そんなものを置いている店は無くなってしまった。
おばさんによると、紅玉は皮が薄くて輸送中の痛みが激しいのだそうだ。それに酸っぱいのがお客に嫌われて、絶滅保護種みたいになってしまったのだという。このリンゴ独特の酸っぱさが、焼きリンゴにしたとき、ちょうど甘さといいバランスになるのに…と、僕は恨みがましい。
おばさんは、自分が紅玉を好きで仕入れているという。僕は、そのお裾分けをいただいているってわけだ。値段は高かった。

他には、トリモツの材料専門店とか、パチンコ屋さんがあった。
古くからのコーヒー屋さんもあった。突き当りは運河で、遊歩道になっている。

この商店街には、後で話すことになると思うけれど、小さなスナックが一軒あった。店の名前は忘れてしまった。
ここに、きっぷのいいママと、女の子が二人くらいいた。でも小さな店だった。

君のいない夜なんか、一人ではマンションはつまらなくて、ここで時間を過ごしていた。きっと君と行ったのは、一度もないと思う。僕は、カラオケでママとはハモったりしたものだ。ここでは、僕は偽名。小さな自由な宇宙でもあった。

新しいマンションの住み心地は、F駅近くのマンションにくらべて広く、新しくて、気持ちがよかった。

そう、平沼商店街には昔、京急の「平沼駅」があったようで、戦災で焼けた駅への階段と、ホームの建物がまだ残っていた。君のマンションからは、その駅がよく見えたものだ。
今では、駅舎はなくなって、コンクリートのプラットフォームだけが残っている。

京急でHKの前を通る時、あの部屋のベランダを見上げる。
今は、洗濯好きの人が、いつも元気に洗濯物をたくさん干しているようだ。

<1985年ごろの、京急「元平沼駅」の写真です>
コメント