昔、新宿のFugetsudoによく通ったものです!

そろそろ先が見えてきましたから、今のうちに記憶を書いておこうと…

君のアメリカとの決別

2016年07月10日 | ファンタジア・その後



 僕が君に迫ったことは、安全な日本に戻ってもらいたいこと、君を二度と失いたくないこと、二人で一緒に残りの時間を過ごしていこうということだった。これが、君の一時帰国のあいだにできた合意だった。

 君には、卵巣がんの再発という危険があり、僕には、心臓の心室頻拍の発症というリスクがあった。だからこそ、もう過去にはとらわれず、二人が一番やりたい形で、残りの人生を過ごそうということだった。

 僕は、3年越しの離婚問題が決着して自由の身だった。一方、君は、肝硬変のアメリカ人の妻であるということには変わりはなかった。つまり、昔の秘めたる恋の時代の立場がちょうど逆になった形の二人だった。あの頃は、僕が既婚者で、君は独身だった。運命の皮肉を感じた。



 <秘めたる恋のボロアパート>

 アメリカに帰った君の行動力はすごかった。一時はがんに侵され、体力を落とし、痩せのガリガリになった君が、アメリカ人のご主人に、自分は日本に帰ることに決めたと宣言したのだ。将来、ご主人がなくなったら、独りでアメリカにいることはないから、その時には日本に帰国すると、従来から言っていったようだが、日本から帰米するとすぐに、できるだけ早く日本に帰ると宣言したのだから、ご主人もびっくりしたに違いない。

 共同所有の家も土地も、また金の件も、すべて投げ出して、日本に突然帰るというのだから、言われたほうも、言ったほうも、途方もないことだったと思う。よく言ったと僕は、何でもサポートするとチャットで戻した。僕にとっては、君の安全がすべてだった。

 君にとっては、⒘年間、一緒になついて暮らしてきた愛猫、Qちゃんのことも心に引っかかっていたようだ。できれば日本に連れて帰りたかったようだけれど、猫は家に付くと知っていたし、日本に連れて帰って、すぐストレスで亡くなったの猫を知っていたから、つらかったろうけれど、置いて帰るしかなかった。

 僕は、君には、着の身着のままでもいいから、一日も早く日本の僕の元に戻ってもらいたかった。彼の逆鱗に触れて、暴力的なことでも起きたら、物理的に危険だとも思っていた。それにどう対応するかを助言できる知恵は、僕は持っていなかった。すべて、君任せだった。

 君はアメリカの大きな家の中の自分の持ち物を点検して、どうしても日本に持って帰りたいものを選別した。幸い、ご主人は物理的な反対の行動には出なかったようだ。彼も、同居別居の生活のむなしさを感じていたのかもしれない。居直りと、好きにすればという気持ちがあったようだ。彼にとっては、4度目の別れだから、慣れていたのかもしれない。



 <あきらめた階段箪笥>

 こんなことになろうとは思っていなかった君は、最低限の引っ越し荷物を選び出すのは、大変な妥協だったろうと思う。もちろんご主人の助けは借りられない。全部自分一人でやるしかないのだ。

 君が日本からアメリカに帰ったのは5月初旬。僕が二人のマンションに引っ越したのが5月末。そして君は1月の間に、持って帰る大切なものを選び、段ボール箱に荷造りして、ひとつずつ、ポスタルオフイスまで自分で運んで、僕のマンションの気付けで送り出した。僕は一つずつ受け取り、壊れていないかを君にフィードバックした。一つずつ別々に送られた段ボールは、10個にもなった。最後の箱は、君が昔、日本で焼いた信楽の大壺だった。既定のサイズをはみ出して危険だと思ったが、幸い、無事に届いた。



 <大壺>

 アメリカでの財産分与は、うまくいかなかったようだ。離婚はしないといわれたそうだ。最低限の額として、君が最初、日本から持って行った金額だけは、返してもらえたという。まあ、いいじゃないかと僕は言った。僕の企業年金と厚生年金があれば、生活費としては、十分だとの想いがあったからだ。高級なものなど買えはしないが、二人が一緒に生活していければ、それでいいと思っていたからだ。

 一方、日本では、僕の無二の親友が脳梗塞を起こして倒れた。後遺症が残り、動けない、話せないという。残された時間が確実に短くなっているということを、僕自身に感じさせる出来事だった。限られた時間は、何としても君と過ごしたかった。

 僕は、精神的なストレスが原因を思われる心房細動の発作を起こして、6月末に、救急車で入院となった。君が返ってくるまでには退院したいと願っていた。退院が許されたのは、7月3日だった。

 そして、君は離婚できないまま、つまり人妻のまま、日本に7月7日に帰ってきた。少なくとも、物理的なご主人からの暴力から、安全に逃げ帰ることができたわけだ。

 君の実家の人たちは、驚き、初めて、彼が麻薬にまで手を染めているという、君のアメリカでの生活の実体を知ったようだった。君との結婚が、彼の4度目のそれだったということも、実家の人にとってはショックだったろう。3度も離婚するというのは、どこかに、性格的な問題が存在していたとみるのが当たり前だからだ。この事実も君は隠していたのだ。

 結果としては、仕方ないか、よく無事で帰ってきたとの受入れの態度になったという。とにかく良かった。

 7月22日、君は僕と一緒に住むマンションにやってきた。もう、安全だとほっとした。これから、二人の長い空白を取り戻す生活が始まると、僕は楽な気分になっていた。

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