裏スキーバスでEXPOへ!

2005-08-19 21:38:57 | 愛・地球博
d5e661b0.jpg8月17-18日と1泊2日で愛地球博へ行っていた。ツアーを探して横浜から長久手会場までの直行バス、そしてビジネスホテル1泊。つまり、横浜-万博-ホテル-万博-横浜である。個人で普通に行こうとすると、チケットショップなど使っても35,000円程度になるが、25,000円位だ。差額の10,000円はどこから浮かすのだろう。さらに旅行代理店のもうけも必要だろう。

そして、横浜の待合せ場所に早朝あらわれたのは、何と「いわき」ナンバー車。福島県だ。まさにスキーバスのオフシーズンの活用。どうみてもバブル期以前のバスだ。推定年齢20歳?都内は古い軽油車は走れないのだが、神奈川はいいのかな?また、ドライバーの方も高齢に見える。まさか、退職後の予備兵では・・。そして、後で知ったのだが、添乗員の女性は若い方なのだが、普段は旅行代理店の内勤だそうだ。そして、1日目の深夜に到着したホテルは、やはり建て替えることをストロングリー プリファーだ。案外、万博特需が終わったら閉店か?

そして、万博の個別感想は次稿以降に譲ることにする。今帰ってきたばかりで、まだ熟成していない。そして眠い。

ただ、何回か行ったいくつかの万博と大きく違うのは、「外国人が少ない」ことだ。もっとも東アジア系は見分けがつかないのだが、アジア以外の外国人客の姿はみない。やはり「名古屋博」ということなのだろうか?と思って耳を傾けても、例の「みゃーみゃーにゃーにゃー」ということばは聞こえてこない。東京お台場のような錯覚も覚えるが、西ゲートの外には、大きな「コメダ珈琲店」の看板。

そして、なかなか企業パビリオンには入りにくい構造になっているのだが、prumざつがくさんの「blogの個人向け手紙的利用という新発見」で教わった攻略法で冷凍マンモスを堪能。例の賛否両論の代物だ。

さらに、国別(あるいは共同館)のパビリオンは「万博的」と思ったのだ。そして、どっちかというと「食の万博」という楽しみ方に徹してしまったようで、ビールとワインばかり飲んでいた。そして食のとどめは、日本代表「えびふれぇー」であるのだが、その味の方は「どえりゃーうめぇー」というほどでもにゃーでみゃー。

追記:2日ぶりにパソコンを開いて実生活の情報をみると、ホリエモンが亀井静香の選挙区に立候補しそうではないか。いつか、書いたのだが、現ニューヨーク市長のブルームバーグも、ブルームバーグ社を興したところから成功し、経済界から政界に移ったのだ。もう一人例をあげれば、堤康次郎だが・・
しかし、ホリエモンが立候補する気になった最大のポイントは、「国会のノータイ化」ではないかと思えてきたのだ。小泉の読みは深い。

将棋大会出場など

2005-08-18 21:43:10 | しょうぎ
81074800.jpg横浜から2時間かけて、千葉県船橋市で行われた「所司七段昇段記念大会」に出場。私の師匠で、まだ43歳なのに、将棋界ではベテラン扱いになってしまう。実力だけの世界なので、なかなか大変だ。最近は有望な弟子の養成に力を入れ、20歳の渡辺明新竜王を輩出。新竜王は大会のゲストにも来ていた。そういう、師匠・弟子関係というのも、親子の関係のようにうまくいく時もあれば、仲たがいすることもある。最近は、この世界でも、理事選挙とか派閥抗争が過激になりつつあり、棋士も将棋の研究ばかりしているわけにはいかない。

さて、わざわざ、出かけて、戦績はといえば、2勝2敗。2敗失格なので、なんとか第4戦まで持ちこたえた、というべきか。収穫は扇子1本。

言い訳ではないが、なにしろ、この大会には、プロの卵である奨励会の受験生が練習代わりに大量に出場する。そして、そういう強い小学生と対戦するのはなかなかしんどい。明らかにマナーが存在しない。例えば、序盤で有利になるともう勝ったような態度を示され、すぐによそみを始める(携帯でメールされたことはたぶんないが)。実際は、私は終盤派なので、最後で逆転して勝つことが多い。「必殺こども殺し」だ。だいたい、同じAクラスに出場しているのだから、同じような実力なのだ。序盤が弱いということは終盤が強いということを意味することが解っていないわけだ。

とは言え、最近はなかなか、調子も上がらず、大会にそなえるため、前日、ネット将棋で練習する。7連勝。さらに、詰将棋のバイブル「月刊詰将棋パラダイス」を行きの電車の中で解く(実際はほとんど解けない)。さらに強迫観念にかられ、アミノ酸サブリメントを1本飲んだ上、効果が持続するように、少しずつ補給を続ける。さらに酸化チタンネックレス(ファイテン)を二本巻きにする。そこまでだ。禁止薬物はやらない。

しかし、将棋は疲れる。4局目はもうヘロヘロといったところ。たまに、頭脳を使うとこれだ・・続けて二日後には、国際将棋大会が開かれるのだが、これは欠席にしよう。チェスや中国将棋(シャンチー)、韓国将棋(チャンギ)、タイ将棋(マックルック)の大会なのだが、これらの総てを指せる人間は少ないので、行くと結構重宝なサンドバッグになるのだが、こちらは本当に脳の芯まで疲れてしまう。ほとんどの参加者は単一競技に出場するのだが、私だけがマルチプレーヤーになるのだが、一局ずつルールが異なるものを真剣に読むというのは脳への負担が高い。(パソコンのマルチウィンドウのようにはいかない)

将棋の話ついでに、現在進行形で行われている「瀬川晶司氏のプロ入り6番勝負」の第二局が終了。対プロ6番勝負は1勝1敗になった。が、この企画はどうしても納得がいかない。プロ入りを認めた本音は、プロがボロボロ負けて(瀬川氏の19勝7敗)格好悪いから、アマではなくプロにしてしまえ、というのなのだからプロにならなければ困るのだ。それに6番勝負というのも聞いたことがない。勝負は5とか7とか奇数のはずだ。3勝で合格というのは、確率的に勝率50%と仮定すると、65.6%になる(と計算してみた)。むしろ、毎年、奨励会経由の4名枠の他、オープン参加の大会でプロ枠1名とか作ったほうがいいのだと思う(いずれにしてもプロ入りの枠としては極めて少ない数だ)。

そして、この瀬川氏だが、現在35歳。羽生氏や森内名人と同世代なのだ。26歳の時に、奨励会の年齢制限で退会。現在、NEC(か、その出資会社かは曖昧)に勤務しているが、なぜプロを目指し始めたのかはよくわからないが、人生、おカネより重要なものがあるのも事実だからだろう。プロにならない方が生涯賃金は高いだろうと思うのだが。もしかして、NECの有利子負債が1兆円もあることに気づいたのが、脱出の動機ではないとは思うが。

そして、この6番勝負、毎月1局のペースで長々と続くことになる。11月末までなのだが、ネット配信されている。なにしろ、会社を辞めるNECのbiglobeが中継するわけだ。何か変ではあるが、すべての関係者が合理的と考えた結果なのだろう。新理事長の米長氏はネット好きで、Yahoo!将棋に谷川元名人を登場させたのに続き、米長-堀江会談でLivedoorにもプロ棋士を登場させることになったそうだ。

そのあたりはLivedoor社長日記8月1日号に記載されているが、その中で将棋の「定跡」のことを「定石」と書いてあった。「定石」では囲碁になってしまうのだが、ということは、彼は定跡書を読んだことがないということなのだろう、と推理できる。定跡書を読んだことがない人間が初段以上になることは考えられないから、彼はたぶん初心者なのだろうと次の見当がつくのである。そして、今、思うとフジテレビTOB事件の途中で、「詰んでいる王様を穴熊に囲っている」との発言の真意をめぐって、専門棋士が解説したりしたのは、まったく見当違いだったのだろうとも推測できるし、そうなると、彼のその他の発言も同様のレベルではないのだろうかとの疑いが頭の中を一瞬よぎるが、すぐ忘れることにする。

戦争本2冊

2005-08-17 21:44:28 | 書評
つい最近、第二次世界大戦に関係する本を2冊読了。
「東京の戦争;吉村昭」
「あの戦争は何だったのか(大人のための歴史教科書);保阪正康」

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吉村昭は、もちろん戦争文学の最高峰の一人だが、小説の世界では、戦争の中で数奇な運命を辿る数々の個人をとらえる。それも綿密な調査の上、世界の混沌の中から事実の断片を探し出し、戦争の中で生きる主人公たちを克明に文学に刻んでいく。一方、膨大な調査の中で収集された知識は吉村昭個人の経験と出会うことにより、ドキュメント風のエッセイができあがる。「東京の戦争」は、そのエッセイであり、ドキュメンタリーでもある。当時の記憶を、後年、史事と組み合わせ解釈することにより、戦中、戦後の日本の生活を解釈している。

大家族であった彼の家庭から、一人二人と兄が戦場に向かっていき、残された自宅も大空襲で燃え尽きる。しかし、関東大震災の経験が大空襲の時に役立ったというのは、歴史の皮肉といえばそうなのだろう。耐火金庫の中の吉村家の資産は、そのまま焼けずに残ったということだ。

そして、吉村昭にとっての戦争は、14歳、昭和16年8月10日に23歳であった兄が中国戦線で戦死するところからはじまる。そして18歳、昭和20年8月上旬に徴兵検査となり、結核歴があるにもかかわらず乙種合格となる。しかし、その数日後に、終戦を告げるラジオ放送を路上で聞くことになるのである。同年父親が病死し、翌年、最後の兄弟が復員することで彼の内なる戦争は終わる。

つまり、戦争の開始や続行といった政府や軍の決定になんら関与しない、国内の一般庶民の側の歴史を綴っているわけだ。そのあたりに、なぜ、日本人は原爆まで落とされた米国にすぐに迎合していったかという、問題の部分の鍵があるのだろうが、読んだ実感から言えば、いかに政府や朝日・読売といった当時の御用新聞が、戦況を水増しして報道しても、生活状態の悪化がすさまじく、さらに空襲がはじまってからは、「もうダメだ」という空気が蔓延していたのだということがわかる。


一方。「あの戦争は何だったのか」は「戦争責任」という視点で書かれた評論だ。保阪正康によれば、戦争に至った原因は、ごく一部の軍人、政治家による小さすぎる国家の頂点の暴走によるものと捉える。いわゆる職業軍人数万人の中の1,000人程度のエリート集団の抗争の結果、ついには226事件に至り、恐怖の連鎖の中で開戦論が増幅することになり、その過程の中で東条英機という怪物が跋扈するという筋書きである。そして、226事件のあと、天皇が無口になっていくのもその原因の一つとする。さらに、海軍と陸軍の体質の違いから、昭和16年の対米開戦の時は、海軍こそ積極的だったとするが、その辺は、ちょっと簡単には同意できないので、詳しい論拠は本書を読んでいただくしかない。なお、彼の新しい仮説としては、昭和18年4月の山本五十六大将(連合艦隊司令長官)の死をもって、終戦することができた唯一のポイントとしているが、事実はどうなのだろう。

保阪氏は、226事件が日本の暴走の直接的な原因と解釈しているのだが、私見を言うなら、もっと以前に原因はあるのだろうと思っている。ポイントは明治維新の頃から始まっていると確信している。国の作り方がドイツ、フランス、イギリスのちゃんぽんだったことが、筋のとおった思想を生み出すことができず、思想無き軍事政権に向かっていった遠因だろうと思っている。また日清、日露戦争の勝利の原因を分析せずに、「勝ったから強い」と思い込んだところにも、合理主義が感じられないわけだ。薩長ともに、幕末にそれぞれ英仏にやっつけられていて、対外コンプレックスを引きずっていたのではないだろうか。

そして、マスコミの罪もそれなりに重いし、政治家は無力だったのだが、とはいえ、ドイツもイタリアも当初は政党として発足したファッショ政党が、後に暴走していくことを考えれば、さらに多くの要因もあるのだろうと思うのである。

これも私見であるのだが、日本史は「司馬遼太郎」の思想が一般的になってきているというのだが、この明治から大戦にいたる部分は、「児島襄」の膨大な著作群に解釈が傾いているような気がしている。わたしの書棚にも児島本はたくさんある。それを乗り越えるべきかどうかはまったくわからないが、日本人の一人ずつが1年に一度だけでも開戦のプロセスを考えなければならないのではないだろうか。(と天声人語風に・・)

馬の続き

2005-08-16 21:47:08 | スポーツ
e351f3c6.jpgラドクリフ選手の首振り走法が「馬」的であると、昨日書いたのだが、元々「マラソンランナーは馬のようだ」という証言もある。

だいぶ前に市民ランナーの知人から聞いた話だが、皇居周回コースで走っていると、後ろから「ズドン ズドン」と蹄の音が近づいてきたそうである。驚いて振り返ると、あの谷川真理が接近中と思う間もなく、つむじ風のように追い抜かれていったそうだ。蹄の音にドップラー効果があったかどうかは聞き漏らした。「ケリ」が違うのだろう。

さて、首振り運動についてだが、手元にある数十年前の学研動物図鑑によると、馬の体型は草原を走るために首が長くなったということらしい。草を食べるのが好物と言う嗜好と、肉食獣からの攻撃にそなえて逃げるという二つの目的の妥当な結論が、あの長さの首を上下前後に振りながら走るというパターンを造ったのだろう。

ところで、人間の競争は、わずか10秒以下の100メートルから2時間超のマラソンまであるのに、本家の馬のレースは一般に短時間だ。長く走っているように思える中山大障害でも、4,100mで4分半位だ。といって長距離は人間の方が有利などということはなく、江戸の早馬の例もある。本当に見てみたいのは、馬マラソンなのだ。

ではなぜ、馬マラソンが行われないのかというと、一つはギャンブルとしてのビジネスモデルが書けないからなのかなとも思うのだが、最大の理由は、走る場所がない、ということなのだろう。もっとも人間だって本来走ることのできない場所でレースをしているのだからできないこともないかもしれない。

では、どれくらいの距離が必要なのかを考えてみると、だいたい普通のレースで競走馬は1,000mを1分で走っている。人間は約2分だから、馬の方が2倍速いことになる。そしてその比率を長距離に当てはめると、2時間走ると80km位になる。折り返しというのは人間より難しそうな気がするが、半分でUターンすると、長さ40kmのコースがあればいいことになる。実際、ちょっと人口過疎地に行けば、ほとんどクルマの走っていない高速道路はいくらでもある(ただし、そんな道路は日本にしかないので国際化は無理かもしれない)。そうなると、馬マラソンは可能なのだろう。

ただし、問題点がある。それは路面だ。いかになんでもアスファルトでは、馬もかわいそうだし、騎手の骨盤も耐えられないだろう。そのためには、解決方法は二種類しかない。まず、馬用の衝撃吸収ランニングシューズの開発という手がある。これは新技術を詰め込まなければならない。あまりデータもないだろうから時間もかかる。一方、もう一つの方法には、まったく技術はいらない。それは、アスファルトをひっぱがして土にする方法だ。もっと高級感を出すには芝生も美しい。あとは、インターチェンジを間違って曲がらないように入出路を高い塀で塞ぐこと(馬は標識は読めないはず)。

実は、ジョークのように思えるかもしれないが、このまま原油を使い続けていくと本当にガソリンが品切れになりかねない。バレル(約159リットル)30ドルの原油が60ドルになると、大幅に消費が減少し、需給バランスが緩み、妥当な均衡価格に向かい、消費も抑制されるというべきものがそうならないわけだ。もちろん、ガソリンがなくなれば、高速道路の新規建設も意味をなさない。細々と棲息しているだろう道路族も店終いとなる。つまり50年後の高速道路は芝生の敷き詰められた、早馬天国となっている可能性もあるはずだ。

一方、「人間と馬の速度が2倍違う最大の原因は、2本足と4本足の差である」ことに気付いたある競馬好きのスポーツ学者の新理論発見の結果、50年後の陸上競技場では人間ランナーが地面に這いつくばっているかもしれないのではあるのだが・・

国立科学博物館に漂う日本のモラトリウム

2005-08-15 21:53:09 | 美術館・博物館・工芸品
34351a57.jpg上野公園内にある国立科学博物館は地上3階から地下3階まですべて科学博物館だ(と当り前のことを書くのだが)。各階ごとに、宇宙、地球、生物の歴史、機械工学、・・・と各階ごとにテーマが決まっている。新築に立て直されたばかりだから、最新の学説が紹介されているが、もっとも深度が深いのは生物の進化の話であると思う。私が見たところ、「ダーウィニズム」を採用していない。といっても、どこかの大統領のように、「生物は一種類ずつ神が作った」ということは書いてあるわけない。「一種類ずつ別の存在で、それぞれが貴重な種であり多様化しているものの、すべて同一の遺伝子システムを持っている」というような表現をとっている。つまり「生物みな平等な兄弟(姉妹)」という思想だ。要するに無宗教。差別の無い社会。ダイバーシティ思想か・・ある意味で思考停止。モラトリウム。

そういう意味だと、特別展の入場券のおまけで入場できたり、常設展示だけ見るのも大人で500円と、これだけのコレクションは、コストパフォーマンスはきわめて高いと言える。とはいえ全部詳しくみることなどできやしない。科学が好きだといっても、みんな得意不得意分野がある。興味もバラバラだ。時間も有限だ。それでいいのだ。

ただ、私見であるが、この博物館は、生物学関係のコレクションが秀逸と思っている。剥製とか骨格標本では少し不足感はあるが、古代生物から現代の生物までの歴史や大陸間の移動とか、最新の専門的な知識を明瞭に表示している。さらに、過去、地球を襲った度々の生物種の大量死滅の危機についても詳しい。それもそのはずで、この博物館は「過去の科学史」をもって、現代の我々の世界を認識するようなポリシーと感じるのだ。要するに「宇宙船地球号」思想だ。

そして人類の発達のコーナーでは、なんと「ルーシー」が出迎えてくれた。いわゆる猿人。身長120センチ。確かにこの個体が現在いたら、どういうことになるのだろう。我々は、21世紀になりやっと人種の壁を乗り越えようとしているのだが、人間で言えば3歳児の知能と言われるチンパンジーには今のところ人権を認めようとはしていない。そしてこの「ルーシー」はもっと知能は上なのだろう。そして運がいいと今週、もう一人のルーシーに会えるかもしれない(たぶん無理だと思うが)。

一方、工学系技術の場合は、未来学の方が楽しいのだ。そうなるとお台場の日本科学未来館が圧倒的にすばらしい。例えば、ナノテクということばは知っていてもなかなか実感できないはずだが、それらの技術が眼の前にあって、自分で操作までできるという徹底した方式だ。あくまでも未来を指向するというスタンスで科学をとらえている。さらに言うと、日本の得意な分野に偏っているのだが、そういう考え方もある。(数学とか経済学を対象とした博物館というのはないだろうかと考えてみても思いつかないが、あれば楽しいだろう)

そういう意味だと、夏休みのこどもたちは、この2つの博物館の両方に行って、自分の適性や好みを確認するのがいい。地方在住の方は、保護者が大事なこどもを連れてくるのがいい。親がいないと、こういうところには行かないで、六本木とか原宿とか日テレに行って終わりだ。ところがこの科学博物館から未来科学館へ移動しようとすると大変だ。上野駅からJRに乗っても、誤って京浜東北線に乗ると、昼間は新橋駅にとまらない。さらに運良く山手線で新橋駅で降りてもゆりかもめの乗車駅は遠く、わかりにくい。さらにゆりかもめはあくまでもノロい。もう面倒、と最初からタクシーに乗っても、少しも早く着かない。道路はまがりくねり、お台場に行くにはレインボーブリッジの根元で2回も螺旋回転が必要だ。「科学の未来と現実のギャップ」を教えたり、「国土交通省に内在する政策的矛盾」をこどもに教えるのには、都合がいいかもしれないが。

会場の一角で「特定外来生物展」が開かれていた。環境庁が中心で進めていた外来生物の規制(迫害?)の理解を得るためのパネル展示を中心としたコーナーだ。在来種を滅ぼす「悪役」として表現されている。人種差別みたいだ。

その中に「ヌートリア」がいた。巨大なネズミ。体長50センチ、体重15キロ。1930年代に毛皮用に輸入されたが、戦後、毛皮ブームが去り、野生化したということになっているが、偏見を排するために補足すると、上等な皮でもないのに輸入されていたのは、軍隊用だったのだ。航空用とか寒冷地用とかのため、薄くて軽い皮が求められたらしい。だから戦後不要になったのだ。

そしてネズミ類なので、繁殖力は強く、今は岡山とか兵庫の川筋に多く棲息して、土手に穴を掘ったりして住んでいるらしいが、以前は東京でも生ゴミをそのまま夢の島に捨てていたころは、いっぱいいたらしい。どう考えても、強制移住はかわいそうだが、大きな前歯を見るとやはり怖くなってしまう。全頭捕獲の上、原産地の南米に帰してあげようと思っても、絶対に無理だろう。そして、6月に「外来生物法」が施行されてからは、一旦捕獲した場合、その場でリリースするか、成仏させる以外は認められなくなったわけである。

世界陸上に現れた馬

2005-08-15 21:49:32 | スポーツ
68b011cf.jpg(画像はTBSのアナログ放送から)

ヘルシンキ大会は、なぜか淡々と進んでいた。各競技とも、予想通りの結果が続き、女子棒高跳びでは、ロシアのイシンバエワ選手が予想通り世界記録を1センチ更新。5m01cm。18回目の世界記録更新とは、1cmずつ更新するのがもっとも賞金額が増えることを、ブブカから教わっているようだ。

そして、ヘルシンキ大会の最大のバトル。女子マラソンが終わった。ラドクリフ圧勝。2時間20分57秒。日本勢は今一歩力不足。もっとも注目していた「走るヤマダ電機」こと江田選手は17位。ヤマダ電機の話で締めるつもりだったが、不発。かわりにもう一つのバトルを発見。解説者だ。定番の増田明美の「果てしなく言葉が出てくる」おんな古館流はいつも通りだが、今回は「そうですねー、ラドクリフさんは、とってもはやいのですねえ~~~」と冗長な末尾を得意にしている千葉真子が登場。ついに、解説業界に新規勢力が参入。

聞いていると、二人の解説はまったくかみ合ってなく、お互いに勝手にしゃべっているように聞こえたのだが、案外にも千葉の話もわかり易い。特に、レース前にラドクリフのことを、「腕を振るだけでなく、首を前後に振って走る」と言っていたのだが、これがレースが始まると、よくわかった。右足を前に出すときに首を前に振るのだ。そして左足が前に出るときには、後ろに戻している。そう、これは「馬」そのものなのだ。そして、注意深く見ると、首を振って走るのはラドクリフだけなのだ。増田VS千葉のバトルも、今後、目が離せない。

参院22人リストを眺めると・・

2005-08-14 21:51:12 | 市民A
f2a37b3b.jpg先日の参議院本会議で郵政民営化法案を否決した直接原因の自民党22人リストを作ってみる。こうみると、亀井派が12名と多い。ついで、橋本派5名。堀内派3名。やはり親分子分関係なのだろう。特に亀井静香氏と同郷の広島県選出の二人は、いわば子分そのものなので、逃げようがないのだろう。

次に、当選年だが、2年後に次回選挙を控えた2001年当選組が12名、2004年当選組が10名とこちらは影響がないようだ。小泉首相は、来年(2005年)の総裁選には出ないといっているから、どっちみち関係ないと思っているのだろう。しかし、有言実行をモットーとしている首相が最後に一つだけ前言を撤回することがないかどうかは、当の本人も含め、誰も予想できないのも事実だ(例えば国際状況の緊迫化とかあれば続投せざるを得なくなるかもしれない)。

次に比例区か選挙区(地方区)かの区分では、比例区はほとんどいない(3名)。なにしろ議員にとって最も重要な問題は、自分の椅子であることは自明であり、特に比例区では名簿の上の方に書いてもらわないと何ともならない。そういう意味で言えば、比例区なんて、ノーネーム議員で十分なのだ。まとめて自民党分は20票、とかにしておけば、実在の議員に給料を払う必要はなくなる。

次に年齢。22人の平均は64歳。私より若いのは1人しかいない。しかし、この年齢を見れば、他人の意見に耳を傾けるような人間は少ないだろうし、「説得工作」は容易ではなかっだろう。毒饅頭が効きにくいのは想像の通りだろう。

さらに、衆議院では37人が反対し、あと5票というところまで追い詰めたというムードが、参議院の反対派に攻勢をとらせたのだろうと思われるのだ。もちろん、否決したら退陣に追い込まれ、万一総選挙になっても、小泉では勝てないだろうと、読んだのだろう。まあ、参議院議員の自分には、当面の危険がない、というのがすべてのベースなのだろうが。

そして、結局、参院反対派が衆院反対派の首を切るというような惨めな結果になってしまったわけだ。亀井静香氏は、「安政の大獄のようだ」と言っているようだが、むしろ「キリシタン狩り」ではないだろうか。衆院では反対者だけでなく棄権した議員もいるし、心ならずも「身の危険」を感じ、賛成票を入れた議員も多いだろう。しかし、もちろん今となっては、もはや「反対」など言い出すわけにもいかなくなったわけだ。まさに隠れキリシタン状態なのだ。だからといって自宅の神棚の中に「〒」印の秘密のお札があるわけでもないだろう。また、だからと言って自民党本部の入口のドアマットに「踏絵」ならぬ「踏〒」があるわけでもないだろうが。

ところで、反対票を投じた中で、唯一私より若い秋元司氏(33)は比例区である。HPを見ると、「否決したら衆議院を解散する」というような「参議院を軽く見るような発言には納得できない」としている。論理としてはよくわかるが、本音はどうだったのだろう。まあ、この1ヶ月間は選挙運動の枠外で、まったくヒマになるのだろう。

ところで衆議院選挙のほうだが、小池百合子氏が東京10区で出馬ということだが、ついに首相の後任を狙い始めたということだろうか。米国も女性大統領の確率が高そうだし、それなら日本の方が先にということか。彼女がカイロ大学を卒業して日本に帰ってきてブラブラしていた時に、アラビア語教室で教わったことがある。日本新党に寄り道したりと紆余曲折過ぎていることが、キズかもしれないが、カイロ大学卒業で首相というのも、悪いものではないかなとか思ったりする。

一方、もう一人の首相候補の野田聖子氏は、なぜ反対票を投じたか、ということだが、彼女のHPを読むと、「郵政民営化では財政構造改革はできず、財投国債の廃止こそ必要」という論拠だそうだ。さらに、小泉首相のことも、「古い二項対立論者」と指摘している。要するに、「小泉後継」ではなく、「小泉以上」であることを強調しているわけだ。もちろん策は凝り過ぎた場合は、自壊的空振りに終わるのだが・・・

実は、彼女は父親が大臣であるにもかかわらず、田園調布双葉を無許可バイク免許取得で退学したり、初出馬では公認がとれずに落選したりと「セレブ」と「負け犬」との往復運動を続けている(もちろん杉田かおるとはまったく違う結末になるだろうが)。あとは、離婚すれば小泉首相とそっくり同じになるということに本人が気付いているかどうかはよくわからない。

ところで、竹中平蔵氏を広島6区で亀井静香氏にぶつけるという噂が流れているが、たぶんそうはならないだろう。前回の総選挙のあと、数的には組まなくてもよかったはずの公明党を取り込んでいたのは、今回のような騒動のときの保険だったのだろうし、弱体亀井派というのも、そのうち利用できるように残しておくのではないだろうか。

そして、今、思えば、クールビズ運動は、夏の選挙戦をノーネクタイで展開するための深慮遠謀であったのだ、と気付いたところなのである。

真昼のトランペット

2005-08-13 21:57:30 | 音楽(クラシック音楽他)
84d2b21a.gif(画像をクリックすると、拡大し、日本財団の資金の原資である競艇の画像がわかります)

最近、あちこちで無料のランチタイムコンサートが開かれている。数日前は、虎ノ門のJTビルと、その向いの日本財団ビルで同時に開催されていた。いつもは、本物のホールのJTへ行くのだが、今回は日本財団ビルの方に行くことにする。なにしろ、一階のオープンエアスペースでの出し物がトランペットだからである。

この際、このビルの前身のオーナーである日本NCRが辿った数奇な運命については、音楽と関係ないので無視することにする。さらに日本財団は、競艇のテラ銭のカスミを収入としていることも、さらにそのカスミを無担保で任意の企業に低利で貸付ていることも音楽と無関係なので無視する。もっとも無担保融資が焦げ付いたとしても、もともと、競艇で丸焦げになった人のおカネなので日本財団は痛くないからだ。さらに、郵政民営化になり、財政投融資を規制できたとしても、日本財団の融資まで規制することはできないのだが、それも無視する

武智司氏。新進のトランペッター。小池亜季さんのピアノと共演で、オープニングはパーセルのトランペットチューン。その後、内外のクラシックや歌謡曲、バラードなど幅広いレパートリーを吹く。途中で楽器の説明があったが、かなり吹くのが難しいということがわかった。そして体力と、練習する場所の確保もままならないだろうと推定する。

しかし、トランペットは表情の豊かな楽器であり、中低音の快調な「走り」と対照的な高音部分の「泣き」が、夏のけだるい昼休みをさらにけだるい気持ちにしてくれるのだ。よろよろと席を立ち上がり、徒歩1分に位置するアメリカ大使館前の共同通信ビルの最上階にあるJETRO(日本貿易振興会)の公開ライブラリーで、最近の中国関係の資料を見ておこうと歩き出すが、何か変だ。

いつもの黒いビルの側面に貼り付いていた「共同通信」と「JETRO」のロゴ看板は、整形美容手術に失敗した凸凹の顔の皮膚のように醜い側面からはがされ、かわりに緑のLOGOでHAZAMAと表示されている。旧間組であるハザマだ。

しかたなく1階ロビーで確認すると、JETROは六本木のアーク森ビル6階に移転と書いてある。引越しか・・しかし共同通信は?そしてハザマが入っていた青山のビルには誰が・・
後で、調べると、ハザマは前のビルを売ってしまったそうだ。そして共同通信は汐留に高層ビルを建てたそうだ。つまり、ストーリーはこうだろう。まず共同通信がビルを建て、移転。次に、残ったジェトロはアーク森ビル6階へ移転。一方、自社ビルを換金したハザマは賃借ビルを探していて、この共同通信社ビルを借りることになったのだ。

では、青山のハザマ引越しあとには、どの会社が入ったのだろうか。さらにアーク森ビル6階にはもともと何が入っていたのだろうか。少しネットで調べたがやはりわからなかった。まあ知る必要もないので、あっさりあきらめる。これこそ、貸しビル業者の思う壺というようにしか考えられない。

特別展「縄文 VS 弥生」国立科学博物館

2005-08-12 21:59:25 | 美術館・博物館・工芸品
26a9c8f9.jpg以前の国立科学博物館はどうしようもなくプアだった。何がプアかというと、博物館におカネをかけない国の方針がしょうもないということ。日本のこどもは夏休みに博物館に行くのだ。夏休みの宿題があるからだ。その時、こどもが将来、科学者になろうと思うような施設が足りなかったわけだ。ところが、最近はあちこちに施設が誕生している。この上野の科学博物館は建て直された。お台場の日本科学未来館もすばらしい。残念ながら、すばらしい博物館ができた頃にはこどもの数が減りだしているという現実なのだが・・

さて、その新しい科学博物館の一角で特別展が開かれている。「文化や人間」について縄文時代と弥生時代を比較しているのだ。なにしろ、最近の考古学や人類学は科学的だ。

考古学の世界では、「放射性炭素年代測定」によりかなり狭い範囲で遺跡の年代が特定される。欧州でも、従来のギリシア・ローマが先行文明でフランス・ドイツは未開人だったというのが誤りで、同時的に異文化が発生していたというように教科書が書き換えられている。同様に日本でも、弥生時代と縄文時代の関係がクリアになりつつある。対立的、唯物論的ではなく、融合的であったということだ。そして、欧州と同様に、今までの歴史をかなり遡って、縄文時代と弥生時代の切り替え時期は紀元前500年頃から紀元前1000年くらいに遡ったのである。つまり、稲作3000年の歴史ということになる。3000年の歴史の果てに到達したすばらしい成果がコシヒカリで、すばらしくない成果が農協だ。

また、人類学の分野では、「DNA鑑定」や「ミトコンドリアDNAタイプ」により、大陸との人間の交流関係がはっきりしてきた。驚くことに、縄文時代人が弥生時代人に駆逐されたわけではなく、日本では、現在でも縄文型の人間の方が弥生型人間より多いそうだ。つまり、もともとの縄文時代人というのは、比較的世界共通の人種だったのだが、北アジアの寒冷地から稲作と一緒に渡来した弥生人が弥生的ムラをつくり、戦争の習慣も持ってきたわけだが、縄文人の方も稲作を真似することにより、徐々に縄文文化が弥生化したものと考えられるわけだ。

会場の一角にあったプリントには面白いことが書いてある。
あなたは、どっち顔?というのだ。
顔の特徴は次のとおり(縄文/弥生)
 顔の形  (四角/長細い丸)
 まゆげ  (盛り上がる/平ら)
 鼻の高さ (高い/低い)
 体毛   (濃い/薄い)
 目の大きさ(大きい/小さい)
 まぶた  (ふたえ/ひとえ)
 耳たぶ  (大きい/小さい)
 歯の大きさ(小さい/大きい)
 唇の形  (大きく厚い/小さく薄い)

私は9個中7個が縄文系。

明治以来、考古学や人類学の分野には、かなり怪しい先生が多かったらしい。自作の石器で名をなした教授もいた。「彼と私は違います」とピラミッド学の吉村作治先生も講演していたが、ミイラの偽者をつくるのは大変だからだろう。そしてなにしろ、弥生時代の名前の基になった弥生地区は、上野から10分ほど歩けば行ける場所なのだが、その弥生地区のどこで最初の土器が発見されたのか、今やわからないそうである。

さらに、なぜ、この「ガチンコ対決 縄文VS弥生」というような変な名前が展示会につけられたのか?まるで野球かプロレスの試合のようだと思われるだろうが、スポンサーの会社が鍵だ。「読売新聞社」である。なぜこんなところにまで現れるのだろう。

Koizumi calls election

2005-08-11 22:03:55 | 市民A
ae347978.gif(画像クリックで拡大します)
衆議院議員選挙が9月11日に行われる。解散すると株価は一時的に500円下がると言われていた。実際には、解散の瞬間までには2日間で約300円下がったが、その直後から上昇に転じ、日経平均11,900円まで戻した。外人は夏休みのはずなのに買い越し傾向を続ける。500円下がってから仕込もうと思っていた筋は、空振り。逆に選挙後の方が株価があぶない。

現代日本における政党と政策の歪みは、また触れるとして、もっと低俗な話でいく。選挙のあらっぽい予想だ。もっと複雑でプロっぽい予想は8月後半に、突然に夏休みの無くなった新聞記者が偏見に基づいた意見を書くだろうから、きょうはもっと簡単な話だ。

まず、造反37人リストを作ってみる。意外にも比例区議員が12人もいる。この人たちは、「新党」を期待していたはずだ。だいいち、無所属では比例区に席がないのだから、可能性はほぼゼロだ。軽率な判断は政治家の資質向きではない。この12議席は与野党が半分ずつ持っていくだろう。自民6、民主6。

次に小選挙区の25人だが、ほとんどがローカル側の県だ。首都圏はきわめて限定的だ。そして、これこそが今回の選挙の焦点で、論争点の多くは「都市対ローカル」という構造なのだが、逆にこれが問題なのだ。都市部では自民も、民主も候補者の打ち出す政策の違いはないわけだ。一方、ローカルに行くと、自民と民主の両方が郵便局支持派だったりするわけだ(民主ではなく民守になる)。つまり、首相は信任投票と強調するが、個々の小選挙区では論争になりにくい状態のわけだ。

となると、造反25人に対して自民党は、対抗候補を立てて、「共倒れ戦略」を展開すると思われるのだ。つまり、民主党に議席を取られてもしかたがない、という戦略だ。仮に25票全部が民主党に流れたとして仮定しておく。

次に、公明党の事情だが、まだ、公認候補が出揃っていない。現状34名に対して、まだ31人しか公認予定がない(読売より)。公明党の事情はまったく知る由もないのだが、よくわからない話だ。私の唯一の懸念は、先日、法務委員会での共謀罪審議の際に、うっかり党内タカ派の意見を暴露してしまった北陸信越比例区の漆原良夫議員が、はずされないことを祈りたい。問題は投票率だが、争点が郵政に偏ると都市部の得票率は下がり、公明党には僅かに有利になるものと思われる。

ところで、小泉首相は、「自公で過半数とれなければ下野する」と言っているが、話は簡単ではないかもしれない。現有勢力から言えば、自公で293議席だ。ここから37議席を失い、比例区で6議席を得られれば、262議席となり、過半数241議席にはまだ余裕がある。もっとも民主党は現有175議席が206議席程度になり、ほぼ自民党と対抗しうる勢力になる。

結局、今回の造反議員の出身がローカルであることから言うと、民主党のローカル政党化はますます加速し、自民党の都市政党化が進みはじめるということになるのだろうか。民主党の岡田党首も、政権取れなければ辞める、と言い出したが、彼も言行一致型なのでちょっと過激だなって感じている。

注目の一つは、東京・神奈川という首都圏である。民主党優勢地区になっているのだが、今回は自民党に傾斜するような予感があるのだ。私の周囲でも、高年齢層は民主、低年齢層は自民といった支持意見が多い。一方、首都圏の自民・民主の競り合いの行方に影響力があると考えられる都知事は、今回は無口になるのだろうと思う。

しかし、今から予想できるいくつかの問題がある。まず、自公両党で過半数になったとしても、参議院で通るのだろうか。あまり変わらないのではないかと思ってしまう。そうすると、本物の政治的混迷が始まるのだろう。

もう一つ、選挙期間中に首相が靖国参拝をしたりすると、話は一気に変わるのだろう。ないとは思うのだが、確信もまたない。それというのも、靖国神社の鳥居の前で、とおせんぼをするために、各政党の中で最も神社に近い三宅坂に本部をおいている社民党の党首は全国遊説の旅に出ているはずだからである。

諸行無常のLivedoor Blog

2005-08-10 22:08:16 | 市民A
c0cfa40a.jpgLivedoor Blogが新環境(新サーバー)に移行するという話を聞いてから2ヶ月位になる。その見返りに若干の利便性が向上されるという話の一つが、パッケージデザインの多様化であるが、その新サーバー移行はダラダラと長引いている。そして、利用者の「いらいら」が爆発する寸前に、「担当の有賀さん」からの開発日誌が発表される。最近のパターンを見ると月水金が開発日誌発表日になっている。8月8日には、全データの移行が終了すると発表したにもかかわらず、何の変化もない。

その8月8日の開発日誌には以下の記載がある。
■データ移行進捗につきまして
前回の告知の際に8月8日頃を終了予定とさせていただいておりましたが、現状まだ全ての移行は完了しておりません。本日の時点で50万件超のデータ移行が完了しておりますが、もう少し時間がかかる見通しです。

しかし、7月29日にはこう書いてあった。
■データ移行進捗につきまして
今週のデータ移行状況を報告させていただきます。
現在約50万弱のブログの移行が完了しております。前回ご報告時から移行数の伸びが鈍化しておりますが、今週は最後のまとまった台数のサーバ、ハードウェア手配などを行っていたため進捗にずれが発生しました。
これら準備が終わり次第、移行処理稼動サーバを増設し並行処理を開始します。
予定としておりました7月末を超過することになり、お待ちいただいたお客様にはご迷惑をおかけし申し訳ございません。
なお、データ移行の完了時期につきましては8月8日頃を新しい予定とさせていただきます。

さらに7月22日には、
■データ移行進捗につきまして
現在のデータ移行状況ですが、約50%、30万程度の移行が完了しております。

これらを総合して考えると、6月中旬から7月22日までに30万人、29日までに20万人、8月8日までには0人で、残りは10万人(つまり全体の1/6)。つまり長く付き合っているユーザーを後回しにして、新しいユーザーから対応しているのだろう。(固定客は軽視し、新規客を優遇するというのはマーケティングの基本だ)

こことは、長い付き合いなので、いいかげんさはよくわかっているので気にしないことにしたのと、既に新環境になった方のデザインでも、まだシックリいくものを見かけていないので、旧システムのまま、先月から先行してトップページのデザインを変えている。もっとも主に画像の張替えとそれに伴う微調整だけなのだが・・

以前のデザインは「ガ島通信」さんと同じようなものだったのだが、偶然、あるところで、「こういうデザインの告発サイトは懐かしい」とわけのわからないことを書かれているの発見したので・・

とりあえずは、手元の画像で対応して、そのうち他人さまのブログから許可を得て1ヶ月単位で拝借しようかなって思ってもいるのだが、将来のことはLivedoor Blog同様に諸行無常ということ。

下田水族館でのイルカショーの一瞬をトリミングしたり、ちょっとイルカをスリムにしたり、色調変えたりしたものを使った。昨年7月21日に、一回エントリ中に使用。

月末日の振込み確認で大混乱

2005-08-10 16:28:03 | マーケティング
いつもブログばかり書いているわけではなく、昼間は情けない仕事をしている時が多い。仕事をしていない時は、サボっている時だ。サラリーマンの外出には二通りある。「おカネを稼ぐための仕事」と「おカネを遣うためのサボり」だ。

実は、2ヶ月位かけ、じっくり画策していたある商品の輸出が決まった。ずいぶんとヒヤカシの一見客がやってきていたのだが、なかなか成約しない。というのもアジア系の人たちが、日本に「EXPO」を見にいくために口実として商談を使っているように感じていた。ひどいのは、最初からセントレアに直行したのもいた。商談はキャンセル。

そして、やっとの思いで一応成約したのだが、7月下旬の台風で、日本での引渡し日が7月29日に変更。金曜日だが銀行営業日としては「月末日扱い」だ。問題は、決済方法だ。だいたい、日本の周りには契約遵守をしない国が多い。過去の例からいっても、ほとんどデタラメ。うかうかしていると、インボイス(仕送状)の書き換えを依頼されることもあった。もちろん定率関税のある国で、脱税に使う臭いがするし、脱税幇助として、妙な国に引き渡されて暑い(あるいは冷たい)刑務所に入れられるのはゴメンなので、「法令順守」「安全第一」で仕事をしている。

しかし一方で、残念ながら取引相手の会社で銀行保証をつけてくれる先も、まずない。結局、輸出品を日本の港で引き渡す際に、現金の引渡しも行うという、かなり原始的な方法になる。本来は、前日に入金してもらい、当日はプロトコルにサインするだけにしたいのだが、相手側がこちらを信じていないのは、こちらが相手を信じていないのと、ほぼ同じ程度なので、先に払ってはくれない。さらに、複雑なのは、当方の品物は一部が他の会社と共有になっていて、売主が二人になる。委任状はもっているのだが、共有者の希望は、少額なので「現金(円)で回収」。当方は金額が大きいので、現金は困る。というのも近隣国には偽札作りの得意な国もある。まさか1枚ずつ本物と見比べるわけにはいかない。某知事のようなレイシストではないが、本質的に日本の周りに商売上、安全な国はない。

そして、朝、当方の品物が倉庫に届く。しばらくして現れた相手は二人だが、一人は仲介者。もう一人がアジア系の方で、買主である。検品が終わると、まず共有者の分の少額現金(といっても札束)の授受を行う。昔、悪徳銀行員からおそわった札束の数え方で、あっという間に数え終わる。それも立ったまま。相手を驚かせてやるわけだ。そして、まず一枚目の領収書を渡す。そして次が問題だ。

振込みといっても口座振替は困るのだ。なぜかというと、この手の相手は、だいたい日本国内に偽名口座を持っていることが多い。なにしろ本国からの送金がままならないので、あちこちに色々な資金をおいて、用立てている。必要悪ということらしい。そのため、その口座から振替ると、売った相手と違う会社から当方に振り込まれてしまうわけだ。それはマズイ。したがって、一旦、相手が誰かの口座から引き出した現金を、手書き振込用紙で処理してもらわねばならない。そして、その日、振り込まれるべき現金は、なんとすでに相手のカバンの中にある。

結局タクシーを呼んで、振込口座と同行の支店に向かう。そして見ている前で手続きを行う。本来ならそこで終わりだが、入金確認しても振り込まれていない。窓口で聞くと、到着まで2時間以上かかるという。「なにしろ、きょうは月末日ですから」とこちらに非のあるような言い方をする。11時だから午後になる。密輸するわけではないので、税関に申請することになるのに、時間がない。結局、プロトコルを行って、通関までしておいて、最終的に品物を引き渡すのは、入金確認ができてからということにする。結局、銀行のロビーで書類を作るハメになる。ヒドいサービスだ。何がメガバンクだ。何がオンラインなのだ・・あしたも働け!!

そして、昼食もとらずに、もとの倉庫に戻るが、太陽は元気だ。そして桟橋には積込んだら直ちに出港する予定の小型の貨物船が到着している。まさに密輸的だ。しかし何も怪しいものではなく、トカレフを足首に忍ばせる必要はない(はずだ)。ただ月末日の銀行の事務能力の欠如のために空しく待っているだけだ。そして、窓口行員の予想した待ち時間を1時間超過して、3時間後の2時になって入金確認が終わる。全部、本物の日本円だったわけだ。

そして、あっという間に輸出品は、貨物船に積み込まれ、1秒後に猛スピードで出航していった。ポケットに札束を入れたまま、3人で近くの喫茶店に行くが、他の二人はカレーライスを注文したが、私だけは食事をとらずにアイスコーヒーだけにする。すると、アジア系外国人が携帯で話し始める。まったく意味はわからないのだが、雰囲気が悪い。どうも船が戻ってくるらしい。まずいな。トイレに行くふりをして、店を出て、通りがかりのタクシーに乗ってそのまま遁走。味気ないカレーになっただろう。


何か、小説家になる直前の浅田次郎みたいだ。中途半端な夏、磨り減った靴とポケットには紙くず、そして嫌な頭痛あり。

目白雑録(ひびのあれこれ)金井美恵子著

2005-08-09 22:09:45 | 書評
4a46a6f7.jpg金井美恵子は相当な寡作作家だ。村上春樹よりペースは遅く、かつ、大量に出版されるわけではない。愛読者はかなり固定的だと思うが、何年も間隔があくので、つい忘れてしまう。そして、時折、中型書店で探すと、売れ残った一冊にお目にかかることができる。ああ、手間のかかる作家だ。

実は、彼女の作品はほとんど読んでいる。が、なかなか、他人には勧めかねる部分もある。文章が長い(というか普通には長すぎるというのだろう。ジャパニーズ・ジョイス)。

例えば、2000年5月に出版された、「彼女(たち)について私の知っている二、三の事柄」という題名からして長い小説は、第1章「どうしてこうなったか」は11ページの間に句読点(まる)は7つしかない。ついでに第2章「何がどうなっているか、1」は11ページで句読点は10 。句読点ごとに息継ぎをするような刹那的な読み方をする向きの方には窒息小説となる。

まあ、それが金井美恵子だ、といえばそうなのだ。が、このエッセイ「目白雑録」は、わりかし一文節が短い。こんな始まりだ。

<頭の中身>
足かけ五年というのは、ある意味ではあっという間に過ぎたといってもいいのだが、それだけの時間をかけて(費やして、という、なんとなく古めかしい言い方を思い出さないわけでもないが)、「群像」に連載していた長編小説が、去年の八月号で終り、今年の一月に「噂の娘」が上梓されて、なんと言うか、しばらく一種の放心状態が続いている。

しかし、次の文節は句読点まで19行。三つ目の文節も19行もある。

実は、この作家の小説は、彼女が高校(高崎女子高校だったか)卒業前後に発表した、「夢の時間」、「愛の生活」、「兎」、「岸辺のない海」などは途方もない広漠としたスケールを感じるのだが、その後、大人になり文壇の片隅に「居心地のいい四畳半」を見つけると、読者の希望とまったく違う、「ありふれた日常性をリアルな目で見る」という方向へどんどん突き進んでいったのだが、それもまた個性として受け止めなければならない。

ファンとして言うと、小説とエッセイとは見分けがつかないというか、永井荷風的なのだろうけど、一転して、その批評で見せる分析力は辛辣であり、もう一度だけでいいから、読者である私のために、切れ味のいい無重力の世界をもう一度書いてほしいなって思いながらも、また金井節に引き込まれてしまう。

ところで、本書の中で、彼女が指摘した図書館と小説家の関係論について考えてみる。

図書館の存在が小説家の生活を脅かしているので、図書の貸し出しを有料化しようという話は聞いたことがあるだろうが、その背後の問題を、彼女は分析している。

まず、実態からいうと、「複本」問題というのがあるそうだ。人気作家(たとえば、渡辺淳一氏のような)の小説は、新刊が出ると、多くの人が予約するため、なかなか書棚に並ばなくなってしまうわけだ。そのため、図書館では、「愛の流刑地」5冊とか、たくさんの新刊を買い入れることにするわけだ。一方、図書館は予算で運営しているのだから、特定の作者の本をたくさん買うことは、売れない作家の本を買わないことになる。つまり、たくさん売れる作家にとっては、どうでもいいような図書館問題のしわよせが、金井美恵子のような売れない作家の図書館向け販売冊数に影響するということらしいのだ。

ただし、一方、彼女が指摘するのは、人口当たりの図書館の数の少なさで、欧州各国の1/10くらいの密度しかないので、図書館数が増えることは、彼女程度の普通の作家にとっては、ベース販売量の確保ということになるので、逆にうれしいことだ、としている。また、現在の図書館数によって、出版時の採算最低ラインが維持されていると言うことらしい。これは、図書館が増えたら書店で本を売らなくてもいい、ということになるのだろうか。

現在の日本の図書館の問題は、「中途半端」ということなのだろうか。頭が弱いので、私にはそこから先の経済学はよく解らない。


そして、苦渋の難航海の結果、やっと読了に近づいたところで、続けてもう一冊出版されていたことを知る。”「競争相手は馬鹿ばかり」の世界へようこそ”。文壇のことだそうだ。還暦が近づき、出版ペースが早くなった。本気になったのか。過激さが戻ってくると大変うれしい。しょせん文壇の中では生きられないだろうから、ボコボコ書いてしまえ。島田雅彦や川上弘美のことなど構ってなくていい。


若い時分に彼女の原稿用紙の上から不条理の世界に次々に逃げ出していった主人公達の続編をずっとずっと待っているのだから・・

頑張れ金井美恵子といったところだ。

ドレスデン美術館はドイツ人好み

2005-08-08 22:12:42 | 美術館・博物館・工芸品
5f22dd9c.jpgドレスデン国立美術館展(06/28-09/19)が上野の西洋美術館で開催中だ。上野の森は暑いが、駅から一番近い場所なのでなんとかなる。もっとも、どうみても上野駅公園口には緑が少ない。東京文化会館と西洋美術館の周囲にはもっと大木を植えないと信号待ちの間にも焼け焦げる。「暑い」と愚痴をこぼさないのは、西洋美術館の前庭で物思いに耽る、ロダン作「考える人」だけだ。

ドレスデンはドイツの鎌倉とでもいうべき歴史のある町だ。そして、ドイツは小さな国に別れていて、戦争ばかりやっていた。そして、統一ドイツ(プロイセン)を作ったと思ったら、すぐに大戦争をはじめたわけだ。そして、ドレスデンはドイツ北部の平野と南部の高地の中間にあり、第二次大戦の終局間近に、イギリスによる徹底的な爆撃を受ける(1945年2月13日-14日)。死者の数は当初20万人と言われ、その後13万5千人と修正され、3万5千人と下方修正されたりで、本当のところはわからない。町は2日間に3回の爆撃で文字通り灰燼と帰した、とされているのだが、この美術館のお宝は一体どうやって戦火を免れたのだろうか?その話はどこにも記載されていなかった。

愛読ブログの一つである「はろるど・わーど」さんも触れているように、美術展というよりも「至宝展」といった方がいいかもしれない。7つのセクション(テーマ)で構成されているのだが、多くは工芸品や武具、科学用品である。

セクション1 ドレスデンの美術収集室
 いきなりお宝である。ドイツらしく科学計測機器が多数集められている。中には16世紀の地球儀もあるが、世界地図の中で「日本だけが不正確」である。原寸の3倍くらいの大きさに描かれ、さらに北海道はあとで付け加えられ紙で貼っている。欧州から見ると、アメリカ大陸よりもアフリカ大陸よりもさらに遠い。世界でもっとも Far East であったわけだ。

セクション2 オスマン帝国-恐怖と魅惑
 中世の武器が勢ぞろいである。兜や鎧や半月刀や長い鎌や斧のような武器が並べられているが、中には実戦で使われたものもあるだろう。かなり怖い。イスラム教を嫌いなのもわからぬではない。みるからに痛そうだ。月に一回は研いているのだろう。いまでも、キリスト教関係者はこれを見ると、イスラム教徒の凶暴性を思い出し、頭に血が上るのだろう。トルコ人がドイツで嫌われている事情がよくわかる。

セクション3 イタリア-芸術の理想像
 イタリアは昔からかわらない。手の込んだ芸術品を作り出す。現代でも同じだ。特に宝石をつかった工芸品は豪華だ。会場の一角に女性たちが滞留しているコーナーがある。近づいて後ろから背伸びをしてみると、ダイヤモンドを使った装飾品だ。見ても満足しないだろうに・・そして、その隣には男の子たちが集まっている。こちらは背伸びは必要ない。展示は「二連発銃」だ。こちらは将来、手にしない方がいい。マフィア予備軍。

セクション4 フランス-宮廷文化
 少しパワーなし。フランス人はドイツ人には美術品を高値でふっかけたのかもしれない。

セクション5 東アジア-別世界
 中国、日本の伊万里とマイセンを比較している。というのもドレスデンの隣町がマイセンである。どうも伊万里とマイセンは兄弟だったようだ。そのうち書きたいこともあるのでボチボチ調べている。超巨大&超巨額の伊万里も出品。

セクション6 オランダ
 レンブラント中心

セクション7 ロマン主義
 主にドイツ人画家をとりあげている。

全部で200点以上の大量出展である。やはり、ドイツ人らしい生真面目さが表に出ている展覧会といえる。部屋ごとにテーマを決めて、キッチリと時代別に並べて、順路に従って歩かせるというような発想は、この民族をおいて他に追随を許さないが、歴史をみればあまり成功していない。やはり、芸術を作る国ではなく、きちんと収集してカテゴリとかツリー構造でファイル管理するというのが大好きで快感なのだろう。

特別展の入場券で、さらに常設展にも入場できる。西洋美術館は特に印象派に強く名画が無造作に展示されているので、2階奥の方へ行けばいい。


最後におまけの話だが、ドレスデンが戦争の最終局面まで空襲を受けなかったのは、「美術品被害」を小さくするためでは、まったくないそうだ。最後に他の地区から人口が流入したところを一挙に爆撃しようという戦略だったのだ。そして、英国はソビエトに対して格好を付けるため、自己アピールの場にしようとしたわけだ。対抗して、ソビエトは最終局面で日本戦を始めた。

一方で、京都が空襲されなかったのは、「米国人の文化性」であると、本気で信じていた人が1991年までは大勢いたのだが、新たな米側から発見された資料では、1945年7月段階では、原爆投下候補地として、京都・広島・小倉・新潟の順になっていたそうだ。現に、1945年7月26日には、B29が1機単独で京都に来襲し、1キロ爆弾ならぬ5キロ爆弾を一個だけ落下させている(6人死亡)。原爆投下の練習だったのである。原爆は投下後約1分で爆発するので、B29は投下後、まっすぐ飛んでいくと慣性の法則で爆弾との距離が離れないので、直ちに右旋回(プロペラが右回転なので、右の方が曲がりやすい)しなければならず、その練習をしたのだった。最終的に京都爆破が中止になったのは、人口が多過ぎた(100万人)かららしい。

同様なことを現在考えている国家元首がいないことを願いたいのだが・・

独白的時評

2005-08-08 16:29:40 | 市民A
1.参院の価値
  憲法改正の時には、「廃止」がいい。衆院より定員が少ないのだけが取り柄。
  扇千景議長の最後の1票が決め手になるかな?
  →記名投票になったので、議長があらかじめ投票箱に細工することは不可能

2.民主党
  こちらも分裂しなければならないんじゃないかな?
  全逓推薦候補は何人?

3.森、首相説得失敗
  あなたが、駄目だから現首相になったのではなかったか?
  もしかしたら、首相援護の茶番劇かもしれないと疑う。解散風を強くして・・

4.サマータイム法案頓挫
  これこそ目的が非科学的。
  一方、共謀罪はどうなったのか?

5.東京、五輪立候補
  2016年と言ってるが、本当は2008年の補欠と言いたいだろう。が、それではまたデモが起きる。
  ゴルフが種目に選ばれたら、若洲でやればいい。ゴミ問題解決の一方策。ゴミの島でゴルフ。

6.6者協議休会
  韓国に任せたらどうだろう。統一相までいるのだから。合併でほとんどの問題は片付きそうだ。
  ただし、国民選挙をすると大将軍が大統領になる可能性が高いらしいが。(北一南群現象)

7.常任理事国は無理か?
  やはりG4の残り3ヶ国は頼りにならなかった。
  アフリカの中もバラバラ。いつもそうだ。