「負け残り戦術」についての感想

2018-07-02 00:00:06 | スポーツ
W杯予選リーグH組の最終第三戦で日本チームはポーランドに対し0対1で敗戦しそうにも関わらず、引き分けを狙うことなく辛くも他会場のセネガルをフェアプレーポイントで上回りH組2位で決勝トーナメントに進んだ。

話が複雑なのは、日本が無条件降伏した時に、まだセネガルは1点を取ることにもがいていて、コロンビアがきちんと0点で抑えてくれるかどうか心証はなかっただろう。

ただ、日本にもコロンビアにも言えるのだが、陰に隠れたブラジル問題というのがあって、1位になれば弱い方のトーナメントに入ることができるはずだった。ところが、途中の情勢変化で、日本とセネガルは「1位の夢を捨て、2位になること」に目標が変わる。セネガルは攻めまくるしかないが、日本だけは「引分けを狙うか、1点差負けをキープするか」というハムレット状態になった。

で、海外メディアのほとんどは批判し、国内のファンの意見は、賛否半々といった状態になった。

海外の声は、基本的に「いい試合をテレビで観たいのに、・・」といったいわば他人事なのでどうでもいいのだろう。国内の反対の声というのもスポーツマンシップという実在しない理想論に基づくものが多い。

思うに、実際にスポーツの正選手としてトーナメントやリーグ戦をしたことにある人は、ほぼ「負け残り戦術」を肯定するのではないだろうか。次の試合をしたいのである。

もっとも監督が、試合後の会見で『日本は弱いので、これ位は大目に見てほしい』と言えば済んだ問題のような気もする。また、うまくいった方は途中経過などすぐに忘れてしまうのが常なので、すぐに風化しそうな気がする。

ところで、様々な情報を分析して大敗ではなく小敗にすませるというような考え方、古くは昭和16年の日米開戦前夜の御前会議で山本五十六が「1年間は暴れられるが・・」といったことを思い出させた。結局、無謀な戦いにチャレンジしてすべてを失った。満州の権益を米国に分け与えるような妥協案(つまり負け残り戦術)を模索すればよかったのだろうか。

コメント   この記事についてブログを書く
« 日産ギャラリーは広すぎるかも | トップ | 動画を見る勇気なし »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

スポーツ」カテゴリの最新記事