将棋めし研究家とは

2019-03-09 00:00:11 | しょうぎ
実は、昨年末に届いた将棋ペンクラブの機関誌の中に、1月5日に板橋区の文化会館で行われる『将棋と文学シンポジウム』の予定が書かれていて、対談「将棋メシの世界とフィクション」が行われるとなっていて、対談者は松本渚(漫画家)と小笠原輝(将棋めし研究家)となっていた。

松本渚さんは特に将棋関係の漫画家で、最近は『将棋めし』という将棋グルメ作品を描いている。実は、将棋の話ではないが、料理の絵を描くというのは難しい。漫画はリアリズムでは描かない約束のようなものがあって、人物でいえば顔を大きくするし、顔立ちも目や耳は一般に大きく描くのだが、料理の絵を描くときは、ある程度リアルに描かないと料理の区別が難しい。鰻重やデザートなんか、特に難しい。鰻重が海苔弁当に見えたりする。

で、もう一人の小笠原輝さんの職業が将棋めし研究家というのが驚いた。しかも昨年12月からは将棋世界誌に将棋めしの連載を始めていて、第一回は御城将棋における将棋めしの関係だったらしく、将棋めしの研究を本当にやっていて、多くの時間を国会図書館で過ごしているそうだ。

ということで、将棋世界2018年12月号をあたると、天狗太郎氏が1960年9月号で、「朝夕二汁五菜之御料理、木具にて被下置、御吸物、御酒、御菓子、御茶被下置候、・・」と記述したことが紹介されていた。天狗太郎氏の引用の出所は「本因坊家略記」とされていて、別途、小笠原氏は「碁所旧記」に同様の記載があって天和2年の御城将棋であるとされている。「同廿四日、碁将棋仰せ付られ、未明より登場仕り候、朝夕の御料理二汁五菜、御菓子御茶下し置かれ」。

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*補足すると、将棋と囲碁は同時に並んで対局が行われていた。残念ながら上座が囲碁で下座が将棋。ということで、囲碁の本に料理が書かれていて、将棋の棋士も同じ物を食べただろうという推測である。ただし、天和2年の御城将棋は12月22日に行われていて、24日との記載とは差がある。未明に城に上がったというのは、朝食が日の出のすぐ後だったからだろう。昼食は出ないが、そもそも、江戸時代は、一般の人は一日二食制であり、ランチの代わりに饅頭などを食べていたようだが、御城将棋でも茶と菓子が出たのだろう。酒は対局後であろうか。あるいは対局前の清めだったのだろうか。不明だ。調べたところ、当日の対局者は五代大橋宗桂と三代大橋宗与である。

ところで、将棋めしがブームになったのは、棋士が食事の時間にスマホソフト使用によるカンニングを防止するために対局会場からの外出禁止となったことで、必然的に出前を取ることになったからなのだ。特に、いつも鰻重を注文する加藤一二三先生と、対極ともいうべくメニューをチラッと見ただけで、周囲の予測をはずす注文をする藤井七段というキャラがいるわけだ。(私の見立てでは、藤井七段はメニューを見て、当日ではなく次回の対局の時のメニューを決めているのだろうと想像している。)

個人的には、自分が大会などに出場するときは、午前中はアミノヴァイタルのようなアミノ酸を摂取し、午後はバナナやチョコレートでカロリーを補強している。メシではなくサプリに拘っている。


さて、2月23日出題作の解答。

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5九歩は不要駒だった。

動く将棋盤はこちら


今週の問題。

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これも消去法的に手を絞っていけば正解に近づく。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ正誤判定します。
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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (蛇塚の坂本)
2019-03-10 21:49:04
最終手○○○の○○手詰み。
桂と角の連携面白い。
Unknown (おおた葉一郎)
2019-03-10 21:49:54
坂本様、
そうですね、ちょっとごちゃごちゃした場所ですけど。

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