呪いの最終章か、丸亀城高石垣崩壊

2018-10-10 00:00:33 | The 城
台風の連発で全国至る所で崖が崩れているが、丸亀城の高石垣が派手に崩れた。

実は、丸亀城の天守閣は、全国の12しか残っていないオリジナルの天守閣のわけだ(388歳)。しかも、その高石垣は、日本でも指折りのスケールを誇るわけだ。

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過去に二度、城に登っているのだが、2014年に行った時の画像を少し逆光補正してみた。

次に今回の崩落個所だが、テレビの画像からおこしたのだが、私の撮影位置から写してもらいたかった。後半で触れるが、現在の天守閣が完成したのは1660年なのだが、さかのぼること70年ほど前、生駒親正という大名の時代に丸亀城は完成している。生駒氏は豊臣家の家臣で、戦功を重ねた結果、讃岐(香川県)を一括して17万6千石を与えられていた。そして、高松城の他に丸亀城も造ったわけだ。

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そして、運命の関ヶ原の戦いの時には、生駒親正本人は出家を装い西軍を支援していたのだが、お家の為に息子は東軍に味方していた(要するに、どっちが勝ってもいいようにしたわけだ)。その結果、讃岐の国の所領を守ることができたわけだ。ただし、徳川幕府による1615年の「一国一城令」により、高松城だけを残し、丸亀城の廃止が決まった。

ところが、よせばいいのに、猿知恵を使って、城郭をそのままにして周りに樹木を並べて隠そうとしたわけだ。(実際に高松城は海に面した平地で、治世面では好都合だが戦闘用としては無防備に近い)さらに。生駒騒動というお家騒動があり、改易になり、出羽国へ転封となる。さらに、讃岐は東西にバラバラとなり西側(丸亀)は一つの国となって、1643年に山崎家治を藩主として迎えることになる。そして、一国一城ということで、再び丸亀城が立ち上がることになる。

この山崎家治がどこから来たかというと、実は天草藩。天草と言えばキリスト教信者の天草四郎を中心に、年貢の厳しさに農民たちが公権力と戦って敗れた島原の乱が1638年のこと。

なぜ、年貢が厳しかったというと、島原や唐津の大名が、自分の格付けを上げるために石高を二倍にして幕府に申告していたからだ。そのため年貢も二倍になる。たまたまキリスト教信者が多い場所だったから、幕府はキリスト教の取り締まりという名目にしてしまう。

島原の乱では蜂起側は37,000人が全滅(内通者1名を除く)。幕府軍と合わせると40,000人が亡くなった。江戸幕府最後の戊辰戦争の死者は10,000人前後と言われる。島原の乱の次に国内で大量の戦争死者を出したのは1945年の沖縄戦で、約200,000人と言われる。

そして、島原の乱の後、天草(富岡)藩の藩主になったのが、山崎家治。徳川家による大坂城の新築を担当した石垣造りの名人と言われるが、あくまでも建物の土台としての石垣を作る(建築工事)のがうまいわけで、土木工事としての石垣は未知数。

しかし、新人大名の最初の勤務地が島原とは荷が重すぎた。元はと言えば、石高をごまかしたことから重税になったのだが、幕府としては認めたくないわけで、結局、藩の経営はうまくいかず、ちょうどバラバラになった丸亀に3年後の1643年に人事異動することになる。天草は御天領となり、石高問題はうやむやになる。37,000人の死者の怒りは山崎の背中に張り付くわけだ(怨念1)。

そして、山崎は丸亀に築城を決意し、見ての通りの絶壁に石垣を作り始める。そして石垣完成の日、山崎家治の胸には大きな不安がわきあがってくる。それは、この石垣工事の責任者だった羽板重三郎のことだった。難攻不落と思われるこの石垣を、彼はあたかも猿のように自由に石垣の上で移動しているわけだ。つまり大した石垣ではないと第三者に思われてしまうわけだ。

そして、山崎は重三郎に対して、古井戸の探索を命じ、井戸にもぐったあと、その上から大量の石を投じ、殺害してしまったわけだ。(怨念2)

山崎家治が丸亀に来たのが1643年。しかし、天守閣まで完成するには17年かかっている。まず、家治は、石垣が完成してまもなく1648年に亡くなり、息子の俊家が山崎家を継ぐ。ところがその俊家は3年後の1651年に亡くなり、その息子の治頼が3歳で家を継ぐのだが、6年後の1657年に享年8歳で亡くなっている。その結果、お家断絶は免れるも改易となる(怨念3)。

そして、1658年に京極高和が6万石大名として丸亀藩は落ち着きを取り戻すわけだ。石垣が崩壊した一昨日まではだが。


しかし、この壮絶な怨念が石垣の崩壊ということで終結するのだろうか。画像を見ていると、この高石垣が無残に崩れてしまうと、その上に立つ天守閣は無事なのだろうかと疑問が湧いてくる。というか、見れば見るほど、疑問が確信に変わっていくわけだ。
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