三度目の「雪国」、いくつかの新解釈

2005-06-06 22:24:29 | 書評
87b6ceeb.jpg「雪国」。川端康成作を読む。三度目。二度目に読んでからは、相当の期間が経っている。多くの謎めいた表現が散りばめられた、作者自身、最も愛した小説を読むことにした。病院のベンチで、とある時間を過ごすことになったからだ。ゆっくりとゆっくりと読み直したい小説である。私の中では、「最も美しい小説」なのである。そして、いくつかの大きな謎の部分を抱えたままであるのだが、私の人生の紆余曲折と合わせてみれば、少しずつ理解できていく部分もあるはずだ。

さらに便利なことに、、今やこの超有名な作品は、多くの方の多様な解釈をNET上で確認することができる。しかし、もちろん先入観を捨て、1ページ目から行を追ったのだ。

「国境」の読み方問題
”国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。”
有名な書き出しである。ひとことで、越後湯沢であることがわかるし、夜の闇に汽車の灯りが輝いている状景が浮かぶ。そして問題は、「国境」が「こっきょう」なのか「くにざかい」かという長い論争になるのである。もちろん、誰かが本人に生前確認すべきだったのかも知れないが、今や自由解釈で論争の種になっている。川端康成は難しい漢字にはルビを打つ習慣であったそうなので、わざわざ解釈に二面性を持たせたのだろうか。もともと、「こっきょう」説が強かったのだが今は「くにざかい」説が強いようだ(7:3くらいか)。

もちろん,いわゆる国家としての国境があるわけではなく、群馬と新潟の境なのだから、「くにざかい」というのだろうというのが一つの説だ。また、小説の中身は、「こっきょう」という堅い語感とは違うという説もある。逆に「こっきょう」説の代表は、NHKの「雪国」特集でナレーターが「こっきょう」と発言したのに同席した川端自身がクレームをつけなかったというのがある。

本人が既にいないのでいかなる意味でも推測であるが、私は「こっきょう」説をとりたい。この小説の中で、汽車に乗るという行為は雪国と東京という二極論になっている。駒子も葉子も島村にとってもそうだ。となればそれをあらわすコトバは「こっきょう」という強い意志をもったことばであるのだろうと想像している。東京にくるまでには県境は他にもあるわけだし、二極的に考えれば、「くにざかい」では弱い。

また、諸説の中には、東京側からみたら「こっきょう」で、湯沢側からみれば「くにざかい」という説もあり、この推測も捨てがたいものはある。

「いい女」とは
小説のかなりの”キモ”になるのかもしれないが。後半のエンディングに向うきっかけとして、少しのコトバの綾が入っている。島村は3回目に湯沢を訪れた時に駒子に対して、「いい子」と言い、そのあと「いい女」と言い直す。その時、駒子は少し聞き違いをして、「いい女」であったことに悔しがり、一旦姿を消した後、しばらくして「いい女」でも構わないという言い方で戻ってくるのだが、そこの意味はどうも二重になっているように思えるのだ。駒子が聞き違ったのは「いい女」=「いつ湯沢にきても、抱ける都合のいい女」という意味だろうし、小説中の島村が感じたのは「いい女」=「感度のいい女」という意味であるのだと思う。そこの部分が、かなり冒頭の左手の人差し指につながっているのだろうと思う。

なぜ左手の指なのか
これは、鉄道ブログなんか書いたせいかもしれないが(単なる想像だが)、冒頭の"汽車が一旦信号所で停車するシーン"は、単線の上り下りのすれ違いの時間調整であったのだろうか。日本の鉄道は左側通行になっている。進行方向に向かい、左側の座席でなければ、窓を開けて葉子が駅長と話をすることはできないし、その窓ガラスの曇りを指で消しながら、ガラスに映る葉子を観察することはできないわけだ。そうなると右手では不自然になる。そして、その一本の指で二人の女性を繋げていくのは川端の技巧なのである。

解明できないこと
フィナーレで火事の建物の2階から硬直して落下してきた葉子は、生きているのか、あるいは・・
とりあえず、いくら読んでも解明できない。

島村の散策の意味
フィナーレへの序章の部分で、島村は唐突に一人で散策に出てしまうのだが、「もうここにはこないかもしれない」という予感を持っている。単に素直に考えればいいのか、複雑な関係が仕掛けられているのかこれもわからない。


そして、「雪国」は一歩間違うと「芸術」の世界から、「売春&お気軽男の小説」あるいは「ご当地観光小説」へと陥落してしまうのだが、多くの複雑な構成と、美しいコトバの宝石と、冒頭の一節、そして最後の一行により日本文学の極北の星となったのである。

さあ、と音を立てて天の河が島村のなかへ流れ落ちるようであった。

日経小説部長(?)の渡辺淳一氏とは似てもいなくて非でもある。


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