『1・3手の詰め将棋(王位 高橋道雄監修)』の奥の奥

2019-12-14 00:00:00 | しょうぎ
将棋入門教室の講師を頼まれたこともあり、1手・3手の詰将棋集を探していて、古書であるが『1・3手の詰め将棋』を入手。まあ、詰将棋の話を書いて、高橋道雄元王位の話を書いて今日のブログは難易度3手詰ということにしようと思っていた。高橋道雄氏の略歴には王位二期獲得で、テニス狂と書かれている。現在では「狂」の字は使用禁止だ。王位はさらにもう一期、棋王戦と十段戦で優勝している。特に十段戦は最後の十段戦の挑戦者として獲得したのだが、次の年は竜王戦に変わってしまい、防衛戦は行われないままになった。以上、終わり。



ところが、気になっていたのは「監修」という単語。以前、羽生善治監修という詰将棋本の奥付けに別の指導棋士の名前が書かれていたことがあり、念のため点検すると、やはり目立たないところに別の人物の名前が。



[執筆協力]
将棋連盟棋士・五段 藤代三郎 昭和25年入門、昭和44年四段退会 棋道普及に当る。

監修者のために執筆を協力したということだ。何かおかしな表現だ。元奨励会を退会して指導棋士ということだろうかと、うっすらと感じられる。

ということで、「藤代三郎氏」のことを調べようと、まず簡単に検索してみると、実はある方面の本を大量に出版している作家がいることがわかった。「馬券」の本だ。サンスポに今年も馬券の買い方の連載を書いている。

つまり、奨励会在籍中に馬にはまってしまい、将棋では大成しなかったものの馬券評論家として第二の人生を歩んだのだろうか。何が幸いか、人生はカジノみたいなものだ、と思ったのだが、年齢的な違和感もあり、馬券の藤代三郎氏のことを調べ始めたら、別の人物のペンネームだった。その人の通称は「目黒考二」。別のペンネームもあり、ミステリー評論家としては「北上次郎」を名乗っている。いわゆる椎名誠グループの一人だ。この二人の他、沢野ひとし氏と将棋連盟の顧問弁護士もしている木村晋介もだ。こんなところで将棋につながっているが、早い話が無関係。

では、将棋界の藤代三郎氏のことだが、まず残念ながら4年前の2015年5月に86歳で他界されている。公式戦の成績は1勝9敗。奨励会員の出場できる古豪新鋭戦と九段戦・十段戦に1960年から67年の間に出場している。ただし1勝というのはアマチュアが相手で、さらに相手が不戦敗を喫したもので、あまり大きな顔にはなれない。

棋譜が残っているのが、奨励会の時、1964年後期A組で桜井昇三段(当時)と戦い、151手で敗れている1局。なぜ、この対局の棋譜が残っているかだが、おそらく将棋世界誌に掲載されたのではないだろうか。通例では、東西のリーグの1位同士が昇級枠を争う東西決戦の棋譜が掲載されていたはず。ところが、そうではないわけだ。

1964年の前期は東が桜井昇、西が橋本三治で決戦の結果、橋本三治がC2へ昇級(数年前にC2から降級していて、復帰した)。後期は、結局東が田辺一郎、人数のバランス合わせのために西に回っていた桜井が優勝。当時の規定によって桜井は前期後期ともリーグで1位だったため後期の東西決戦は行われず、自動的に桜井が昇級し、田辺も決戦なしで昇級している。つまり、将棋世界誌に載せる棋譜がなかったことになる。そのため、期末に近い1月に行われた桜井×藤代戦の棋譜が代わりに登場したのではないだろうか。

退会後は新宿で道場を開かれていたそうだ。


さて、通例だと11月30日の出題作の解答だが、事情があって公開は先になる。

今週の問題。




細々と手がつながっていく。粘り強く追いかけるべし。

判ったと思われた方は、コメント欄に最終手と総手数とご意見をいただければ正誤判定します。
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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (蛇塚の坂本)
2019-12-15 22:07:02
最終手〇〇〇〇の〇〇手詰み
意外と長いのと大駒の威力発揮だね
Unknown (おおた葉一郎)
2019-12-15 22:07:43
坂本様、
正解です。
だね。

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