カール・ユーハイム物語(3)

2006-01-19 00:00:05 | カール・ユーハイム物語
fb1e6187.jpgカール・ユーハイムが青島から捕虜として連行された先は、大阪捕虜収容所であった。1915年9月。この時、約5,000人のドイツ人捕虜を収容するため日本全国に16の収容所が用意されていた。大阪には540余人。実際、捕虜は特に何をするわけでもないが、長い戦争が終わらないと処遇が決まるわけでもない。さらに、当初はドイツの勝利を疑わなかった捕虜も徐々に憂鬱の度を増していくことになる。中には、ノイローゼになったり、見込みのない脱走に走るものが多発するようになり、カール自身も一日中、物思いにふけることがあったようだ。

実際、こういう状況は日本政府にとっても困った問題になっていた。単に、戦機を捉え領土拡大に走ったものの、長期にわたる捕虜の収容など想定していなかったわけだ。そのため捕虜たちの気晴らしのため、いくつかの企画が行われるようになる。例えば、2000坪の空地が用意され、フットボールが行われたり、一部の職人が大阪市内のパン工場に働きに出ていたりしている。少し後になるが徳島県の坂東収容所でベートーベン第九交響曲が本邦初演という記録もある(近く映画が上映されるらしい)。

そして大阪ではクリスマスパーティが計画されたのだ。といってもドイツではないので、とりあえずたいしたことはできない。舞踏会、音楽会、仮装行列といった企画が立てられたのだが、カールが菓子職人であることを知っているものから、クッキーが焼けないか?と提案があった。パン工場へ働きにいっているものが、小麦粉と砂糖を調達し、寒さよけに使われていた七輪で、スペコラチウスという人形型のクッキーを焼いたのだが、これが非常に好評で、この日以降、収容所内で各種ドイツ菓子が作られていくのである。ただし、バウムクーヘンは無理だ。

戦局は、その後膠着状態になる。一つの動きはアメリカの参戦。1917年2月。もう一つはロシア革命である。1917年。ドイツが仕組んだ特別列車でスイス亡命中のレーニンをモスクワに送り込む。革命の混乱の中、1918年3月3日、ロシア(ソ連)はドイツと単独講和。このため、ドイツは再び息を吹き返し、西部戦線に集中するが、結局連合国軍の前に屈服。1918年11月11日。戦争終結。

一方、世界は第一次大戦末期にもう一つの大惨事に見舞われていた。スペイン風邪だ。インフルエンザの大流行に人類が初めて見舞われる。世界人口の半数が罹り、死者は4000万人から5000万人と推定される。第一次大戦の戦死者数は、軍人900万人、民間人1000万人。第二次大戦の死者は、軍人1500万人、民間人3800万人と言われるのだが、わずか2年のインフルエンザはこれらに匹敵する犠牲を出している。

そのため、狭い収容所でインフルエンザが流行した場合、まったく対応困難となるため、大都市大阪から捕虜収容所は瀬戸内海の小島に移転することとなった。広島県似島(にのしま)。もともと日本軍の検疫所があった孤島である。まったくさびしい限りである。そして、ここでも捕虜たちは退屈の限りであったのだが、彼らの高い技術を見込んで、広島市でドイツ物産展が開かれたのだ。展示即売会だったそうだ。手芸品、家具、ハム、ソーセージとならび、この時、ドイツ菓子も出展。そして、カールの念願でもあったバウムクーヘンが焼かれている。この時の日本人のカールの菓子に対する高い評価が、彼に日本での開業を意識させたのである。

そして、この時、展示会が行われた場所は、「物産陳列館」という建物であったのだが、今でも残っている。原爆ドームだ。

その後、1917年11月に第一次世界大戦が終わり、捕虜がすぐに釈放されたかというと、そうはならなかった。欧州の列強に米国、日本が加わり、長い長い戦後体制をめぐる会議が始まる。パリ講和条約の交渉は1920年8月までかかってしまう。途中、カールら捕虜の釈放が行われたのは1918年11月。原則はドイツまたは青島へ送還されるのだが、エリーゼとの手紙では、青島ではとても営業できないとのこと。また荒廃して領土の狭くなったドイツに帰っても生活できないという状況とのこと。カールはひとまず妻子を日本に呼び寄せることとした。日本で生活するか、米国へ行くかはまだ決めていなかった。

1919年1月25日、神戸港にエリーゼとカールフランツ(ボビー)・ユーハイム上陸。カールとボビーはこの時、初めて顔を合わしたのだが、ボビーは毎日、エリーゼからカールの写真を見せられていたということだ。

時にカール32歳。そして、さらに彼らの運命はねじれていくのである。  

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