NIPPON鉄道の夜明け

2019-02-24 00:00:36 | 美術館・博物館・工芸品
汐留にある旧新橋停車場鉄道資料室で開催中(~3月3日)の『NIPPON鉄道の夜明け』を観覧。驚いたことに外国人の方が大勢いて、フランス語の通訳が活躍されていた。幕末から明治の初めの歴史と大いにリンクするこの展覧会を観て、何をするのだろう。これから新しく鉄道を作ろうというフランス語圏の国があるのだろうか。石炭機関車はやめた方がいいと思う。討幕運動もやめた方がいい。

tetudo1


もともと、この資料室は明治5年の開通の時の建物の意匠を使っているので、本来は正しい展覧会なのだが、その時代は見えない力が色々と働いていたわけだ。今回はそういう国内や海外の力学に踏み込んでいるとは思えないのだが、当初は英国と米国が日本に鉄道システムを売り込んでいて、結局、北海道は全面的に米国式。本州以南は駅舎が米国式で鉄道システムと機関車は英国式、ただし英国の植民地の仕組みを導入している。線路が細いのは植民地仕様だからだ。

もっとも、日本人が最初に鉄道を見たのは、漂流船の乗組員だったジョン(中浜)万次郎であったと思われる。太平洋で難破して米国捕鯨船に救助され、彼はそのまま捕鯨船員として米国東海岸にいたのだから鉄道を使ったと思われる。1840年代である。さらにアメリカ(浜田)彦蔵も同様に難破船の漁船員だったが、キリスト教に改宗した都合上、アメリカ国籍を取得し外国人として日米間を往復。大統領と会った最初の日本人となる。

tetudo3


そして、彦蔵が未来の大統領となるリンカーンと会った翌年、ペリー提督の二度目の訪日で日米和親条約が締結される。横浜の海岸でのおみやげ交換会にペリーが持ってきたのは蒸気機関車の大型模型。早くもセールスマンが来たわけだ。アメリカに脅かされて戦闘機を買うのと同じだ。意図が見抜けなかった日本は、力士が相撲を取ったりした。金のゴルフクラブをプレゼントするようなものだろうか。

そして、鉄道の黎明は明治5年の鉄道の開通ということに至る。おりしも当時の蒸気機関車が1台だけ現存していて、今回は写真の展示だ。英国製だ。

tetudo2


なお、明治5年旧暦9月12日(新暦10月14日)に新橋横浜間で鉄道が営業開始されたことから10月14日が鉄道記念の日になっているのだが、私が念入りに調べたところ、実際の商業運転は、明治5年旧暦5月7日朝8時発の横浜発品川行きが最初なのである。品川には8時35分に到着し9時に品川駅を出発し横浜到着は9時35分。さらに第二便は16時に横浜を出発し第一便と同様に品川から横浜に引返してしる。鉄道記念の日というのは、鉄道に天皇が乗った最初の日ということなのだ。

余談だが、韓国にも鉄道記念日というのがあり、1899年9月18日にソウル-インチョン線が開通したことから9月18日だったのだが、日帝排除運動により他の日に変更になった。ちなみに韓国併合は鉄道開通の11年後、1910年なのである。(あえて言うと、日清戦争の結果、清は朝鮮を属国扱いから手放すことになり、その清からの力の空白を埋めるように日本化が進んでいったということかもしれない)

コメント   この記事についてブログを書く
« 既に『語録』が刊行された若... | トップ | 琉球国独立/告発状(演劇) »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

美術館・博物館・工芸品」カテゴリの最新記事