ミザリー(1990年 映画)

2019-06-13 00:00:26 | 市民A
先日、『シャイニング』を観た。同じくスティーヴン・キング原作の『ミザリー』を観る。監督は、ロブ・ライナーだが、彼は基本的に「怖い映画」は手掛けないのだが、キングの怖くない『スタンド・バイ・ミー(1986)』を撮っている(本当は怖い話なのだが)。


ざっくりと粗筋を述べると、ミザリーシリーズというロマンス小説で有名な人気作家ポール・シェルダンは雪山の自動車事故で瀕死の重傷を負うが、アニーという女性に助け出される。アニーはナースの経歴があったので、電話もない町はずれの家に小説家を監禁し、足の骨折で動けない小説家に自分用の小説を書かせはじめる。

そして小説が完成すると、無理心中すると宣言され、必死に脱出の糸口を探すが、ことごとく失敗し、ついに地下室に放り込まれる。

一方、現場捜査をした地元の保安官は、ミザリーシリーズを全部読んで、ついにアニーによる拉致につながる小説の中の一節を見つけ出す。そして、彼女の家に向かうのだが、実は、あっけなく射殺されてしまう。このあたりは、シャイニングでも救出に向かったコック長が最初に斧で殺されたのと同じで、まったくかわいそうになる。最初に助けに行くのは、そういう立派な人物ではなく姑息な手段で点数稼ぎをする交通警官にやらせるべきだ。

そして、ピストルと麻酔薬の入った注射器で襲い掛かるアニーに対して小説家が使った最終兵器は、なんと旧式のタイプライター。これをアニーの頭に炸裂させる。電動タイプだったらコードが付いているので振り上げることはできなかったかもしれない。

ホラーというよりミステリの要素が強いかなとは思うが、役者さんには全く同情してしまう。ベッドから両足を骨折した状態で床に落ちてみたり這い上がったり、車いすで奮闘したり、女優も狂気を演じ最後は血まみれの顔面になる。

あえてシナリオ的にいうと、アニーは当初、小説家の家族に町の電話から救助の報を知らせたと言っていて、ある時に、何の連絡もしていないし、あなたは死んだことになっている、と無情な(ミゼリー)事実を言い渡すのだが、そこの場面の恐怖感が足りないような気がした。

小説と映画、映画を見ると小説を読みたくなくなるような気もするが、トマス・ハリスの小説は、(羊をはじめ)映画でも多くを観ている。もっというと、小説と映画と夢の中でも味わっている。スティーヴン・キングの小説は大部分が映画化され、大部分は怖いようだ。



怖い夢を見るのは、嫌だな。
コメント   この記事についてブログを書く
« パプリカ(筒井康隆著 小説) | トップ | 攻撃は本気か、あるいは »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

市民A」カテゴリの最新記事