藤堂高虎家訓200箇条(11)

2006-06-03 00:00:01 | 藤堂高虎家訓200箇条

藤堂高虎家訓200箇条も100条目を超えたあたりでは、かなり現実的な格言(というか、日常的な注意事項)が増えてくる。

第102条で「誓い言を立ててはいけない」と言ったり、第110条で「無闇に、頼もし、と思われてはいけない」というような、男らしくない言葉を残している。武家の家訓ではなく商家の家訓のようだが、それは高虎の先明性だったのかもしれない。

第101条 盤の上の慰に助言いふべからす能可慎

盤上の遊戯に助言を言ってはならない。慎むべきである。

盤上の遊戯というのは、「将棋や囲碁」のことだろう。「助言」が元で、命のやりとりになることがあったのだろうか。

ちなみに、高級な脚付きの盤では、四脚は「くちなしの花」の形に彫られている。”口無しに!”という意味だ。さらに盤を完全に返すと裏側には深さ2センチほどの窪みがある。助言者の首を切り落とした後の、血溜まりに使うためである。では、切り離された胴体の方は、どうすべきかというと、バラバラにして半透明の袋に入れて、ゴミ出しの日に処分すべし、である。


第102条 かりそめにも誓言立へからす

かりそめのこととしても、誓言を立ててはいけない。

要するに、オブリゲーションから逃げろということだろう。契約書は結ぶべからず。宣誓すべからず。偽証罪に問われないように。ただし、「今年こそ禁煙しよう」という正月の誓いは構わない。元より誰にも信じてもらえないからである。


第103条 女若衆の中立すべからす并奉公人の口入請に不可立

女や若衆の仲介をしてはいけない。奉公人の口入れや身元保証人に立ってはいけない。

まあ、下々の情実に首を入れるなということだろう。保証人になってはいけないのは、古今の常識というところだ。


第104条 惣而にがざれ深ざれすへからす向の人の心不浮時ハ必無挨拶成へし結句返答悪敷とて腹を立る是言事の基成へし

すべて、相手を侮った冗談やしつこい戯れをしてはいけない。向こうの人の心が浮かない時は挨拶がないものである。結局、返事が悪いといって腹を立てることになる。これは言葉を語る上の基本である。

オヤジギャグが不発でも、怒ってはいけない。次のギャグをすぐに考えるべし。


第105条 少の物も人の物ハかるましきなり仮令かり侯とも追付戻すへし久々留置打忘必失ふ事あるへし近頃不念成儀なり

少しでも他人の物を借りてはいけない。たとえ借りてもすぐ戻すべきである。長く借りておくと忘れて失くすことがある。近頃、注意のたりないことである。

要するに、すべて、最初に借りはじめたところから、悲劇ははじまる。ローンの鉄則。


第106条 人に物をかし候とてさいさい取返しに人やる事以の外なりかさぬにはおとりたる分別なり

他人に物を貸したといって、何度も取り返しに人をやるのは、もってのほかである。貸さないことより劣る行為である。

貸しはがし行為の禁止。無担保融資の宿命。返してもらえるメドがなくても、バランスシート上は長期貸付金と記載しておけばいい。


第107条 人の盃さし候時のむましきと言へからす必盃の口論数度有事なり人と人の盃口論あらハ差出あいを呑挨拶肝要なり

他人から盃を差し出されたら、飲まないと言ってはいけない。必ず、盃をめぐる口論になる。人と人との間で口論があるなら、差し出された盃を飲んで挨拶するのが大事である。

まあ、杯の大きさには限度があるから。問題は器の方ではなく、飲む量だろう。一升瓶や一斗樽が登場したら、話は別だ。


第108条 人の物の本借り候共追付返すへし仮令留置るとも可入念鼠に喰れ候へば近頃不念成事恥辱たるへし

他人から本を借りたらすぐ返すべきだ。たとえ留め置くとしても、念を入れ、鼠に食われたりすれば、不注意であることで、恥辱である。

本を貸すときの常識は、「面白すぎる本は(回されて)返ってこない。」「読む気にならない本は(積まれたまま)返ってこない」「面白くない本は(誰から借りたかわからなくなって)返ってこない」。

本をかじるとは、高尚な鼠がいたものだ。西鶴の世界に登場する頭の黒い鼠は、藤堂家図書室から脱走した子孫かもしれない。


第109条 人の愁ハかなしむへし又よき事ハ悦へし愁もかなします悦も不悦ハ不可為本意

人の愁事には悲しむべきだ。またよい事は悦ぶべきだ。愁事にも悲しまず、悦事にも悦ばないのは本意ではない。

ワールドカップの応援も、このような態度で行うべきだが、それはまた、心の中と体表現の間の葛藤が生じる。


第110条 人の心をも不見届頼もしだてすへからす必命の禍たるへし

人の心をも見届けず、頼もしく思わせてはならない。必ず命の禍となる。

「頼りにしてます」と本気でいわせないこと。そういうことを言う無責任野郎は、必ず失敗し、不幸の道連れを探そうとする。

さらにつづく

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