百人一首で読み解く平安時代(吉海直人著)

2014-06-19 00:00:34 | 書評
あとがきを読むと(この本に限り、先に読んでもいい)、学者生活の大半を百人一首の研究に没頭した著者が、学会での百人一首軽視の流れに腹を立てて、還暦を前にし、研究書と入門書の中間というスタンディングポイントに立って渾身の一作を仕上げた、という決意が書かれている。

といっても、商業的都合なのか帯には副題もどきとして「百人一首は和歌で綴った歴史書だった」と的外れなメッセージが。さらに、本の題名だって「百人一首で読み解く平安時代」となっているが、平安時代でない歌人も含まれているのに・・とはいえ、題名につられて買ってしまったのだが。

hyakunin


まず、百人一首の入門書だが、入門といっても難易度はさまざま。個人的には大岡信の「百人一首(講談社文庫)」が、親切だと思うのだが、この百撰に潜む謎にはあまり触れられていない。

吉海氏がざっくりとまえがきで述べている謎というのは、

一流歌人とは思えない作者が含まれている。
作者自体が疑わしい歌が複数含まれている。
作者の代表作とは疑わしい歌がかなりある。

という3点。さらに読み進んでいくと、こまかな疑問ネタが紹介される。歌合せで登場した二首が順番を逆にして収録されているとか、本当は一人一首のはずなのに、こどもの名前で作った一首を含み二首登場している歌人がいる。

歴史上の敗者と勝者を比べた場合、敗者にやさしい。紫式部は歌は下手なのに源氏物語の功績で選ばれているのではないか(それは私も同感)。定家が部分的に元歌の一部を書き変えたものもあるようだ。巧みに自分の親戚を盛り込んだのではないか。盗作風も多い。

といったところで、懇切丁寧な解説というか謎解きが行われる。こういうところが、研究書ではなく入門書以上ということなのだろうか。

もっともザッケローニが選んだ23人にしても、なぜ彼でなく彼なのだろうかというようなことについて、しょせんはいくら考えてもわからないし、選んでしまった以上、定家に聞いても、「記憶にありません」ということになるのだから、学会で相手にされないのもよくわかる。

吉海氏によれば、定家晩年の撰による百人一首は、彼自身の人生の終末観が反映されているということで、歌人の人生を総集したようなのが好きなのだ、ということのようだ。ただ、常識的に言われる人生の寂寞というようなのは嫌いだったのか、後世の人気和歌である「秋の夕暮×3」は選んでいないし、死ぬまで愛に生きた和泉式部について、あえて
「あらざらむこの世のほかの思ひ出に今一たびの逢ふこともがな」という激情歌を選んだのだろうと(これは、私の推測)思う。

ただ、確かに百首の中には、かなりあっさりとした情景歌もあるし、「恨みとか嘆き」をテーマとしたものもあるし、歴史上のエピソードを含んだものもある。定家の作風や好みも年齢によって変化しているのあり、おそらく自分自身が若い時に好んでいた歌なども一定の比率で織り込んでいるのだろうと推測できる(私の推測)。

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