古書追跡でわかった将棋博物館の閉鎖(2)

2006-07-29 00:00:01 | しょうぎ
さて、「木村コレクション」の行方なのだが、どうも関西将棋会館内の将棋博物館にあるのではないか、というのは私のヤマ勘だったのだが、ちらほらとネットの中にも断片を裏付けるような噂があったのである。ただ、確証がない。

そして、「おそらく?」という勘では、それらのコレクションは、木村義雄の三男である元プロ棋士、木村義徳氏が相続したのではないかと考えたわけである。

そして、この三男の木村義徳氏について調べていると、また色々と事情が見えてきた。義徳氏は最終的にはプロ棋士最高レベルであるA級に1期(1年)だけ到達していた。実力八段である。その他の成績は今一ではあるが、それでも成功者の方だ。しかし、同僚からの評価が今一なのは、早稲田大学の大学院在籍中に、いきなり奨励会三段リーグに途中入会し、まもなく四段になっている。親の七光りであり、鶴の一言である。普通は6級から階段を一歩ずつ登り、階段を八段階上って三段リーグに入り、成績優秀だとプロである四段になれるのを、最初の長い階段を省略してしまったからだ。

そして、前述のA級リーグを1期で降格したあと、どんどん成績悪化し、早い年齢で引退してしまう。そして、引退した後、どうなったか?

「将棋博物館の館長」という椅子に座ったわけだ。以後、長く同職を務めたあと、現在は博物館の顧問という肩書きになっている(現在71歳)。となると、「木村コレクション」が物理的に博物館に存在しているというのが、いかにも当然のように思えてくる。


ところで、ここで話は、将棋博物館廃止問題になる。

この問題が、浮上したのは、将棋連盟の財政赤字に原因がある。米長改革の一環で、突如、6月の棋士総会で棋士の前に廃止案が開示されたそうだ。情報ソースの問題があるので、ややあいまいに書くが、例の名人戦移籍問題が報道されている棋士総会で討議されたそうだが、外部からは「朝日毎日名人戦争奪戦」ばかりが報じられるが、実際の棋士総会では、この博物館廃止問題がほぼ同じような時間を割かれて論じられたそうだ。

聞いた話なのであいまいな点が多いのだが、「保管状態が悪く、このままだと貴重な資料を傷めることになるので、大商大に移管する」という提案だったそうだ。これに多くの棋士が反対を表明。「文化財に対する冒涜」という反論だったそうだ。そして、米長会長は突き上げられた結果、「関西会館の有効活用をはかって、建物の収益性を上げるため」という本音がでてきたそうだ。要するにいつもの二枚舌論法であったわけだ。そして、なんだかわからないが、廃止に向かっての手続きが始まったようだ。米長会長は「財政状況が好転すれば、もう一回開館すればいい」という意味のことを言ったらしい。

個人的には、大いに反対だし、なぜ「大商大」なのかもよくわからない。大商大はその資料をどうするつもりなのかも不透明であるが、よくわからない話だ。そして、古書には、その物理的な価値もあれば、その書に書かれた内容という価値もある。それらは、誰のものになるのだろうか?

そのあたりがよくわからないわけだ。将棋連盟にある約1000点の資料を大商大に「売却」するのか?あるいは「保管業務を委託」するのか?大きな違いだ。

もし売却するなら、所有権は将棋連盟にはないのだから、会長が言うように、「そのうち復活」というのはナンセンスだ。かといって、保管委託であれば保管料が必要で、あいたスペースで、それ以上の利益がなければ赤字になる。

ということで、よくわからないので、関西将棋会館に対して、質問状を書いたのである。そして回答が戻ってきた。手紙を公開するのには気がひけるので、粗筋を言うと、こちらからの手紙は、
1.木村コレクションは存在するのか?
2.その中に、「象棊百箇条」は存在するのか?
3.将棋博物館は閉鎖するのか?
4.売却か、保管業務委託か?
といった内容である。

それに対する回答では、問題の3、4については一切コメントなし。また1の木村コレクションの存在については、博物館に実在するそうである。ただし、2の象棊百箇条が含まれるかどうかは不明としている。

さらに、この4月以降、担当者の転勤で、まだ、資料リストが整理されていないとし、仕事の片手間で整理しなければならず、まだ整理の道遠しといったところだということだそうだ。

この、「4月以降の担当者の転勤」という件は、関東で行われた「人員整理」と同様と推測される。要するに、資料整理は後回しということにも聞こえる。おそらく、なかなか発見されないだろう、と思いつつある。現在の連盟の考え方は、あまりにも近視眼であり、現在の将棋界の基礎を築いた江戸の家元が将棋についてどう考えていたか、などという風流は、まったく感じられなくなっているようだ。

いずれにしても、じっと待つことにする。

おわり

e8102ace.jpg昨日の初中級者向け詰将棋では、「簡単すぎるぞ!」と言われる方用に、中上級向け問題を1題出題する。ちょっと骨だ。余詰めが怖い。正解者と自称される方は、最終手と手数をコメントへ・・  
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江戸城を復元した対局室で指すということの責任 (七段 神崎健二)
2006-07-30 11:44:44
棋士総会では、この問題については、私が問題提起と反対の発言を最初にさせていただきました。



実際の会議は記述されているのとは違った部分もありますが、実はどうだったということは、会議の様子をどこまで公にできるかということもあり、ここに書くのは控えさせていただきます。



現在の博物館は、初心者教室の会場であったり、棋士の会議の場であったり、大盤解説会の会場でもあったりで、ほかのこととの兼任の場として使われています。

私は現状のままで良いという考えです。



博物館の一部という認識で五階の対局室は、江戸城御黒書院を復元した形で造られています。

ふだん、江戸城を復元し場所で対局させていただいているのにもかかわらず、今回のような方向で果たして良いのだろうかという疑問は、この1~2年間ずうっと感じています。



将棋を「伝統文化」と認めていただいて、予算を計上していただくことも別方面ではあり、そのことについてはとても感謝しています。



博物館内の所蔵品の中でも、貴重なものほど連盟内に保管する予算を組んで良い状態で残す努力をしてこそ、将棋が国や多くの方々から「文化」として認めていただけるのではないかと思います。



おおた様のおっしゃられるように、お城を模した対局室であるからこそ、江戸城で大橋家の家元がどんな風に将棋を指していたかを想像する「風流」は、もっとあっても良いのではないかと私も感じます。
Unknown (おおた葉一郎)
2006-07-30 22:16:28
神崎先生、いろいろありがとうございます。

博物館を廃止する、というのは生理的にもありえない選択のように思えます。別に、破産したわけでもないし、普通の株式会社にしてしまえば、たいして問題はないのだろうとは思いますし、・・・

また改めて、書いてみます。

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