高梁成羽美術館で化石展

2014-08-03 00:00:25 | 美術館・博物館・工芸品
『世界に誇る成羽の化石』展の無料チケットを高校時代の同級生から分け頂いたところから、今回の話は始まる。

関東の大学を起点として、希少動植物を世界の秘境に求め、研究を続けているのだが、岡山県の内陸のさらに山間の展覧会に行きたいと思う人はそう多くもないはずで、遠慮なくいただくことにする。

倉敷からは、クルマで1時間と少しかかるが、なかなか運転は大変である。川沿いの道を上り、山城(備中松山城)で名高い高梁(たかはし)の町で高梁川を横切り、支流である成羽(なりわ)川に沿ってさらに山地に分け入る。

と、

突然、近代的な建物が現れる。

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高梁成羽美術館である。

ただ、なぜ美術館で化石展が行われるのかについては、事前にわずかに調べたところによれば、成羽が化石の発見多数地域だからだそうだ。

さらに、混乱するのが美術館なのだが、この地出身の画家児島虎次郎を記念する目的であったということらしい。児島虎次郎といっても、画家としてはそれほどメジャーではないが、倉敷のコレクター大原孫三郎が大原美術館を計画した際、パリを中心としての美術品買付を一任された人物として有名だ。画家としての傾向としては、フランスの多くの画家をトータルしたような独自の画風で、誰にも似ているようで誰にも似ていないというか、酷評すれば個性が薄いということもできるが、だからしてコレクターの代理人としては大成功したと言えるのかもしれない。

さらに、オリエント系のコレクションも残していて、この美術館は、児島虎次郎の遺作群と児島虎次郎のオリエントコレクション群と化石(主に植物化石)群の3要素からなっている。

さらに、美術館そのもの。建物に入るエントランスは水に囲まれていて、コンクリ打ちっぱなしの壁などの感じが、「安藤忠雄」風だなあ、と感じながらも、まさかここに安藤忠雄の設計があるわけないし、とか思いながら入口に到達すると、どうも近々安藤忠雄の講演会があるらしい。

無料招待券を出しながら、つい「安藤さんの設計ですか?」と気軽に「安藤さん」が知人かのような聞き方をしてしまった。

たぶん、そこで勘違いが発生したのだろうけど、「安藤さんの知人」と思われてしまったらしく、化石ルームでも絵画ルームでも三越の店員みたいに学芸員と思われる館員の方が付き切りで説明していただけそうになって窮地に陥る。(20年前。公立美術館としては安藤さんの最初の設計だそうだ)

といっても植物化石のことなど、もともとよく知らないので、なかなか対応が難しいのだが、小学生の時にかなり標本とかやったことがあるので、現代では珍しい妙な葉脈の化石など結構面白い。

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で、なぜ成羽に化石があるかということなのだが、3億年位前には、この場所は中国大陸の沿海部だったようだ。上海のあたりというイメージだ。

日本で中国の一部だったのは、そのあたりから北九州のあたりまでで、ではなぜ現在の中国山地の一部のような場所が中国の沿海部だったのかは、よくわからない。日本の残りの場所は海だったわけだし、日本海とか瀬戸内海とか、それからずっと後に完成(表現が悪いなあ)したようだ。また、僅か1千万年程度、海だった時期もあり、その頃の貝類も発掘されている。

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植物化石のことをこれ以上書き綴るのも困難なので、この知人のことなのだが、高校の時に地学の先生の授業を一緒に受けているのだが、大苦痛だったのが、フズリナの化石標本作りだった。化石の塊を鰹節みたいに番手の違う紙やすりで薄く削って仕上げなければならない。

「もしかして、その時の授業が現職に至る第一歩ではなかったのか」という推測を思いつき、聞いてみたのだが、「その通り」ということだそうだ。残念ながら、私には、何の影響も与えなかったわけだ。


ところで、入口で「安藤さん」ではなく「安藤ちゃん」と言うと、どういう結果になるのか知りたいのだが、誰かチャレンジしてくれないかな。

*喫茶室で、日本の宇治茶の茶葉から作った紅茶飲めます。おくゆかしき味です。