『スローカーブを、もう一球』山際淳司著

2011-01-26 00:00:32 | 書評
slowcurv早世したスポーツルポライター山際淳司氏の短編集『スローカーブを、もう一球』を読む。

積んであった文庫本の一冊で、既に読んだような気がしていたが、8つの短編のいずれについてもまったく記憶がないことから、読んだことはなかったということになった。もっとも、それでも読んでいて重度の認知症に陥っている可能性は捨てきれないが、その場合、同じ本を何度読んでも新鮮な気持ちになるので、何冊も本を買わなくても1冊で済むので安上がりだ。その場合は、小川洋子の『博士の愛した数式』がいいかもしれない。

さて、短編集『スローカーブを、もう一球』だが、作品は、1979年夏の甲子園の箕島対星陵の3回戦の「八月のカクテル光線」、1979年広島対近鉄の日本シリーズ最終戦の「江夏の21球」、ボート競技でオリンピックを目指した「たった一人のオリンピック」、プロ入りした投手の野球人生を描いた「背番号94」、かっこよさにこだわるボクサーの「ザ・シティ・ボクサー」、 スカッシュの十年連続日本チャンプの「ジムナジウムのスーパースター」、マイペースな練習で超スローカーブを勝負玉とする高校球児の「スローカーブを、もう一球」、棒高跳びにチャレンジする「ポールヴォルダー」で構成されている。

主人公は次のとおりだ。

「八月のカクテル光線」 加藤直樹 星陵高校一塁手
「江夏の21球」 江夏豊 広島カープ投手
「たった一人のオリンピック」 津田真男 ボート選手
「背番号94」 黒田真治 巨人軍バッティング投手
「ザ・シティ・ボクサー」 春日井健 ボクサー
「ジムナジウムのスーパーマン」 坂本聖二 スカッシュ選手
「スローカーブを、もう一球」 川端俊介 高崎高校投手
「ポールヴォルダー」 高橋卓己 棒高跳び選手

全8作のうち4作が、野球関連である。そこそこに面白いが、最初に配置された「八月のカクテル光線」について、感じたこと。

1979年夏の甲子園で、突然に、そして偶然に発生した名試合のこと。今や、野球の松井とサッカーの本田を輩出したことで有名になった星陵高校と当時常勝と言われた箕島高校の一戦。試合は延長に入り、選考の星陵が加点するたびに箕島が追いつき、最後に延長18回裏、引き分け再試合の寸前で、箕島がサヨナラ勝ちをするのだが、星陵一点リードの延長16回裏2アウトの守備で、一塁手がファウルフライをカクテル光線の中に見失い、さらに人工芝と土の境目に足を取られて転倒という不運に見舞われる。もちろんフライを取っていれば試合終了だった。

本書を読むと、既に両チームとも選手が疲れきって、いつエラーが起きても不思議ではない状態で、加藤一塁手の状態をベンチで見ていた監督ですら、取れないだろうという予感があったそうだ。

ということで、チームが彼を責めることはなかったそうだが、選手の方は、その「一球」の悔しさを長く背負っていたそうだ。


小説から離れるのだが、エラーの後で、「気にするな」とか「君のせいじゃない」とか「さあ、がんばろう」とか言うのでは、いかにも味が悪いわけだ。

もし、自分が監督だったら、全員が疲れ果てた時には、円陣を組み、エラーが起きる前に、こういうだろう。

「君たちは疲れ切っている。これから誰がエラーをするかもしれないが、それを責めるのはやめよう。この試合は既に負けた!と思えば、いいじゃないか」

監督の言葉としては、ちょっと弱気だろうか。