「待った」をした頃

2009-02-14 00:00:32 | しょうぎ
matta自宅の本の整理を、なにげにしている。なにしろ狭いスペースにジャンル無視で詰め込んでいる。特定ジャンルの本だけ読む人は、この点、楽だ。多くの本は、人にあげたり、捨てたり、換金したり、そして、やはりとっておいたり。再刊なった岩波のギリシア悲劇全集を収めるスペースを確保するのは大変だ。

『「待った」をした頃』は、昭和46年から3年間の将棋関係のエッセイ81話を集めたものだが、発行が大分遅れたようだ。手元にあるのは、文春文庫で昭和63年(1988年)のものだが、その間に単行本になっていたのかどうかは、よくわからない。

一気に読んだのだが、もともと、大勢の書いたエッセイ集というのは苦手なのだ。多くの人がそれぞれの価値観とそれぞれの文体で、無責任に書いたものを集めているため、同感できるパートもあれば、腹が立つ部分もある。本書も、実は、あまり楽しくないのは、書かれた時代と35年も経つことによるのだろうか。世間の常識が変わっているのだろう。エッセイを書いたいるのは、棋士はわずかで、棋士を取り巻く財界人や作家や観戦記者など。いわゆる世論を形成する人たちなのだが、現在の常識で言うと、歪んだ感覚の人が多そうだ。

棋士の地位も低く、まあ、当時の一流の人から見れば、将棋の世界は「見世物小屋」といったところだ。「棋士は奇人変人であること」が求められていたのだろう。「飲む、打つ、買う」の話が多く、とても現代では上梓されないだろうか。

表題の『「待った」をした頃』は、前前連盟会長のF氏(当時九段)の一稿だが、若いころは『待った』を多発していたという自伝的告白である。そういう時代だったのだろうか。

『待った』は、いけないのである。

実際に、正々堂々と「待った」をする人は、あまりいないと思っていたのだが、かつて、企業対抗の団体戦で、ある巨大企業の方々と対戦中に、私の同僚が「待った」をされた。禁じ手の二歩を打って、10秒ほどしてから、別の手を指し直した。険悪な雰囲気になって、指が離れてない、とか開き直られて、結局、負けてしまったのだが、そういう人って、普段の生活からして、そうなのだろう。すぐに、忘れるのだろう。首相が、「あの時は民営化に反対だった」とか、後で言うようなものだ。きちんと反対して、脱党した女性議員の風下にも立てないじゃないか。


ところで、本の内容をまったく書いていないのだが、81人の著者のうち、多くはすでに石の下なのであえてここで終わり。


この本は、将棋系の友人に贈呈することになりそうだが、以前、たくさんの将棋本を贈呈したある友人は、先日、石の下に入ってしまった。いまのところ、ご遺族から返本されていないのが、まったくの幸いである。




さて、1月31日出題の詰将棋の解答。



▲1八飛 △同玉 ▲2九角 △1九玉 ▲3八角 △1八玉 ▲2七角 △1七玉 ▲1九竜 △2六玉 ▲4五角 △3五玉 ▲1五竜まで13手詰。

前半部と後半部で別の詰将棋をくっつけたような感じになった。

動く将棋盤は、こちら


今週の出題作は、やや長めである。



というか、長いだけかな。

最初がごちゃごちゃしていて、後の変化や本筋が長いというのは、読みにくくて嫌われやすい。

収束をつけようと思っても、「この手筋はありふれているし、あの手筋も平凡。とりあえず結論は延ばすことにして、・・しかし、好手もなく30手を超えるわけにもいかず・・とうとう前の総選挙から4年経ってしまった。」ということかな。

わかった、と思われた方は、コメント欄に最終手と手数と酷評いただければ、正誤判断。