正月に飲みきれなかった酒の話

2005-01-09 22:53:12 | マーケティング
f7832510.jpg正月の鯨飲シリーズは、きょうが最終回。用意のアルコールが払底し、しかたなく時々チビチビ飲んでいる薬用酒「ウニクム」に手を出す。能書きはこうだ。「40種類以上ののハーブからつくられる、ハンガリーの国民的健康酒。1790年ハプスブルク王家侍医のツヴァックが処方。酒名はユニークの意。」要するに「養命酒」だ。

しかし、世の中に、こんなまずいものはないほどまずい。苦い薬を飲む時に、うまく水と一緒に胃に流し込めず、口の中に薬があふれてしまい、嫌な気持ちになってしまう、あの苦さだ。水で割ると、さらに苦い。食前酒というのも頷けるのは、食後に飲むと、すべての食事の味を一瞬にして忘れてしまう。

この酒が自宅にあるにはいわれがある。ハンガリーから輸入する会社はこの酒と同じ名前の「ウニクム社」というのだが、ある超大手運輸会社Aの子会社Bが、親会社に内緒で孫会社Cとして設立したのだが、味が味だけに、まったく輸入品が売れず、大量の不良在庫を持つにいたったのだ。さらに子会社Bは不動産投資でも失敗し、結局、親会社Aからの鉄槌をふるわれることになったわけだ。私は、この子会社Bと取引があったのだが、最後は会社整理をし、不良在庫はあちこちの知人筋にばらまいて処分したわけだ。そのうち1本が私のものになった。苦いのは、味だけじゃない、というところだが、それにしてもこの苦さは尋常ではない。

ところで、地下収納庫があり、ワインを保管できるようになっている。会社でいえば、「古いワインから飲む」先入れ後出し法や「新しい方から飲む」後入れ先出し法とか在庫評価方法はさまざまあるのだが、当家の場合は在庫評価法で悩む心配はない。買ったらすぐ飲む方式なので、在庫自体が存在しない。在庫0経営だ。デルコンピューターと同じだ。しかし、何本かの記念の酒を除くと例外が一つだけある。それが「ウニクム」。今年も、小さなコップにちょっとだけ飲んだだけだ。輸入元C社の長期不良在庫が自宅の長期在庫になっただけかもしれない。

欧州の範囲

2005-01-09 22:51:54 | 市民A
fba88172.jpg欧州連合(EU)は12月16日、ブリュッセルで首脳会議を開き、2005年10月3日から、トルコの加盟交渉を始めることで合意した。今後、EUでは大問題になるだろう。

相対的に労働力の安いトルコは、関税フリー化となるEU加盟を強烈に希望しているのである。が、EU側は冷たい。

一つの問題は、キプロス問題で対決しているギリシアの反対であるが、もう一つはやはり「トルコは欧州か?」という根源的問題である。さらに人口問題。現在のEU加盟国の中で最大人口はドイツで約8000万人。一方トルコは7000万人であるが、人口増加率が大きく、10数年後にはドイツを追い抜くと予想されている。
また、巨大なイスラム国家であり、髪や目の色が違うことで、欧州各地での移民が差別されているのも実態。特にドイツでは、今ままでの開放政策を見直してトルコ人のドイツ定着に差別をしようとし始めている。フランスでは、公立学校での女子生徒のイスラム式のスカーフを禁止する法律も可決された。驚くことに、フランス国民の70%はこの措置に賛成している。

しかし、欧州各国からすれば、トルコは重要な「中東とのバルブ」である(パイプではない)。あまり冷たく扱ってイラン、イラク、トルコの三国同盟ができたら大変なことになる。
政治的には取り込みたいが、社会的には抵抗があるし、経済的にはトルコばかり儲かるようになると困るのである。

さらに、トルコが加入したとなると、地中海の対岸にあるアフリカ諸国だって、加入したいと言い出すに違いないわけだ。

また、将来ユーロ導入などになれば、ユーロはEU後発参加国中心の弱い通貨になる可能性もある。トルコは着々とデノミを行い、通貨を100万分の一に切り上げた。通貨統合の準備をはじめたわけだ。
また、トルコは軍事的にはNATOに属したり、サッカーは欧州選手権に入ったりして、着々と欧州化を狙っている。

しかし、日本からは遠い。あまり報道されない。しかし、傍観者的態度ではあるが、欧州人がこういう異民族問題をどういう意識で取り扱うのかをじっくり観察すべきなのだろう。(私の予想では、EU側がトルコに対して、かなり技巧的に、屈辱的要求を羅列して、選択肢をトルコ側が選ぶように仕組むのではないかと見ている)


さて、欧州側から見た歴史上では、トルコは野蛮な邪教国家である。数々の戦闘だけではなく、海賊が美女を略奪して、スルタンのハレムに売り飛ばす国として悪名が高い。実際、ナポレオン王妃ジョセフィーヌの従姉妹、エメ・ドュブク・ド・リビュリも海賊の手に落ち、当時59才のスルタンのハレムに売られてしまったりしていて、フランス人は今でも忘れない。

ついでに、もう一つフランス人が忘れないのは、ジャンヌ・ダルクを捕まえて火あぶりにしたイギリス兵たちのことであるが。

もっとも、リビュリ嬢を捕まえて高額商品にしてしまった海賊はアルジェリア人だったし、ジャンヌ・ダルクを捕まえた後、1万フランでイギリス軍に売り渡したのは、ブルゴーニュ軍なのだが・・・