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カバー曲で より際立ってる?

民生が人の歌を歌う、いわゆるカバー曲がなにげにすごく良いと改めて思った。

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民生といえば「自分で作った歌を歌う人」。
私が初めて聞いた時も「これ、自分で作った歌を歌ってる!」とはっきりわかった。

それはなんというか・・・歌詞かな、乱暴っていうか。
たとえば、"自分の本だから角を折っても平気"みたいな。
曲に対しての歌詞、歌詞に対しての歌い方が、どこか粗雑のような乱暴なような。

それまでの私にとって、「歌」って、どこか作られたものだった。
「美しいもの」「かっこいいもの」、そんな理想の形みたいなものというイメージを持ってた。

でも民生のは何か違う。もっと自分に、というか人間の本質とか本音とかそんな方向に迫っていってるような。虚飾をはぎ取って「ほいっ」と粗野に渡されたものみたいな。
だから粗野だけど、どこかほんとの温もりを感じたり、なぜだか重みを感じたり。

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そんな民生が人の歌を歌う。
それが何気に人気らしい。ひとり股旅などでは観客にウケるらしい。
私は初めはよくわからなかった。というか、初めはどれが民生の曲でどれがカバーか見分けがつかなかっただけなのだけど。

そのうちなんとなくわかってきた。

といっても原曲と比べてではない。私にとっては、民生のどのカバー曲も原曲を知らないものばかりなので。
でも、いつもの民生が作る歌詞や曲と違う感じ。それはなんとなくだけどわかる。
で、そんな歌詞や曲でも、民生が演奏するとなぜだかいつもよりも更に「民生節!」って感じがする。
細かい隅々が特に「民生!」って感じがする。で、なんだか「すごい」と感じることが多い。

民生がカバー曲を演奏すると、より自分が際立つのだろうか。

民生がカバー曲をやるとウケる・・・という理由がそこなのかどうかはわからないけど。
「知ってる曲だー」みたいなウケかもしれないのかな。
私はほんとに知らなくて・・・。
「冬ソナ」も民生が歌うのしか知らないし、「最後のニュース」も民生ので初めて聞いたし。
(どちらも「ひとり股旅@広島市民球場」(2004)収録のもの)




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