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民生サイドとの関係図

「民生サイド」と「私」との関係図を、時々頭に思い浮かべる。
奥田民生を初めて知った時から、それは変わってない。

「民生サイド」に属するのは。
民生。民生とよく組んで音楽するミュージシャン。
スタッフや民生とよく組んで仕事する人達。
そして民生ファン。

それに対峙するのは「私」。一人。


これはある観点からみた関係図。
もしもそれが「年齢」だったら、私は民生サイドに属するわけだが。


その観点、何と言ったらいいか・・・。
「自分や人や物事に対する姿勢」かな。
なんかそんなようなもの。

その観点から見たら、「民生サイド」はもっといる。音楽以外でもなんでも大勢。

「私」も一人ではないと思う。私の側に属する人はもっとたくさんいると思う。
ただ、「私」の側は「他」に対して対峙するタイプと思う。だから仲間がいても徒党は組まない。・・・というか「対峙するタイプ」が徒党を組んだら、争いにしかつながらないからあまり考えたくないというか。そういうタイプは「一人」のほうが何かとスッキリすると思っているので。

対して「民生サイド」は対峙するタイプではない。その観点でみると「楽しもう」的な方向を重視するタイプだから。


「民生サイド」を知らなかった頃の私は、何かといろいろ苦しかったが。
知った後では、今度は別の形で戸惑ったり迷ったりと、釈然としないまま今に至る。

でも過去によくあった「苦しい」はなくなった。そういえば。
あの「苦しい」がなくなったら、もっと感激できると思ってたけど・・・なんだかそうでもないというか、今度は別のほうに気を取られてるというか。
過去の「苦しい」がとてもぼんやりとしてる。
別のことに気を取られているうちに、どうやら私はそこから抜け出していたらしい。

とても理想的な抜け出し方・・・と頭で理解はするが。
とにかくなんだかぼんやりしてて・・・・なんかもっとこう・・・・と思うけど。
ま、これでいいんだろうなと思う。

で、「楽しい」ね。はてさてどうしたものか・・・。
その観点のキーワード。
私の「楽しい」は・・・どこだ?

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