里芋の収穫をした。

2015-11-30 17:02:10 | 里芋

里芋を収穫した。この収穫かご4杯分収穫した。残りの2杯分は、そのまま土の中で保存することにしました。周辺にあった枯草を、株の上に30センチほどかぶせて、更にシートを二重にかぶせた。草はとても役立ちます。草を捨てたり、燃やしたりするのは愚の骨頂です。こうすれば、いつでもみずみずしい里芋が収穫できます。又、来年の種芋にもなります。収穫した芋の多さに困惑するくらいです。有り難い事です。

鶏糞の液体肥料を作りました。

2015-11-30 16:51:47 | 自然農

液体肥料を作ります。石油をいれるポリ缶に鶏糞を十分の一ほど入れ、水を入れました。そしてかき混ぜます。毎週1回かき混ぜます。冬は3か月(夏は1か月)で発酵して出来上がりです。

野菜や花のお礼肥えや、生育を促すための追肥に使います。この上澄液を10倍の水で薄めて施します。これは、強力な助っ人になるかもしれません。

麦踏を行いました。

2015-11-30 16:44:38 | 小麦

小麦が10センチほどになりました。小麦は50坪程栽培しています。今年初の麦踏を行いました。はや、霜が降りていますので土を踏みこみます。今後2月まで2週間に1回行います。

ほうれん草の畝を再度作った。自然栽培の名人になる。

2015-11-29 11:10:22 | ほうれん草

12月の野菜作りは植えるものがほとんどない。そんなことで、2週間後に再度ほうれん草の種をまくことにした。その畝を今朝作った。鶏糞、もみ殻灰、堆肥を混ぜてよく耕した。畝幅は80センチで長さは8メートルである。最後はレーキ(熊手の大きいもの)できれいにならしておいた。

元来私は、几帳面な性格で職人肌である。一つの事に集中してこだわる。その為時々周りが分からなくなる。この畝づくりもその性格がよく出た。この性格を大切にして進みたい。そして自然栽培の名人になりたい。他人と比較することなく、自分が自分をほめれば良い。

住まいで、花を栽培して楽しいんでいる。日本は愚かな貧困社会である。

2015-11-29 10:27:04 | 園芸

自宅の2階で花を趣味で育てている。今年は、カニサボテン3鉢が見事に咲きました。ベコニヤは、5月に銀行からもらったもの。シクラメンはホーメセンターで買い求めた。いずれも素晴らしい花が咲いている。毎日、窓辺において朝陽を3時間ほどあてる。栽培方法をネットで調べて参考にしている。その点でも、ネットはなくてはならないものになった。これからも、丁寧にきめ細かく実践する。だから花咲か爺さんになった気持ちである。金第一主義で贅沢、怠惰、欲張りなじいさんにはこんな素晴らしい花は咲かない。

BSでテレビを見ていると、ヨーロッパの多くの人々はガーデニングを楽しんでいる。庭には、素晴らしい花が咲き誇っている。室内もその花で一杯である。そんな番組を見て私も影響を受けた。その点でも、ヨーロッパは日本と違い生活に余裕がある。住まいもそうである。100年、200年前の住宅、調度品を当たり前のように大事に使っている。その生活がテレビで見て取れる。その反面、日本人は住宅を建ててから30年ほどで壊し、調度品も使い捨てである。物を捨ててすぐ買い替える悪い習慣が根づいている。だから日本中廃棄物の山である。先祖が使っていた物などほとんどない。その為に文化的なものはほとんどない。これが本当の貧しい国である。

日本も昔は、ヨーロッパのように物を大事にする生活をしていた。物を徹底的に使い、なおかつリサイクルしていた。現代の日本、アメリカなどの経済が盛んなのは、このバカげた使い捨て文化の為である。愚かな国日本である。

イチゴに、ビニールでトンネルかけをした。

2015-11-29 10:14:01 | イチゴ

イチゴの畝にトンネル式でビニールをかけた。このビニールは、4年ほど前同市在住の方に無料でいただいたものである。捨てるからと言われてもらってきた。ビニール全体に小さい(5ミリ位)穴があけてある、だから蒸れることがない。ところどころ破れているが毎年利用している。私は本来化学薬品、化学物質は使わない方針だが、もったいないから使っている。まだ5年くらいは使えそう。

今回のイチゴ栽培は、今までより一層手間をかけているので、その成果が楽しみだ。

ほうれん草に寒冷紗をかけた。

2015-11-29 10:06:45 | ほうれん草

昨日種まきしたほうれん草に寒冷紗をかけた。ほうれん草の種まきが1か月ほど遅れたので、防寒にと考えました。ほうれん草は、本来寒にさらした方が甘くなりますが、気温が低くなったので寒冷紗をかけました。

エンドウにわらを垂らした。

2015-11-29 09:59:49 | 豆類

防寒にと思い、さやえんどうとグリーンピースにわらを垂らした。冬になり気温が一桁まで下がっています。もうすぐ霜も降りるでしょう。後日この畝の北、西にわらの壁を作りたいと思っています。

小松菜は、野菜作りの基本である。最高の小松菜を作り、野菜栽培の名人を目指す。

2015-11-28 14:13:21 | 小松菜

小松菜の栽培です。今回は何とか上手くいっています。小松菜は、野菜の中で一番簡単に栽培できる野菜です。1年中栽培できて寒暖に強く、病害虫にも強い。又、早く大きくなる。野菜栽培の基本である。私は、この小松菜さえ一人前にできなかった。これでは、何を作っても無理だと改めて自戒しています。

畝づくり、種まき、間引き、土寄せ、肥料、収穫など小松菜さえ上手にできれば他の野菜は間違いなく上手くできる。今後は、この小松菜を他の誰よりも上手に栽培したい。そして野菜作りの名人を目指します。

ほうれん草の種まきをした。一挙3得の種まき方法である。

2015-11-28 13:23:08 | ほうれん草

ほうれん草の種まきをした。一昨日種苗屋で買った在来種(次郎丸)を使いました。1袋160円で二袋購入。この種は昔からある。ほうれん草の種は固いので一昼夜水に付けた。

あらかじめ数日前に作っておいた畝(幅80センチ長さ8メートル)に筋を3本、他の畝(幅60センチ長さ4メートル)には2本付けた。その筋の中に1粒づつ1センチ間隔(大よそ)に種を落とした。その上に保温、乾燥防止、肥料の三得になる鶏糞(粉状)で覆土した。種まき後、足でしっかりと踏んでおいた。更にこれ又保温、乾燥防止、肥料になる三得のわらを置いた。自然栽培は種まき後の水はやりません。3日~5日で芽が出ると思います。栽培が難しいが、どうせやるなら在来種である。味が良い。化学処理が施していないので体に安心。自家採取だからお金が要らない。これ又一挙三得で一挙三得のオンパレードである。

自然農は自分で学ぶものである。群れになってやるものではない。

2015-11-24 11:23:34 | 原始農法
私は自給自足農の基本を中島正先生から学んだ、中島先生は著書で詳しく説明しています。だから、それをよく読んで栽培すればそれでよいという考え方です。しかしネットで見ると、○○自然農塾などと名乗って、現地に生徒を呼んで、一から教えることが流行している。生徒はおそらく周辺の都市から通ったり、泊まっているようだ。今まで、全く農業をしたことがない人がほとんどだと感じます。

写真など見ると50人、100人と集まっているようだ。特に若い人、女性が目立つ。一種のフアッション化ではないかと思います。もちろん、このような農法を学び広げていくことには反対しません。しかし遠いところからわざわざ車、時間を使い習わなくてもよいではないかと思ってしまいます。それが正に自然農に反することです。著書を読めば大体わかるはずである。分からなければ電話や手紙、ネットで教えてくれるはずである。

日本は、四方を海に囲まれ島国である。その島国根性がむらの政治につながります。この自然農塾も、皆と同じ行動をとることが大事だと思わせるものです。群れになってやらなくてもよいではないか。一人あるいは、夫婦でやれば大抵の事はできる。その人だけの、オリジナル栽培をすべきである。このブログなどを見ていると、新興宗教の活動ではないかと思ってしまいます。少し気味が悪くもある。

エンドウに網を張りました。現代人は奴隷、囚人と同じである!

2015-11-24 10:52:11 | 豆類

今年は一段と上手く育った感じがする。エンドウと小麦の種を混ぜた。小麦が寒さを防いでくれる。株もとにわらを敷いて、その上に米ぬかをばらまいた。


こちらはグリーンピースである。今後各野菜の銘柄を2種類以上栽培したい。そうすることにより、同じ野菜でも違った味が味わえる。又早生、中生、晩生と長い間収穫が可能である。

  
これはソラマメである。今年はあいにく種が小さく少ししかなかった。しかし、苗は元気に育ちました。来年は沢山の苗ができるだろう。この様に種や苗は購入することを控えて、1年ごとに増やせばよい。食べるものは、有り余るくらいだから急ぐことは何もない。収穫物が残れば鶏のエサにする。親戚縁者にあげればよいが、作物の価値が分からない人にあげても意味がない。本当に分かっている人は自分で作るだろう。

無理にあげても野菜、果物、穀物、卵がかわいそうである。相手もお返しするのも面倒だと察する。ならば、毒入りの作物を安くスーパーなどで購入したほうがお互いが幸せである。このように、現代人は物の価値が分からなくなってしまった。見た感じで物や人を選別する。資本家や政治家に洗脳されている。自分で物事を考え、行動することを忘れたのが現代人である。正に人間のロボット化である。囚人である、奴隷である。

越津ネギの土寄せと施肥を行った。日本一の名人になりたい。

2015-11-23 11:14:14 | ネギ

今朝はネギの土寄せと施肥を行った。今年はネギの土寄せが遅れた、まだ2回目である。2週間後に最終の土寄せを行う予定である。今年は見事な越津ネギができた。まるで下仁田ネギの様である。だから余計にネギ料理が楽しみである。種を自家採取して、手間暇かけて作ったネギである。肥料もできる限り少なくした。草もこまめにとった。肥料は日本一の自然養鶏の糞単独である。日本一のネギと自負しています。今後ネギ栽培の名人に近づきたい。ネギばかりでなく他の野菜、穀類、果樹、鶏、花類、庭でも名人の域に達したい。その上で人生の名人を目指す。

果樹園、畑にわらを敷いた。老人よ情けないぞ!威信を取り戻せ、自信を持て!

2015-11-23 10:29:20 | 自然農の哲学

果樹園にもわらを敷いた。このミカンの木は3年ほど前に畑に植えたが今年は、1本の木で150~200個のミカンがなった。特大の立派なミカンです。毎日1~2個食べている。今朝は、脱穀も丁度終わったのでそのわらを木の下に敷いた。これで冬の寒さを防ぐ、又雨で泥が木にはねるのを防ぎ病気の予防になる。春になればわらが堆肥になる。一挙3得である。

わらが贅沢に使えるのは稲作をしているからだ。3年前までは他人からわらをもらっていた。しかし今は思うままに使える。その上どこにもない自然栽培米のわらです。慣行農のわらと比較すると何となく違う。生きている感じがする。

地元の慣行農民のほとんどは、大規模農業家か農協などに田んぼを貸して(ただ同然で)自分では稲作をしない。だからわらは、コンバインで切砕き田んぼに捨ててある。昔は、畳の原料として売れた。又、なわを編んだ。風呂の燃料にもなった。冬は防寒にも使った。堆肥も作った。住宅の壁土にも使った。屋根にも使えたはずである。その上野菜栽培にも大活躍する。正に万能である。このわらを今では捨てている。現代農民よ!どこまで間が抜けているのか!

現代の多くの農民は、宝もののわらを捨てて、乗用車に乗ったり都会人の真似事をして暮らしている。米一粒、水一滴を大事にせよと言う農民(人間)魂は一体どこに捨ててきたのか情けない。人間は見かけを気にする者ほど役立たない。この辺で、理屈に合わない事は男一匹てこでも動かないという、がんこさを持ってもらいたい。

老人よ!自分の生き方に自信を持ちなさい。若者を一喝できるくらいの気迫、根性を持て!そして老人の威信を取り戻せ!なにも若者に遠慮することはない。そういう人に私はなりたい。

脱穀がやっと終わりました。最近こんな農民見たことがない!悪魔の地獄の計略が分かりませんか?

2015-11-21 13:42:48 | 原始農法

脱穀がやっと終わりました。今年は夫婦とも体調が悪く作業が手間取った。しかし稲刈り、結束、はさかけ、脱穀と一連の作業が終わり今はほっとしています。随分ながい時間がかかりました。この脱穀機は、3年前に隣町の農家からもらってきました。おそらく、60年~70年以前使っていたものだと思う。この辺では、足踏脱穀している人を見たことがない。この脱穀機は骨とう品に近い機械です。しかし、今年も十分に役目を果たしてくれました。ご苦労さん!と言いたい。昨年は、1日で脱穀したので足を痛めてしまった。その反省も有り、今年は5日に分けて行った。その間に稲刈り、結束作業を組み入れました。

収穫量も一昨年と同じくらいできた。明日、ふるいをかけてもみを選別し、もみすり工場に持ち込みます。これで今年の稲作は終了です。
そう思っていると、畑近くの田んぼにコンバインがきて稲刈りを始めた。なんと100坪の田んぼの稲刈り、脱穀をたった1分で終わってしまった。こちらは3週間もかけているのに・・・・・唖然としてしまった。

これでは農民の仕事がなくなるはずである。こんなものを使うから家族全員の仕事がなくなり、米の値段も下がるはずである。一見得したとも思えるが農民の仕事がとられ、機械の返済金が莫大となる。しかし、競争が激しくなり米の販売価格が安くなる。一方、農民は暇ができるから遊びを覚え金が要る。生活も都会と同じ様に派手になり、毎月の生活費が莫大となる。だから、田地を切り売りして生活費に回す。その為、益々子供は農業から離れてゆく。農業をしないから後継ぎが別居する。別居するから、遺産が子供全員に平等に分けられる。その為、今後2~3回代が変われば田地はなくなる。だから農家はこの世になくなるだろう。

日本は、近い将来食料の自給が0%に近くなるので、時の権力者に奴隷扱いとなる可能性が高い。庶民は、食えないからどんなか過酷、悲惨な事でも権力者に従わなければならない。そこに地獄が八方からやってくる(これを計算している)。こんなことは私でも簡単に予想できる。しかし情けないが、そんな話をする人をこれまで70年間一度もお目にかかれない。