冬は雨降り・・夏は素晴らしき・・住めば都

チャー助です。
カナダ・バンクーバーに移住して18年ほど。生活・子育て・日本について思うこと等を綴ります。

カップケーキ

2016年08月09日 | 食べ物
今日は、バスに乗って出かけてきた。その帰り、メトロタウンで乗り換えたのでついでにちょっと買い物。
つい魔が差して(?)カップケーキを買ってしまった。
カップケーキとしてはけっこう知られたこのお店。箱から分かる通り、可愛い感じで、つい魅かれててしまった。
上にのったアイシング、絶対すっごく甘いんだろうなー、買ったら後悔するんだろうなぁー、そう思いつつフラフラと・・・・
家族も食べるかな~などと思い、3つ購入。
箱にはこんな風に入れてくれた。



手前のベージュっぽいのは、キャラメルマキアート。緑色のはストローを短く切ったモノ。スタバなんかで買う飲み物みたいにしてある。
奥のはチョコレート。チョコのスポンジケーキにチョコのアイシングだ。甘そう・・・



そして、これはピンクレモネード。名前にひかれて買ってしまったが。アイシングが傾いてますけど・・・こういうのも手作り風で良しとしましょうか。うえにのっているのはラズベリー。
色的にはきれいですが、やっぱり甘いんだろうな。

買ってきたものの、娘にあっさりと「私、カップケーキ、あまり好きじゃないんだよねー」と却下された。
あまり甘いものは好まない息子はきっといらないだろうと思っていたが、やっぱり「いらない」と拒否。
何でも食べるだんなだけが、しっかりとたべてくれました。(もちろんチョコのを)
私はキャラメルマキアートを食べてみた。甘、甘、激甘!!私の知覚過敏の歯が痛みます・・・(涙)
アイシングも甘いし、その下にはキャラメルソースが・・・個人的に、これいらないと思うが。そして、ケーキ部分もキャラメル味。甘い!とにかく甘い。
やっぱり、食べてみて後悔。

お店の人はフレンドリーでカップケーキを売るのにぴったりなスイートさでしたが、もう買わないかなぁ。いちど経験しておけば十分かと。
でも箱のデザインは可愛いぞ。



さて、日本へ行ってきます。8月末に戻ってくる予定。
その間は、ブログはお休みします!
どうぞみなさん、良い夏を!!

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好きな食べ物

2016年08月06日 | 食べ物
私は食べることが好きなので、食べ物に関するエッセイを読むのも大好きだ。
そういった書物をすべて読んでいるわけではないのだが、今まで読んだ中で好きなのは、森茉莉さん、石井好子さん。読んでいるとうっとりしてくる。

あまり面白くなかったのは、作者名忘れた(読み終わってもう一度読むことはないな・・と思えるものは、古本として寄付したり売ったりするためもう手元にない)男の人が世界あちこちの安うまな食事を紹介していたもの。読んでいて、「うう・・食べたい」と思えるものではなかったから。おそらくこの人の食べ物の紹介の仕方が物足りなかったんだと思う。あとは、高山なおみさんのも1冊だけ読んだのだがそれが残念なことにあまり面白くなくて、古本屋行き。この人の他の著作はもしかして面白いのかもしれないが、私が読んだのは、おそらく30代くらいのころに書いたもの?というような作品で、独特な世界観についていけなかった・・・。それから、平松洋子さんのも今一つ、のめりこめない。この人の場合、あまりに言葉を駆使しし過ぎている感じで、お腹いっぱいになってしまう。言葉が凝っていて肝心の食べ物の良さが伝わってこない気がする。これは、言葉の選択の仕方がいまひとつ私のそれと違うからなんだろうか・・・

突然だが、夏といえば、うなぎ。日本人はうなぎが大好きのようである。仮定のような書き方をするのは私がうなぎは好きではないからであるが、夏になるとニュースにもなる話題だし、食べ物関係の本にもよく登場するから、日本人はやっぱり好きなんだろうと思うからである。
私がうなぎが好きではないのは、両親が好きではなかったからというのに由来するだろう。小さいときからうなぎを食べる機会がほとんどなかった(か、食べた記憶がない)。両親が好きではなかったから出てこなかったのだ。20代前半のとき、バイト先の上司がうな重をご馳走してくださったのだが、私の記憶ではそれがほぼ初めてうなぎを食したことになる。日本人が愛してやまないうなぎを初めていただけるとあって、私の期待はいやが上にも高まった。食べてみた感想としては、うん、おいしい!でも土用の丑だからうなぎ!と張り切って食べたくなるほどでもないかも・・。以後、うなぎを食べたのはほんとに数えるほどだ。
私は味の分らない人間なのかもしれん・・・と不安になる。
同様に日本人が大好きとされる、いくらや、うにも好きではないので、こうしたものを好きでないのはやっぱり美味しいものが分らない人間なのではないかもな、と思い「私は食べるの大好き」と言い切るのは間違っているのではないかと思ってしまう。

いま、バンクーバーはラーメンがブームか!と思うくらい、ラーメン屋さんがどんどんできている。日本人経営だけでなく、中国系、韓国系の人たちもラーメン屋をオープンする勢いだ。日本人はラーメンが好きだと思う(日本人だけでなくこっちの人も好きだからこそラーメン屋がどんどんできているのだが)。ところが私は日本でラーメン屋に行ったことがほとんどない。ラーメンとは家でインスタントラーメンを食べるというものというのが私のイメージだ。だからバンクーバーにどんどんできるラーメン屋にも行こうという気があまり起きない。ここ数年のうち、ラーメン屋に行ったのはほんの少し。3店舗に行ったがそれぞれ1回ずつ。どこもそれなりに美味しかったけど、もともとラーメン屋に行かないのでここでも積極的に行かないだけの話である。

食べ物というのは、個人的嗜好が大きく出るものだと思う。育ってきた家庭環境や文化などによっても大きく影響される。他の人がおいしいと思うものが自分にとっても同じように美味しいとは限らない。他の人がたいして感動しなくても私には感動的な味というのもある。
だから、いちがいに食べることが好きといっても、その感じ方は様々なんだなぁとしみじみ思う。
同じ家に育っていても私と子どもたちの嗜好も大きく違う。もちろん、大人と子どもだから嗜好が違って当たり前という大前提はあるにしても、同じものを食べているのに(いまのところは大抵のものは私が用意するんだし)、やっぱり好き嫌いはちがってくる。とっても個人的なものなんですね。
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恋する女たち

2016年08月03日 | 読書
古本も多少扱っている日本食を売るお店で、何とも懐かしい本を発見した。値下げに値下げを重ね、70円くらいになっていた。「恋する女たち」氷室冴子著。集英社のコバルト文庫ってのも懐かしい。奥付を見ると、第1刷は昭和56年となっている。今回手にしたのは、昭和62人の第37刷。昔、私が読んだのは何刷目くらいになるのだろうか。

この本に出てくるメインの女の子は高校2年生。おそらく私が読んだときは、中学3年生か高校1年生の頃?つまりそれほど主人公たちとは年が離れていないころだった。なのだけど、読んでみて高校生とは思えぬ大人っぽさにびっくりした記憶がある。
まず、主人公たちがタバコを吸い、酒をガブガブ飲むことにびっくりした。私は、小学校6年生の時に仲良かった子が中学に入ってからいわゆる不良という感じになってしまい、道が分かれてしまったことがあるのだが、その子が付き合うようになった子たちは、タバコ吸ったりお酒飲んだりしていたのだろうか・・・。ともかく私自身はそういうものとは無縁の高校生活だったので。

余談だけど、私が中2~3年の頃は、校内暴力が盛んなころであった。不良と言われる子たちは、男はえりの部分をやたらと高くした丈の長い学ラン(中の裏地がキラキラ刺繍だったりする)、ズボンはダボダボ、女はくるぶしまでくるような丈の長いプリーツスカート&丈の短いセーラー服。こうした服を専門に売っているお店がありましてねー、そこで調達するんでしょう。私はそういう服を着たことがないのだが。
中学校ではそういう不良と言われる子でも、私みたいなフツーの子ともけっこう遊んだりすることもあったので、(田舎だからか?)まったく分断されてもいなかった。高校生になって、新しく友人となった同級生と街を歩いていたら、偶然、そんな1人に会って「あ~!久しぶりだね!」なんて挨拶していた。その後、「ねぇ、あなた結構怖い感じの人と知り合いなのね・・」と言われて、そうかなぁー??と思ったものだった。

あんまりに懐かしくて古本を買ってきて読み始めた。昔、読んだときも面白いと思ったので内容はよく覚えている。ただ細かい部分は忘れているところもあったので、「ほー、こうだったかー」などと思いますます懐かしくなる。
主人公の多佳子と2人の友達はみんな個性的だ。お互いに話すときもちょっと男言葉っぽかったり、突き放すように話したり。女の子っぽい「えー、そうなのぉー?」っていうような話し方はしない。優しい話し方もしない。私の周りにこんな風にさばさばした(やや、さばさばし過ぎているってほど)話し方をするような友達はいなかった。そんな話し方をする人ってのは、さばさばしている自分を演出しようとしているように見えて、胡散くさ…って思えるのが現実だ。少なくとも私が周りを観察する限りは、そういう効果しかもたらさないのは確かだった。
実際、そういう人が周りにいたら、お友達にはなれないなぁ・・と思うだろう。

主人公の女の子がひそかに惚れている同級生が、クラスの男子の間で女子の人気投票をした時のことを暴露したのだが、多佳子のことを誰かが「気が強くて、うっかり話しかけるとサビのきいた皮肉で応酬されるので要注意」と評していた、という。高校生になるとこういう表現ができるようになるもんなのか・・・。少なくとも、私の高校生時代、「サビのきいた皮肉」なんて文言を言っているような同級生に私はあったことはなかった。
さらに、この同級生の男(多佳子の片思いの相手)は、多佳子のことを「置屋の遣り手婆」と呼んだ。このあたり、時代がかってますなぁ。いまじゃ、こんな言葉は死語でしょう・・・

多佳子の友達関係もべったりしてなくて、さばさばしている。これまたここまで潔くさばさばしている人っていうのもいなかった気がする。そんなわけで、「これは本当に私と同じくらいの年の人の世界なのだろうか?」と思ったわけ。本の中だから、別世界なのかもしれない、と。
そうした別世界に私は憧れた。こういう友達関係いいわー。でも自分が当事者になることはなかったし、そんなことはあり得ないんだと思っていた。あくまで本の中の別世界なのである。

大人になってから読み返してみると、こんなさばさばと乱暴な言葉遣いで、さばさばとした友人関係を保っているのも、青春だな!って思えるようになってくる。
恋する女たちというタイトルの通り、メインキャラの3人は3様に恋をして悩んでいる。乱暴な言葉の裏に、それぞれの悩みや動揺や傷心やらが見えるし、そうしたこともすべてキラキラしている。私のいわゆる青春時代はそういうのがかけていた、という気がする。だから、この本の世界にひかれたのかもしれない。

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