冬は雨降り・・夏は素晴らしき・・住めば都

チャー助です。
カナダ・バンクーバーに移住して18年ほど。生活・子育て・日本について思うこと等を綴ります。

なつかしのアニメ

2015年03月29日 | 日本のこと
こちらで放送されているテレビジャパンという局では、主にNHKの番組を流しているが、民放の番組も放映している。日本語放送としてはこれだけなのであるが、我が家では私のためだけにこのチャンネルを視聴しているようなもんで、後ろめたさもちょっとある。(息子もたまに見るが)

去年、赤毛のアンなどを翻訳した村岡花子さんの生涯を描いた朝の連続小説が放映された流れからか、テレビジャパンでは赤毛のアンのアニメを放映した。全部で50章ってことは一年間放映された番組である。日本では私も見ていた日曜日の夜のアニメ枠だった。(ハイジやラスカルなんかもやってました)懐かしい・・・・・
改めてみてみると、話の流れがゆっくりで、今どきのアニメを見慣れている子どもなら退屈してしまいそうだ。
でもこのゆっくりした感じも時代の流れを感じたりしてしみじみしてしまう。

何を隠そう、私は赤毛のアンが好きなのである。赤毛のアンのシリーズはハードカバーで全部持っていた。その後、手放しちゃったんだけど、結局文庫本で再び全巻買い集めてしまった。カナダ人のだんなにはよく「赤毛のアンって日本ですごく人気らしいけど。なんで?」と聞かれた。彼は読んだことがないそうである・・・実際、舞台となっているプリンスエドワード島は多くのカナダ人にとってはじゃがいもの産地(あと、ロブスター?)としてのほうが有名っていうし。

そんなわけで懐かしく見続けた赤毛のアンのアニメ。この前最終回だったのだけど、そのタイトルは「神は天にいまし、すべて世は事もなし」であった。これは、原作の最後でアンが呟く言葉でもあるのだけど、イギリスの詩人ブラウニングの詩から引用されている。
もっとも日本で子どものころ見ていた時にはちっともそんなことは知らなくて、最近になって本を読みなおしたりして改めて知ったのである。

この詩はとてもキリスト教的なのだ。この世でおきることはすべて神様の御手によるものという観念から、すべて受け入れる敬虔な姿勢が表れているというか。
私は、特定の宗教を信仰していないが、神というものは信じている。それがキリスト教徒の信じるところの神とは違うものだけど、神というような存在はあると思える瞬間は、生きているうちに何度も、そこここに、感じることができると思う。
しいて言えば、私の感じるところの神というのは八百万の神に近い感じか。
そんな私の観点からすると、神の存在を感じ、よきこともわるいことも神の御心といった気持ちを持つ感じはなんとなくわかる(ただその神というのはキリスト教で信じるところの神ではない)。

赤毛のアンでは、主人公のアンが大学の奨学金を手にしたものの、アンを養子として育ててくれた家庭の事情で、大学進学をあきらめることになったが、アンは故郷の学校の先生となり、育ててくれたマリラの手助けをし、友達との楽しい時間を共有することなどにおいて、生きる喜びを見出していくことを予感している。そして結びに「すべて世は事もなし」とつぶやくのである。
結局のところ、人生をよくもわるくもするのは、自分の考え方次第ということもあるのかな、と思う。

このアニメでとても懐かしい気分に浸った1年だったが、4月からはベルサイユのばらのアニメが放映されるらしい。これも見逃せない~



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お肌のおはなし

2015年03月24日 | 生活
私の顔はシミそばかすで結構汚い。自分でもそう思うし、周りの人もそう思っているのに違いない。
小学生の時からそばかすがあったが、その頃は、そばかすがちょっとあるね、くらいのものでそれほど気になることもなかった。
夏になるとビーチに行ったり、とか、肌を焼くとか積極的にしたことはない。海なんて滅多にいかなかった。
しかし、そばかすというかシミができやすい体質だったみたいで、その辺を甘く見ていた私は、普通に生活しているだけでも、どんどん増えるという事態に陥った。

たぶん、極めつけはシンガポールに滞在した2年間だろう。年中夏のこの国、日焼け対策はしていたつもりだが、甘かったんだと思う。おまけに近隣諸国へ旅行に行ったりもしたが、強い日差しが避けられないところばかり。繰り返すけど、日焼け対策はしていた。写真を見ると、バリ島に行った私の顔が真っ白なのがある。これは色白なのではもちろんなくて日焼け止めをたくさん塗っていたためである。
とにかくできやすい体質だったんだろう、普通の対策じゃ防ぎきれなかったと思う。もはや、外には出ないというくらい徹底していなかったら防ぎきれないようなくらい。

シンガポール滞在でどっさり増えたシミであるが、カナダに来て紫外線量が多くなって事態は私にとって悪い一方なんである。日焼け止め対策は相変わらず気をつけてやっているが、もうできてしまったたくさんのシミについてはもうどうしようもない感じ・・・
レーザー治療とかしても取り切れないだろう。なんていったってすごい量なんだから。

そんな汚肌の私、顔そのものも老化してきたってこともあって、写真に写るのがとにかく嫌いになった。
また、出先などでひょいっと思いがけなく自分の顔がガラスにうつったりすると、びっくりたまげてしまう。「わ!なに、このオバサン!・・・って私じゃん!」って感じで。

友人たちは思いやりから、またはもう何度も顔を合わせていて見慣れたから、私の汚肌については何も言わずにいてくれる。心の中でどんなことを思っていようともかまわないのである。言わずもがなことを言わずにいてくれれば。
だが、このような汚肌をもっていると、積極的に声かけてくる類の知り合いもいる。通信販売なのや、○ムウェイみたいな感じのビジネスをやっている人たちだ。いわゆる美白化粧品を勧めてきてくれるのだが、私のようなところまでいくとちょっとやそっとじゃ、美白なんてもう無理なんである。
もちろん、私の肌がきれいになればいいと思ってはくれているんだろうけど、それよりも、こういう人たちの狙いは、私のような汚肌が、そこの商品を使うことできれいになったら、私はもちろんリピーターとしてその商品を使い続けるだろうし、他の人にとってもよい広告塔になるからだ。
実際、その手のビジネスをやっている人たちのマーケティング勉強会みたいなものに行ったことがあって、「お肌とかに悩みを持っている人に勧めるのは、ビジネスチャンス」てなことを言っていた。

熱心に勧めてくれる人に一度、スキンケアをしてもらったことがあったのだが、なぜかその商品がすこしだけ刺激を感じて「ちょっとピリッとする・・」といったら、その後、もう勧められなくなった。
私は敏感肌ではないし、なぜあの時ピリッとしたのかよく分らない。が、これ以上勧めて、もし私の肌に異常がおきたら、ビジネスチャンスどころか、問題を引き起こしかねないと思ったらしく、それ以降彼女は一切勧めてこなくなった。
(私としてはひと安心である)

日本人もうそうだが、中国や韓国の人たちにとっても色が白いのが美人の条件の一つなので、私のような汚肌は目につくらしい。
シンガポールにいた時、中国系の人たちも日焼けには気をつかって色白をキープすべく頑張っていた。なんでも、色が黒いのは外で働く労働者の証であり、ホワイトカラーの人は色が白い、ということである。

こちらで中国系の人に無遠慮にじろじろと見られた経験は数知れず。こういっちゃなんだが、中国人の人たちはじろじろと人をガン見する傾向がある。シンガポールに行ったときに、電車の中で初めてガン見された時は(それは私のだんなが外国人だったからであるが)カルチャーショックだった。のちに、中国の人はそれを別に失礼とは思わないらしいということを知るようになるのだが。
でもいまだ、嫌だなあ、とはもちろん思う・・・だって、やだよね?

この前は娘と一緒にバス停にいたら中国系の女性に話しかけられた。カナダに来てどれくらい?とか聞いてきて、英語上手だねとかお世辞を言ってくれたりしたが、「あなたどうして肌がそんなに・・・」と言い出した。
はっきりしてるなー、と逆に笑いたくなったが、「できやすいみたいなんです。日焼け止めきちんとぬってなかったらすぐいっぱい出来ちゃうみたいで」というと、「私も日焼け止め、たいして塗らないわよ。もしかして、中からの問題かもよ」みたいに言う。
まぁ、それもあるかもしれない。鉄分不足、ビタミン不足とかそういった感じ?
それは一考してもみる価値はあるかもなぁ・・とかつらつら考えた。

この人はずけずけと遠慮なく言うがまだ多少同情的だったのを感じたからまだいいが、以前、人が集まっているところで「コーヒー飲むと、シミそばかすができるのよね!」と言い放って私をじっと見た人のほうがタチが悪いと思った。私はもちろん、ガン無視したけどね。

顔は隠してしまうわけにもいかないのでどうしても気になるのは確かだけど、もうそういうこと気にしても仕方ないかなぁ、年だし・・とか思っちゃう。どうせ私の顔なぞ気にしているのは自分くらいしかいないのだから。


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春爛漫

2015年03月18日 | 生活
今、子どもたちの学校は春休みである。
先週はほぼ毎日、息子の友達が来たり、息子が友達の家に行ったりしていた。それで、木曜日になったら「今日は何もない・・・」などという。月から水曜まで毎日友達と遊んだのだからいいではないか・・と思うのだが。
そして金曜日もまた友達と遊ぶことになった。

一方、娘のほうは「日曜日から友達が泊まりに来ていい?」というので許可。夕方から来たその友達と夕食を皆で食べて、あとは女の子2人はコンピュータでYouTube見ていたり(もっともコンピュータはリビングルームにあるので、私たちもときおり何見てるのかなあ~とチェックできる)、おしゃべりしたり。
部屋に入ってからは、2人でなにやら話したりしていてかなり盛り上がっていた。
なんかすごい。
でもまあ、私もあれくらいの時は、女の子同士できゃぴきゃぴやっていたしね・・・

そんな感じで夜更かししていたらしく、朝もなかなか起きてこなかった。いつまで寝とるんじゃ!と思ったけど、放っておく。
息子は今日は、スカウトの関係で出かけることに。だんなが連れて行ったので私は何もしなくていいから楽である。

春休みに入る前は、どこかに小旅行でも、とか考えたりもしたのだけど、結局計画を立てるのが面倒になってなにも予定なしで始まった。
だけど、遊ぶ相手は結構いるし、今週は息子はサッカーキャンプも行くし(夕方ですが)子どもたちはそれなりにすることがあってそれほど退屈せずにすぎそうだ。

私のほうは子どもたちがいるとペースがやや乱れるものの、送り迎えはしなくていいし、お弁当を作らなくていいので、とっても楽!
これになれると、休み明けがつらく感じそうだ。

今年は暖冬だったせいで、春も早くにやってきた。花もあっという間に咲いちゃって、今は桜が満開だ。
なんか春爛漫である。気持ちいい~(花粉症の問題を除けば)
私は花粉症のせいもあって、春をそれほど楽しみしてもいないし、春をめでる気持ちもさしてない。
むしろ、こちらの夏が来る方が待ち遠しい。暑いほうがまだ寒いよりましだもん。
ましてやこちらの夏は日本よりずっと過ごしやすいのだから。

ところで話は全く違うが、バンクーバーに実在した朝日軍という野球チームについて映画が作られ公開されたことで、ちょっと注目を浴びた。これに乗じて(?)新朝日軍なる、少年野球チームが作られたのだ。
日系の子どもで作るこのチームは去年結成されたのだが、3月の春休み期間に、日本へ遠征するという活躍ぶり。そろそろこちらに帰ってくるのだけど。
野球大国の日本の子どもにはなかなか敵わないかもしれないけど、新朝日軍も健闘してきたかな?
野球をするだけでなく、地域の人たちとの交流があったり、かなり盛りだくさんな内容の遠征らしい。子どもたちにとってはいい経験になっただろう。

我が家ではこの夏、娘がスカウトの集まりで日本に行く。日本に行く前に香港にも寄るという。なんかいいなぁー、一緒に行きたいわ~
うちの子もそういったことに参加できるような年になったんだなぁ、となんとなく感慨深かったりする。
ほぼ同時期にだんなと息子がイギリスに行く予定で、私は犬とお留守番だ。

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フランス語

2015年03月12日 | 子ども・家族
うちの子どもたちは、フレンチイマージョンというプログラムに通っている。公立校では、英語のみのクラスの他に、フランス語で授業をするこのフレンチイマージョンというものがある。
カナダは英語とフランス語が一応公用語となっており、その両方を学ばせる機会を与えるのも国の義務らしい。
公用語と言っても、実際に、フランス語がよく使われているのは東部のほう。西部であるBC州はフランス語を話す人口も少ないし、バンクーバーあたりなら、中国語のほうが実用的かも?!って思うくらいだ。
それでも、英仏両方できると連邦政府関連の仕事につきやすくなるということもあるらしい。

フレンチイマージョンの先生というのは、大体が英語を第一言語として育ってきた人がフランス語を習得してバイリンガルになったというケースが多い。また、ケベック州から来ている先生というのも多い。この場合、先生の第一言語はフランス語のことが多いので、英語を話すと「英語の人じゃないんだな」ということが分る。
が、フランス語がわからない私にしてみると、ケベック州の人かフランスの人かはわからない。
あまり数は多くはないが、フランスから来ている先生もいるのだ。

息子のサッカーチームにお父さんがカナダ人でお母さんがフランス人、という子がいた。
お母さんはいかにもフランス人という感じで、フレンドリーではあるんだけどどこか気取っているというか(悪い意味ではなく)、フランスとフランス人はすごいのよという気持ちが強い典型的なフランス人という感じだった。
こう書いていると「嫌いなの?」と思われそうだけど、決してそういう気持ちはない。フランス人ってそんな感じ、というものをしっかり体現しているけど、それはわたしにとって嫌味でもなく、まぁ、普通のことと思われるわけだ。
そこの子どもは男の子2人だが、上の子(息子と同じ年)はフレンチイマージョンに入ったが、あまり合わなくて英語クラスに変わったという。
お母さんがフランス語で話しているので、フランス語を忘れてしまうことはないようなのでこれで十分と思っているようだ。
むしろ、お母さんによるとフレンチイマージョンのフランス語が間違ったことを教えているときがあるので、それなら教わらない方がマシとも思っているらしい。

そのこの先生はケベック州出身の先生で、ケベック・フレンチと、フランスのフレンチ(フランスで実際に話されているフランス語)は、かなり違うのだという。それは聞いたことはあるけど、そもそもフランス語を解さない私には違いは全く分からん。
だが、フランス語を母国語とするお母さんにしたら間違っていてけしからん!と思うらしい。確かに、私だって日本語を子どもに間違って教えられていたら、困るもんなぁ。

そのお母さんは、「ケベック・フレンチって嫌い!!英語訛りのフランス語のほうがまだマシよ」と言っていた。
フランスのフランス語も、ケベック・フレンチも、英語訛りのフランス語も区別がつかない私には、どんな感じか想像もつかない・・・
(日本語訛りの英語っていうのはわかるけどね←私の話す英語がまさにそれなので!)

しかし、最近その例の一部を実際に聞くことができた。息子の担任の先生は、娘が4年生の時の担任でもあった。息子は今、2人の担任の先生がいるのだが、2人ともに用があって小学校へ娘を連れて行った。
その時に、先生と娘がフランス語で話していたのをぼんやりと横で聞いていたのだ。何を言っているのかは全然わからなかったけど・・・
2人の担任の先生のうち、1人はフランスから来ている先生だ。つまりフランスで話されているフランス語を話す。そのあと、もう1人の担任の先生が来て娘と話し出した。こちらは英語が母国語のいわゆる英語訛りのフランス語を話す先生だ。
言っていることは全くわからないが、言葉の調子を聞いてその違いを聞き取ることはできた。あーなるほど、英語訛りのフランス語ってこんな感じかぁ、フランスの先生はやっぱり違ったように話すなぁ、とか、その違いは、はっきりしていた。
今回ケベック・フレンチの先生の話すのは聞いていないのでそれは違いが判らないままであるが・・・

娘に後で聞いたら、やっぱり2人のフランス語はずいぶん違うらしい。娘に言わせるとフランスの先生は発音がシャープなんだそうな、つまり発音がしっかりしているんだろうと思う。一方、もう一人の先生はやっぱり英語を引きずっているのでちょっと違ってくるみたい。もっともこの先生のフランス語だって、もちろんかなりのものではあるのだが。

してみると息子は英語訛りのフランス語もフランスの先生のフランス語も聞くチャンスがあるんだからいいもんだ、と思うんだけど、本人は全くそうは思っていないらしい。なんかもったいない話ではある。



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迷い迷って・・・

2015年03月08日 | 生活
この間、娘のサッカーチームがシーズン終了パーティーをするということになった。
場所は、レーザータグというレーザー光線の武器をもって戦うゲームだ。いままで、子どもの誕生日パーティーで、他の場所のレーザータグには連れて行ったことは何回かある。
今回の場所も、子ども自身は何回か行ったことがあるのだが、いつもだんなが連れて行ったりしていて、私は行ったことはなかった。

しかし、今回私が連れていくことになり、まずはきちんと場所を確認。
グーグルで見てみると、住所となっている通りの裏側みたいなところがそこだと出てくる。住所に面している建物はじゃあ、別のところなのか?そもそもその裏側みたいなところはどう入るのか?地図だとよく分らない。
ストリートビューにしてみてみてもやっぱりよく分らない。

そこにだんなが地図を指しながら「この横道から入った方がいい」と言ってきた。その横道に入ったらすぐわかるのか?そこからどういくのか?よく分らない。まぁ、だんなの説明は大抵よく分らないのだ。道案内となると、彼は頭の中ではわかっているのだろうし、他の人も同じ景色が見えていると思っているようで、その感覚で説明するから行ったことのない人にはよく分らないのだ。
なので、だんなの説明がよく分らなくても特に気にせず、(つまりアドバイスを無視)出かけることにした。

十分時間を見て出発。娘を置いたら、息子のものを買うための買い物に行こうと思っていたので、一緒に連れていく。住所の指す場所に入る直前、(ちなみにうちにはGPSもないので、案内をしてくれるナビはない。紙の地図のみが頼り)後ろの席から息子が「あー、いまのとこだったよ!」という。過ぎてから言われても。
すぐ建物のあるところにはいってみたら、そこは違うところ。どうもその建物の裏だということはわかったのだが、いったん道路に出て戻らないとそこには行けない。
しかし、道が結構混んでいて戻るより、先に行って1本さきの道を入って戻った方がいいかも、などと考えて出てみたら、入れそうな道がない。曲がってみたら、行き止まりだったりして・・・
ともかく、知らないところだし、暗くなってきてしまって見づらいしで、ここにいけばここに出られてなどということが分らない。
なんとなく、あっちにいくと何がある、みたいな大体の見当はつく程度。

「わー、どうしよー」とか言いつつ(さらに、後ろからは「も~~~どうすんの?」という息子の非難、横からは「そういうこと言わないでよ!文句言ったって役に立たないよ!」と怒鳴る娘←私を援護しているつもりなんだろうけど、怒鳴っているから、どちらかというとイラッとするが・・・怖いから言わないでおく)
大きな道が前にひらけた、「あ、ここはどこかわかる」とやっと分るところに出たので、右に曲がり、しばらくいってまた右に行くと元の道に戻った。
今度は間違えずに、息子が行ってた道にはいってみると、ありました。
しかし、そこの駐車場が、きちんと線が引いてあって分りやすくなっているわけでもなく、おまけに車が一杯でどこに停めるか、一瞬わからない。
しかし、他に駐車しようとしていた人のあとについて、「ここ停めていいのか?」と思いつつもそのあたりに私も停めた。
暗いので、どこに停めているのかよく分らないが、たぶん大丈夫だろう・・・

時間は余裕を見て出発したので、娘はそれほど遅れることなく到着。娘を置いて外に出る。車を走らせ始めたら娘からテキストメッセージが。息子に見てもらったら、その日、コーチに渡す予定だったものを持ってくるのを忘れたことに気がつく。「あ~~もお~~~」。仕方なく帰宅。モノを取ってきて再び出かける。

同じ道を行ったり来たりしてしまった・・・
しかしこれでまた1つ「あそこなら行けるとおもう(行きたくなくてもとりあえず、行こうと思えば行けるだろう)」という場所が増えたので良しとしよう。
もう行くことはあるかどうかは、わかんないけどね。
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散歩と花粉症

2015年03月05日 | 生活
この冬は例年になく暖かく、3月の初めにしてもうすっかり春みたいになってしまった。
いつもなら3月なんてまだまだ寒い。ことによったら、雪がちらつくってこともあるくらい(それはさすがにしょっちゅうないけど)
今年は、もう桜の花が咲いちゃって、春爛漫。
ただ、空気はちょっと冷たいけど。

3月になると、一気に日も長くなる。毎週夕方に日本語学校へ行くが、帰る時間の6時、今までは外は真っ暗だったが、3月になるとそれが薄暗いかんじになり、どんどん「6時でも明るい」という状態になっていく。
もうすぐ、夏時間にも移行するしねぇ。

天気がいいと、外を歩く人が増える。
自転車に乗る人も増える(これは、運転しているときにどきどきすることが増えるということにもなるが)。
そして、散歩をしている人たちは天気が良くて嬉しいねぇという気持ちが表れている人が多い。自然と笑顔になっている。
やっぱり天気がいいと、精神的にもいい作用があるみたいだ。

私も毎日犬の散歩で外に出かける。基本的には1日に1回は1時間くらいの散歩をするようにしている。
しかし春の散歩は大変・・・花粉症だから。
今年は暖かくて花粉症の症状が出るのも早かった。鼻がむずむずしてきてくしゃみ連発。目がかゆくなってくる。
さらに目は充血して、粘膜というか涙というか、目の中にたっぷりたまってしまう。いやはや本当に大変。
カナダにも花粉症の人はたくさんいるらしいのだが、マスクをする人は皆無に近い。みんなどうやって防御しているのか・・?大抵の人はお薬を飲んでいるのかもしれないが、いまだに謎である。

散歩をしながらくしゃみをし、ティッシュは手放せず、しかも目をウルウルさせて歩いている私。
当然楽しくはない。でもすれ違う人たちとは基本的に挨拶をするってのが、こちらでは当然のように行われており、私もなるべくそうしている。中にはそういうことを一切したくない人もいて、つーんと、無視して通り過ぎる人ももちろんいる。そういう人には私もあいさつしないのだが、散歩をしている大抵のひとは、にこっと笑って挨拶してくれるのである。そうなると、私もきちんとあいさつする。楽しくなくてもあいさつはしなくては。

帰ってくるとどっと疲れちゃう。家に入ったらすぐに症状が引っ込むわけはないので、しばらくはその症状を引きずりながら回復を待つのだ。
同時に帰ったらすること(犬の足とかを洗う、ブラッシングを簡単にする、など)を、「うう・・目がかゆい」などと苦しみつつやらねばならない。

散歩とは関係ないが、花粉症の季節には掃除も大変だ。もともと掃除は嫌いであるが、この時期、ほこりにいつも以上に敏感になるので、掃除をするとアレルギー症状がガンガン出る。
そこで掃除の際にはマスクを着用。これをするとずいぶん楽なのだ。
ならば、外出にもマスクをすれば・・・と思うのだが、やっぱり誰もしていない中でマスクをして出るのは、勇気がいる。やっぱ出来ません!

更に腹立たしいのは、うちの中で花粉症を抱えているのは私だけであること。
いつも私一人がこの時期には苦しんでいるが、他の人たちは平気の平左だ。
うらやましい・・・・
私も花粉症が出たのは産後のこと。アレルギーは突然やってくるのである。で、おそらく一度出たら、もうそのまま治ることはなくずっと続くであろう。

春は嬉しい季節だが、つらい季節でもある。
ずっと昔に読んだ英語の詩で、四月は残酷な月である・・てのがあったが、いいかえるなら、春は残酷な季節である、花粉症の者には・・・・

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